リスク対策が生む新しいリスク

16日の朝日新聞オピニオン欄は、「監視カメラ社会」でした(遅くなって、すみません)。
映画監督の森達也さんは、殺人事件や刑事犯罪全体が減っていて、日本の治安は悪化していないこと。監視カメラは犯人検挙に多少は役に立つが、防犯効果は疑問であること。それに対し、過剰なセキュリティー意識がもたらす副作用として、逆に人々に不安をあおり、集団に逆らう因子を排除する傾向を激しくすることを、指摘しておられます。排除と厳罰化によってリスクを排除しているつもりが、逆に新たなリスクを生み出してしまうのです。
一方、前田雅英教授は、治安は着実に良くなっていること。防犯カメラは犯罪予防効果があり捜査にも役立つこと。世論調査では9割の人がカメラ設置に賛成していることを、指摘しておられます。問題は、どのような場所に、どのような形でカメラをつけるか。得られた情報を、どう管理するかです。すなわち、プライバシーの侵害です。それは、警察や役所がつける防犯カメラより、民間が設置するカメラで起きる危険性が高いこと。官のカメラには設置場所や方法、情報管理に関する法規やガイドラインがあるケースが多いが、民のカメラでは遅れていると、指摘しておられます。
リスクを軽減するために取る対策が、新しいリスクを生むジレンマです。これは、監視カメラだけでなく、いろんな局面で出てきます。この春の大学院での、講義のテーマの一つです。

続丹羽会長の教え・トップの情熱

NHKテレビ「仕事学のすすめ」、丹羽宇一郎伊藤忠相談役の「人間力養成術」。テキスト「仕事学のすすめ」(NHK出版)から。
p54
メールだけでは、トップの情熱や気迫は伝わらない。だから、全社員総会をはじめたのです。「みんな集まれ、私が直接出て原稿なしで自分の気持ちをしゃべるぞ」。そうすると、経営者は本気だな、本当のことを言っているなと、社員はわかるのです・・アメリカの心理学者の研究によると、スピーチの印象は、50%がしゃべる人の容姿、40%が情熱、10%が話の内容だそうです。
会長が、哲学を語り、経営方針を説明し、みんなにしっかり教え込んで、というのは時間の無駄でしょう。そのようなことは、ペーパーでやればよいことです。要するに、経営者がいかに情熱と気迫を持ってこの会社を引っぱっていこうとしているのかということを、目的を明確にして、それを簡潔に伝えられればいいのです。
p71
今の若者の質が悪くなった、外国人と競争する気概をなくしていると言う人がいますが、これは会社のトップが悪いのであって、急に若者のクオリティーが劣化したということではないと思います。
日本の会社員は時間的にもたくさん働いているような気がするのですが、実は働いたふりをしているだけの人も多いのです。部下は上司の背中を見て育つのです。迫力も気力もなくて情熱もなくて、怒りを忘れた上司を見ていたら、若い人間はこういう生活をしていても出世できると思いこんで、怒らない、おべんちゃらばかりを言う、気迫も情熱もそれほど感じられない、そういう人間に育つのです。
上司なりトップが、きちんとした姿勢を見せないからいけないのです。
・・人間は、気力、情熱、気迫というものがないと、成長しません。

人は、安住すべきか動き回るべきか

20日の日経新聞夕刊1面コラム「あすへの話題」に、外山滋比古教授が「転がる石」を書いておられました。
イギリスでは、「転石苔を生ぜず」ということわざが、住まいや職を転々と変える人間は成功しない、という意味になります。アメリカでは、逆に、有能、活発な人は常に新鮮だ、という意味になります。
日本では、長くイギリスの意味で使っていましたが、戦後、アメリカの意味に変化しつつあると、先生は指摘しておられます。
私が思うに、成長過程にある人、成功を求めて努力する過程の人は、アメリカ流解釈なのでしょう。成功したら、イギリス流の発言もできるようになります。もちろん、変わるといっても、筋を通さず、言動がころころ変わる人は信頼されず、成功しないでしょう。

日中韓共通歴史認識

18日の読売新聞「地球を読む」は、北岡伸一東大教授の「共同歴史研究。『侵略』認め、日中攻守逆転」でした。
2006年、安倍首相と胡主席の合意によって始められた日中歴史共同研究は、今年1月に報告書を発表しました。しかし、研究の途中から、中国側が公表に消極的になり、一時はすべての不公表を求めたそうです。先生は、興味深い指摘をいくつもしておられますが、ここでは一つだけ紹介します。
・・・極端に隔たって手のつけようのない問題に、両方の中道の歴史家の考え方を示すことで突破口を開くことが目的であって、パラレル・ヒストリーとは、そのための積極的な手法だった。
中国では、日本は侵略を認めていない、反省していない、謝罪もしていないと考えている人が少なくない。これに対し、日本側は日本の侵略は認めているが、中国側の主張は一方的で誇張されていると考えている。それを相手に読ませたかったわけである。
ここに攻守は逆転するのである。日本に侵略を否定する声が大きいうちは、中国は、日本は反省していないと主張し続けることができる。しかしわれわれが非を認めると、それがどの程度の非なのか説明せざるを得なくなり、守勢に回った。各章の「討議の記録」の削除を求め、戦後編の非公表を求めたのは、中国が受け身に立ったからである。
・・東アジア共通の教科書を考えても良いと思う・・また、外交だけでなく、内政にも目を向けるべきである・・第三国の学者の参加も歓迎すべきだろう。真理が直接的当事者にしかわからないというのはおごりであり誤りである。このようにして、歴史学の大原則に立って、東アジアの歴史を共同で書くことを、日本から提案したらどうだろう。中国や韓国が積極的に応じないだろう、という人もあるだろう。それでも一向にかまわない。その場合は、歴史を直視していないのがどちらか、世界に明らかになるわけだから。
詳しくは、原文をお読みください。

熟年男性の焼死

先日紹介した、「幼児のライター遊び」の続きです。住宅で焼死する被害者は高齢者が多いということは、皆さんご存じだと思います。では、次に多いのは、どの社会集団・階層でしょうか。
鈴木主任研究員の研究によると、熟年男性なのです。平成18年に記者発表した資料なので、少し古くなっていますが、分析によると次の通りです。「熟年男性の危険が顕著に増大-住宅火災による死者急増の背景」(平成18年8月11日消防庁報道資料
別紙の図2で、50歳前後の熟年層の死亡が増えていることが、わかります。図4で、やはり熟年層の死亡率が高いことがわかります。そして、図5で、それは圧倒的に男性なのです。図6では、この10年間のトレンドで、50歳代後半の男性の死者数が倍増しています。
その50歳代後半男性の住宅火災死者の特徴も、分析されています。図7では、6割の人が無職です。これに対し、日本全体の失業率は、一桁小さい5~6%です。そして、図9では、一人暮らしが5割です。これに対し、日本全体では50歳代後半男性の一人暮らしは、1割程度です。図10では、出火原因の第一は、たばこです。
なかなかショッキングな数字です。核家族化が進み、さらに一人暮らしが増えて、日本社会は昔とは変わってきました。私は「新地方自治入門」や講義・講演の中で、一人暮らし家庭が増えたこと、それによって社会や行政の役割が変化していることを、取り上げています。その際は、夫に先立たれた妻と結婚しない若者を、一人暮らしが増えた要因として説明しています。しかし、熟年男性の一人暮らしも、このような課題をもたらすのですね。家族を持たない、職業を持たない、いわゆる社会から「排除」された人たち。また、うまく社会とコミュニケーションができず、関わりを持てない人たちは、行政の大きな課題です。再チャレンジ社会の課題です。