年別アーカイブ:2014年

学生の夏休みボランティア

2014年7月14日   岡本全勝

日経新聞7月14日朝刊が、「社会貢献で成長の夏休み。海外ボランティアや被災地支援」で、大学生に向けて夏休みを利用した被災地ボランティアを取り上げていました。
復興庁でも、呼びかけています。「今夏の学生ボランティア促進キャンペーン」です。ポスターもつくって、大学や東京の地下鉄に張り出しています。
藤沢烈さんのブログ(7月11日)から、転載します。
・・ボランティアのピークは2011年5月の18万人。3年経過した2014年5月には7500人と、96%減少しています。
もちろん、支援はいつまでも続くものではありません。地域は自立が求められます。しかし、今だからこそのボランティアもあります。
例えば、引越にともなう清掃ボランティア。三県では災害公営住宅ができ始め、仮設住宅から離れる方が増えました。入居者の減少により仮設住宅も集約されつつあります。そこで出てくるのが引越ニーズ。仮設住宅の多くは高齢者。単身の方も多く、引越しが物理的に難しい方も少なくないのです・・

政策より政局に関心があるメディア

2014年7月14日   岡本全勝

7月13日の朝日新聞、「日曜に想う」、星浩・特別編集委員の「野党よ、再編ゲームより論戦を」から。
・・ところで、政界再編騒ぎのたびに、メディアの報道ぶりを考えさせられる。あまりも大げさに取り上げる傾向があるからだ。みんなの党の山内康一国会対策委員長からこんな体験を聞いた。
民主党や維新の若手議員と安全保障問題の勉強会を続けている。毎回5人から10人が参加。取材する記者はほとんどいなかった。ところが昨年秋、突然、36人の野党議員が顔をそろえた。多くのテレビカメラや取材記者が殺到した。どうやら、維新の議員が「野党再編に向けた会合が開かれる」とメディアにささやいたことで、騒ぎになったらしい。
「野党議員の政策勉強だと関心は持たれないが、再編となると、がぜん注目される。メディアの体質がよく見えました」と山内氏は苦笑いする。メディア側は、純粋な勉強会だと分かった後は取材に来ていないそうだ・・

ビル街の竹林

2014年7月14日   岡本全勝

7月10日の日経新聞アートレビューが、きれいな写真付きで、「竹の居場所」を取り上げていました。虎ノ門ヒルズのビル内に、小さな竹林があるのです。このほかにも、東京では、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、日本橋三井タワー、秋葉原クロスフィールドにもあるそうです。首相官邸の中庭にもあります。
ビルの中やビルの谷間に、竹林があると、オヤッと思いつつ、何かしら落ち着いた感じがします。竹は、和風建築には欠かせませんが、コンクリートの洋風建築には、違和感がなきにしもあらずです。それを、どのように調和させるか。建築家の腕の見せ所なのでしょう。竹林を使い出した、ランドスケープ・アーキテクトの三谷康彦さんは、「竹林には日本的な空気が流れている。まっすぐ立つ様は潔い」と述べています。
記事によると、これらの竹は、すべて同じ場所で育ったのだそうです。宇都宮市の若山農場です。なぜ、ここの竹が使われるか。背が低いのです。だから、狭い空間でも使いやすいのです。もっとも、かつて関係者に聞いたところ、ビルの中で竹を育てるのは、結構手間がかかるのだそうです。

メディア界の焼き畑農業

2014年7月13日   岡本全勝

7月13日の朝日新聞広告欄のインタビュー「仕事力。手嶋龍一が語る仕事、第3回」から。手嶋さんは元NHK記者です。このホームページでは、『1991年日本の敗北』(1993年、新潮社)の著者として紹介しています2008年1月11日
・・メディアの世界は大きな出来事が向こうから押し寄せてきます。まじめな若者ほど全力を出し切ってニュースに立ち向かう。早朝から深夜までデスクの指示を真に受けて働き詰めです。これではくたびれるだけでなく、知的にも油が切れてしまう。そう「メディア界の焼き畑農業」なのです。でも日本では、干からびると早速前線から放り出してしまう。ジャーナリストがこれほど若くして現場を離れる国は見たことがありません・・
このインタビューには、湾岸戦争開戦前夜、ブッシュ大統領に同行してサウジアラビアに行った際の、ワシントン・ポスト記者の働きぶりも載っています。お読みください。

徒然草

2014年7月13日   岡本全勝

今日は、サントリー美術館の「徒然草展」に行ってきました。先日に行ったキョーコさんが、「よかったわよ。勉強になった」とのことなので。
なるほど、勉強になりました。木登りの名人、榎の僧正、石清水に参る仁和寺の僧など、昔習った文章が出てきました。
徒然草って、江戸時代にも、たくさんの人に読まれていたのですね。3大随筆といわれていますが、処世訓として重用されたのでしょう。そして、絵巻物で読んだのですね。文字だけの冊子より、親しみがわきます。
記録に出てくるのが、書かれてから100年後で、兼好法師が書いたとは、実のところわからないのだそうです。初めて知りました。
このような展覧会の度に思うのですが、昔の人は達筆ですね。読めませんし、我が悪筆を振り返り、恥ずかしいです。でも、兼好法師は、「手のわろき人の、はゞからず、文書き散らすは、よし」(第35段)と言っています。
もっとも、「自分のことばかりしゃべる奴はダメ」とも言っていますが(第56段)。