カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

市町村アカデミー学長に就任しました

2021年10月14日   岡本全勝

今日10月14日付けで、市町村職員中央研修所(略称、市町村アカデミー)の学長に就任しました。

市町村職員中央研修所は、全国市長会、全国市議会議長会、全国町村会及び全国町村議会議長会の4団体が設立した市町村職員の研修所です。千葉市幕張にあります。姉妹校として、全国市町村国際文化研修所が滋賀県大津市にあります。
自治大学校が自治体の総合研修(階層別研修)を行い、市町村職員中央研修所と全国市町村国際文化研修所が、市町村職員の専門分野の研修を担っています。

私の職歴として、消防大学校校長、自治大学校校長に続く職員研修の職場です。皆さんの期待に応えるように、職員と一緒に努力します。

日本自治学会、休止

2021年4月14日   岡本全勝

日本自治学会が、5月15日に最後の総会を開き、活動を休止するそうです。

・・・地方分権一括法が2000年に施行されたのに合わせて、さらなる改革を進めてゆくために幅広く英知を結集しようと学会を立ち上げてから、すでに20年が過ぎました。
一括法が築いた分権改革のベース・キャンプから、地方自治を真にそれにふさわしい実質を備えたものに育て鍛え上げていくことをめざし、行政法、行政学、財政学など学界の研究者、さらにはジャーナリストたちを中核に全国各地で活動してきました。
分権改革は、現下の通常国会に第11次の一括法が提出されるなど、いまも続いてはいます。しかし、その内実は乏しく、足踏み状態にも見えます。この時点で学会を閉じることには忸怩たる思いもございますが、20年をひとつの節目として、いったん幕を引き、新たな展開を模索することといたします・・・

この文章の最後の段落に、分権改革の現状が表されています。2000年の第一次分権改革を経験した一人として、考えるものがあります。
大きな社会の改革を進め実現するには、理論ともに、社会の指導層や国民を巻き込む仕掛けや、社会の雰囲気が必要です。
自治体学会は、活動中です。

日本地方財政学会研究叢書

2021年4月13日   岡本全勝

日本地方財政学会の年報「研究叢書」第28号が届きました。私も学会員なのですが、最近は会費を納めるだけの怠け者です。

巻頭論文は、林宏昭・理事長(関西大学教授)の「地方財政学会と地方財政研究」です。学会設立(1992年)以来の研究の動向が、整理されています。
この学会誌では、設立時、10年目、20年目にも、まとめられています。その分野の研究動向をまとめて、整理することは良いですね。
研究者は、それぞれが自らの関心で研究をしています。しかし、現在どのような研究が行われているか、対象や方法を共有することは意義があります。特に初心者は、知らないことでしょう。

令和2年の回顧1、復興

2020年12月28日   岡本全勝

年末になったので、今年も回顧を始めましょう。第1回は、復興についてです。

岩手県と宮城県では、計画されていた災害公営住宅と宅地造成が完成しました。道路などのインフラもほぼ完成し、その点では復興はできました。街のにぎわいを取り戻すことなどが残っています。「10年間の道のり」。なお、応急仮設住宅に住んでいる人は、全国で約2千人です。
福島では、3月に常磐線が全通し、あわせて双葉町、大熊町、富岡町の帰還困難区域の一部(復興拠点の一部)について避難指示を解除しました。避難指示解除準備区域、居住制限区域はすべて解除され、帰還することが困難としていた帰還困難区域でも復興作業が進められています。新しい段階に入っています。帰還困難区域は放射線量が高く「当分の間は帰還ができない」と宣言した区域ですから、そう簡単に事業が進むわけではありません。「福島復興加速の取り組み

あと3か月で、10年の節目を迎えます。当初は先が読めず、まさに腰だめの数字で、最初の5年と次の5年で10年という期間を設定しました。
がれきが散乱している津波被災地では、がれき片づけに何年かかるかわからず、いつになったら復興するか、どのように復興するかの絵も描けませんでした。5年目くらいに先が見通せるようになり、結果として10年という期間は当たっていました。

福島については、放射線量の減衰がわからず、いつになったら帰還できるかがわかりませんでした。放射線量の高さに応じて、3つの区域に分けて作業をする(賠償を払う)こととなりました。
想定より放射線量の減衰が早く、解除準備区域(緑色)と居住制限区域(黄色)は、10年で避難指示が解除できました。うれしい想定外で、帰還が困難とした帰還困難区域(赤色)も、一部ですが解除の見通しができました。

私は、9月に内閣官房参与、福島復興再生総局事務局長を退任し、11月には復興庁顧問も退任しました。大震災の被災者支援に参画してから9年半でした。
「来年3月まで勤めれば、ちょうど10年なのに、なぜ辞めたのですか」という指摘もいただきました。私も、10年の区切りを念頭には置いていたのですが。9年も従事したことを褒めてください。
役所の組織は、職員が変わっても事務が同じように進むことを想定しています。「あの人でなければ」という評価はありがたいのですが、個人の能力に依存した組織は、長期的には弱い組織です。

なお、このホームページでの分類(カテゴリー)の「災害復興」は、「歴史遺産」に移し替えます。このあとの災害復興の記事は、「復興10年」という新しい分類に引き継ぎます。

帰還困難区域の一部を除染せず避難指示解除

2020年12月27日   岡本全勝

12月26日の各紙が、「政府が、住む見込みのない地域について、除染せず避難解除を決定した」と伝えていました。
「東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示の解除について、政府の原子力災害対策本部(本部長・菅義偉首相)は25日、除染をしていない地域でも解除できるようにする新たな方式を正式に決めた」(朝日新聞、大月規義記者)。

・・・いまの解除の要件は、(1)線量が年20ミリ以下に低下(2)インフラ整備と除染が十分進む(3)地元と十分協議する――の三つ。新方式では、このうち(2)を変更し、土地を活用する自治体などが、地表をアスファルトで覆う造成や、線量計を貸し出すなどの被曝対策を実施することを要件にした。これにより、多大な費用と時間のかかる除染なしで避難指示を解除できるようにした。解除後は人が自由に出入りしたり、事業を営んだりすることができる。
ただ、新方式の適用にあたっては、地元自治体が避難指示の解除後に公園や産業団地などとして使いたいという具体的な利用計画や要望があることや、解除後に人の居住が想定されていないことが前提となる。除染を必要とする従来の解除方式も維持し、どちらを選ぶかは自治体に任せる・・・

この報道の通りなのですが、少し補足しておきます。
原発事故による放射線量の高い区域を、政府(原子力災害対策本部)は、3つの区域に分けました。放射線量が低く早く帰還できる区域(避難指示解除準備区域、緑色)、少々放射線量が高く除染をして帰還を目指す区域(居住制限区域、黄色)と、放射線量が高く当分の間帰還ができない区域(帰還困難区域、赤色)です。

このうち、解除準備区域と居住制限区域は、既に避難指示を解除しました。その際に、放射線量が高い区域は除染をしましたが、山林については除染をせず、放射線量が低いことを確認して、避難指示を解除しました。「除染をせず避難指示を解除すること」は、今回が初めてではないのです。
なお、当分の間帰還できないとした帰還困難区域について、帰還のための作業をしていることについては、別途解説しましょう。