9月2日に、組閣がありました。平野復興担当大臣は、再任です。事務方としては、新たなご挨拶やご進講の必要がなく、楽をさせてもらいました。そして、私たちのこれからの仕事だけでなく、現地での事業の進捗のためにも、閣僚をはじめとする責任者の継続は、好ましいことだと思います。「初めまして・・」と挨拶を交わしているようでは、仕事を進めるのに時間がかかります。
新閣僚呼び込みから、宮中での認証式、初閣議、官邸での記者会見、初登庁、記者会見という要素は、自民党時代と代わりません。しかし、流れが少し変わって、時間がかかるようになりました。午前中の呼び込みだったのですが、記者会見が終わったのは23時15分でした。
年別アーカイブ:2011年
進む復旧
8月25日現在の全国の避難者数調査が、まとまりました。避難所にいる人は、6,800人まで減りました。なお、岩手県では、今日31日で、すべての避難所が閉鎖されました。3県以外の避難所にいる人は、そのうち1,200人です。
旅館やホテルにいる人も、1万1千人まで減りました。順次、仮設住宅などに移っておられます。しかし、知人宅などにいる人を合わせると、まだ約3万8千人の人が、不自由な生活をしておられます。
がれきの片付けも進んでいます。住宅の近くにあるがれきは、すべて仮置き場に運びました。
自衛隊は、今日で、部隊の大規模派遣を終えました。一時は10万人の体制で、延べ1,000万人の自衛隊員が、救出、捜索、物資の輸送、片付け、炊き出しなどに大活躍をしてくれました。このリンク先の写真を、ご覧ください。
復興本部のこれまで2か月の事務記録を作り、ホームページに載せました。2か月は、あっという間ですね。読み返してみると、「こんなこともあったなあ」と、思い出すことが多いです。毎日の仕事に追われていると、全体の流れを長期的視野で考えることが、おろそかになります。(反省)。いつに間にか、今年の夏が終わりました。
岡本行夫さんのボランティア・プロジェクト
8月31日の産経新聞「人界観望楼」に、岡本行夫さんが「漁業復興へ希望の烽火を」を書いておられました。岡本さんの活躍は素晴らしいもので、いつか紹介しようと考えていました。新聞でもたびたび紹介されていますが、よい資料がないので、今日になりました。
漁業の町では、魚が揚がることが、一番元気が出ます。働く場であり、生き甲斐であり、産業と町の復活です。漁師さんだけでなく、氷やさん、運送会社、燃料やさん、そして飲食店と、それにつながってたくさんの企業やお店が再開できるのです。
岸壁は、応急復旧しつつあります。漁船もいくつか残っていたり、他県から寄付されました。沿岸は、がれきが沈んでいるところもありますが、沖合は、世界有数の漁場です。しかも数ヶ月漁をしていないので、沸くほど魚がいるところもあります。ところが、冷凍・冷蔵施設がないと、獲った魚を市場に出荷できないのです。生魚では、販売先が限られます。
冷凍・冷蔵施設は、復旧までに、かなりの月数がかかります。建物、機具、電源など。そこで考えられたのが、冷凍コンテナです。冷凍品を運ぶ、冷凍機能付きのコンテナです。町で見かけるコンテナの、特殊なものです。町ではトレーラーで運ばれ、船ではそのまま積み込まれます。これなら、運んできて電源をつなぐだけです。知恵のある人がいますね。私は聞いた時に、目から鱗が落ちました。
船会社が、コンテナをたくさん無償で提供してくれ、必要な改造は専門のメーカーが協力してくれました。それに、フォークリフト、事務室の机とパソコン、電話機まで。先日お会いした魚市場の方は、「事務機器まで提供してもらった。事務所ごと流されたので、買いそろえると大変だ。中古でも、機能は何も不自由ない。ありがたい」とおっしゃっていました。
行政がもっと早く対応すべきなのでしょうが、このアイデアと早さには、脱帽です。ありがとうございます。このアイデアでつないでもらっている間に、行政は本格復旧を進めなければなりません。
現地での国の仕事
復興本部には、3つの現地本部があります。岩手、宮城、福島です。それぞれ出先機関として、現地での連絡と事業の調整を行っています。宮城現地本部が、「復興だより」を作りました。
今回の話題は、中小企業への仮設店舗設置の支援、漁港の復旧状況、がれき片付けの状況です。写真付きで、事業の成果が良くわかります。ご覧ください。
小学生の日記ではなく、おじさんの日記
今日は現地視察がなく、ゆっくりと職場で、資料の整理とこれからする仕事を考えることができました。土日に出張が入ると、この時間が持てなくて。平日は、大臣からシャワーのように降ってくる指示と、針の山のように突き上げてくる部下からの報告と相談で、自分の時間を持つことができません。
復興本部が取り組まなければならない仕事とそのスケジュールは、26日にも書いたように、「作業計画」として一覧表にできました。これで、次長としての私の仕事は、半分完成です。しかし、どんどん間口が広がり、取り組む仕事が増えたので、各項目が抱える課題も多いのです。
また、いつものように、後で読もうと取ってある資料に目を通し、捨てたり分類したり。部下からの相談に、とりあえずの指示を出してあるものを、もう一度じっくり考えて追加の指示を出したり。思いついて走り書きしておいたことを、指示書に書き換えたり。F参事官、M参事官、M参事官、T参事官、K参事官、Y参事官、M参事官、ごめん。
でも、すべての書類は片付きませんでした。新聞切り抜きも、たまる一方です。毎回(7月31日、5月22日)、同じようなことを書いていますね。
先日、息子としゃべっていたら、「最近、お父さんは、同じことばかり繰り返す」と批判されました。私は「歳を取ったからなあ。役所でも、同じ言葉を繰り返しているらしい。もう、お前の時代だ。頼りにしているよ」と言ったら、息子は黙って自分の部屋に逃げていきました。