年別アーカイブ:2010年

高校の同窓会準備

2010年3月13日   岡本全勝

今日は、高校の同窓会の、案内状宛名書きをしました。私の卒業した高校は、本校での同窓会のほか、2年に1度、東京での同窓会を開催しています。今年は、私の卒業年次と1年下の年次とが幹事です。
案内状を発送するため、幹事が集まって、封筒に宛名を書いて、案内状を入れる作業をしたのです。ご想像がつくと思いますが、昔話に花が咲いて、作業ははかどりませんねえ(笑い)。
奈良女子大附高48卒同窓会・東京

部下の指導・歳を取ったら

2010年3月12日   岡本全勝
私は若いとき、先輩たちを見て、「歳をとったら、人間は円くなるものだなあ」と思っていました。私が55歳になって、「全勝も、昔の全勝ではなくなった。部下をしかることもなくなったなあ・・。これが歳をとることか」と、感慨にふけっておりました。もっとも、周りの人からは、「それでも怖い」と、思われているのでしょうが。
ところが、同僚や後輩と話をすると、そうでもないらしいのです。自ら「私は、怒りやすくなりました。更年期障害でしょうか」とおっしゃいます。最近でも、3人いました。3人とも、とても優秀な公務員(中央省庁と地方自治体)で、出世しています。
歳をとって、こらえ性がなくなる人は、まじめな人だと思います。若さ(良い意味で)を、失わない人だと思います。丸くなる人は、あきらめが早くなり、体力気力が衰える「老人」なのでしょう(反省)。

自治体の商工費・労働費

2010年3月11日   岡本全勝

少し古くなりましたが、月刊『地方財政』(地方財務協会)2007年12月号に、武田公子金沢大学教授の「貧困との闘いと地方財政」が載っていました。先生は、自治体の商工費と労働費の支出割合の低さを、ヨーロッパと比較しておられます。外国との単純比較は避けなければならないと、留保しておられますが。
私も長年、地方財政や予算査定に携わっていて、商工費は中小企業への補助金、労働費は失業対策がなくなってからはほとんど内容がないと、理解していました。自治体の出番はないものだと。
しかし、先生が紹介しておられるように、職業訓練、問題を抱えた人へのカウンセリング支援、雇用機会の創出、失業者を雇用した企業への補助、コミュニティビジネス振興など、自治体が取り組むことができることは多いのです。
これまでは企業が雇用の場をつくってくれたので、自治体はこの分野に力を入れる必要はなかったのです。かつての失業対策事業が自立に結びつかず弊害が多かったこと、労働行政を国が独占して地方団体の出番がなかったことも、原因でしょう。企業が海外に流出して、この分野の政策の重要性が見えてきました。
働く場をつくること、困難を抱えている人の自立を支援することは、自治体の大きな責務です。モノをつくるより、もっと重要なことです。そして、はるかに少ないお金でできます。

東京から見える富士山

2010年3月11日   岡本全勝

今日の東京は、春を感じさせるよい天気でした。日が暮れるのも、遅くなりましたね。夕方5時半は、先日までだと真っ暗でしたが、今は明るいです。
朝の通勤の際に、中央線の電車の窓から、富士山がよく見えました。雪をかぶって、きれいです。結構、大きく見えます。高架部分で周りに建物がない区間だけですが。
富士山が見えるのは、冬の朝、空気が澄んでいるときで、昼からは、もやがかかって、見えなくなるのだそうです。
消防大学校の屋上からも、富士山が見えます。昔は、学校の周辺で少し高いところ(畑の斜面を下る道路)では、どこでもよく見えたそうです。最近は、大学校の周りも、建物が増えました。高い建物の上からでないと、見えないようです。

日本はどこへ行くのか・その7

2010年3月10日   岡本全勝
これからの日本を規定する要因として、「国際環境」「国民」と「リーダー」を解説してきました。リーダー論の1は、リーダーが戦わなければならない「敵」についてでした。その2は、リーダーの役割でした。その3は、誰がリーダーになるかです。
3 誰がリーダーになるのか
誰が、新しい時代を切り開くリーダーになるか。それは、まだ見えていません。
大きな改革期には、旧秩序を破壊する人と、新秩序を作る人の、二種類のリーダーが必要なのでしょう。
前二回の改革は、憲法を書き換える改革であり、統治者が入れ替わる改革でした。今回は、統治体制を変える革命ではありません。前二回と同様に、「この国のかたち」を変える改革ですが、体制改革ではなく、「書かれていない憲法」を変える作業です。日本人と日本社会の基底にある考え方、無意識のうちに行動を規定する意識を変える作業です。それ故に、誰がどのようにして改革するのかが、わかりにくいのです。
政府や政治家を考えると、ここで期待されるリーダーは、サービス提供者としての政府でなく、国民に進むべき道を示す思想家としての政治家でしょう。この半世紀の間、そのようなことをしなくてすんだので、これまでの型の政治家と政党では、担い手になりません。
また、現時点では、日本の主な政党は、国民の階層や集団を代表しているように見えません。もちろん、旧来の社会階層という分類が、役に立たなくなっているので、階層を代表する政党であっても、新しい時代のリーダーにはなれないでしょう。
多くの学者や研究者は、欧米の思想を輸入することを主な仕事としてきたので、そのような延長では、担い手になりません。マスコミも、日々の事件を追いかけるだけでは、大きな期待はできないようです。
新しい時代を開くリーダーは、どのような集団から出てきて、どのような集団が彼を支えるのか。繰り返しになりますが、日本人の思考形態、社会の仕組みを変えるのですから、リーダーが提唱するだけでなく、国民、企業家など様々な人と集団が関わってくる必要があります。
そして、その際には、様々な勢力のせめぎ合いになるのでしょう。後から見れば、あるいは離れて見れば、「なぜ内輪でもめているのだろう」「効率の悪い競い合いをしている」と見えるでしょう。しかしそれは、試行錯誤、諸集団のせめぎ合いであるので、致し方ないことです。
自虐的な見方をしているだけでは、良くなりません。革命待望論でも、解決しません。日々の政治や経済社会活動を、積み上げていくしかありません。はなはだ抽象的、歯切れの悪い話になりました。