カテゴリーアーカイブ:行政

路上生活の難民

2024年12月27日   岡本全勝

朝日新聞夕刊「現場へ!」、12月9日の週は「ホームレス難民」でした。
第1回の記事には、「母国を逃れた難民申請者たちへの支援や法制度は、他国と比べて非常に貧弱だと指摘される。昨年以降は、支援を受けられない人々が、路上生活になる姿も目立つ。申請者の現状を探った」とあります。

・・・着のみ着のまま、段ボールやベンチの上に横たわる。雨露を防ぐものは、何もない。
11月中旬、風が冷たくなった東京都心の公園で、7~8人の難民申請者が、寒さに耐えながら野宿をしていた。
今秋来日した、アフリカ出身の20代の妊婦サラさん(仮名)も、厳しい路上生活を経験した。30代の夫ラシッドさん(仮名)とともに、取材に応じてくれた。

(母国を出て)それから約2年間、近隣諸国や東南アジアを転々とした。そして、「人権を尊重する国」と聞いた日本にビザを申請し、一時滞在の許可を得て東京にたどり着いた。だが、日本では難民申請者が住居や食事などの公的支援をすぐに受けられるケースは、ほとんどない。
夫妻は一時期、都内の公園で寝起きする生活を余儀なくされた。妊娠していたサラさんは10日間ほど、ラシッドさんはおよそ1カ月。ラシッドさんは「妻はどんどん弱っていった。でも、どうしたらいいかわからなかった」。
夜中は想像以上に寒さが厳しく、眠れない。「食べ物もないから、長い時間ゴミ箱をあさり、食べられるものを探した。なかなか手に入らなかった」とラシッドさん。サラさんも語る。「体調がどんどん悪くなり、何度も倒れそうになった。とにかく、おなかにいる子の命のために生き延びなければ、とだけ思っていました」。語りながらあふれてきた涙を、布でぬぐった・・・

福祉国家日本で、こんなことが起きているのですね。
非営利団体が支援をしているようですが、十分に手が行き届いていません。

国連の女性差別撤廃委員会勧告

2024年12月26日   岡本全勝

12月2日の日経新聞ダイバーシティ欄「女性差別撤廃委の勧告生かせ 夫婦別姓議論、当事者の声を」から。

ジェンダー平等に向けた日本の政策は十分か。国連の女性差別撤廃委員会が10月、日本政府を8年ぶりに対面審査し、改善勧告を出した。選択的夫婦別姓や同性婚の導入など、勧告の内容は多岐にわたる。日本はどう受け止めればいいのか。委員会のメンバーである亜細亜大学の秋月弘子教授に審査の意義や今後の課題を聞いた。

――審査はどう進められるのか。
「女性差別撤廃委員会には、各国から選ばれた女性分野の専門家23人が所属しており、1回の会期で8カ国の審査を分担する。委員は1人あたり最低でも4カ国ほどの審査を担当するのが通例だ。国別の作業部会に十数人の委員が組織され、その国から提出された報告書を読み、情報を得る」
「審査の対象となる国からは、前回の審査からの進捗状況を説明する報告書が提出される。市民団体などからの報告書も受け取り、課題を多角的に把握する。報告書は平均して1国あたり20〜30ほど。事前に課題と現状を精査し、対面での審査に臨む」

――日本は勧告に対する対応が不十分だという指摘もある。
「選択的夫婦別姓の導入についての勧告は4度目で、それでも変わっていないというケースは珍しい。勧告に法的拘束力がないと指摘する声もあるが、委員は人権分野の世界的な専門家であり、その指摘は重い。国際的には、勧告が出た以上は履行する努力が当然のことだと認識されている」
「日本でジェンダー不平等の状況が放置されていることは、海外からはしっかりと認識されている。日本が冷笑されてしまう立場であることも、政府は認識しなくてはならないだろう。改善の取り組みをスピードアップしない限り、世界の標準が見えなくなり、孤立してしまうリスクをはらんでいる」
「人権を侵害された個人が、人権条約機関に訴えられる『個人通報制度』を定める選択議定書を批准していないことも課題だ。人権に関する問題が起きたとき、当事者の声を受け止め、救済する国内人権機関を設置することも欠かせない」

――今後、日本にどのような変化が必要か。
「ジェンダー不平等が深く根付いている現状を変えるには、強い法や政治の力が必要。ただ、女性議員が少ない日本では、なかなか法制化も進まない。10月の衆院選の当選者のうち、女性の割合が15.7%と過去最多になったが、世界平均の27%に比べればまだ少ない。国会での女性の少なさは、委員会のメンバーからもよく驚かれる」
「選択的夫婦別姓について指摘を受けた際、『国民の議論が必要』との政府代表団の回答があった。日本の国会議員の大多数は男性のため、国会の議論だけではバランスを欠く。パブリックコメントや当事者団体からの声も入れるなどして、『国民の意見を反映した』議論を期待したい」

公務員の旅費削減を嘆く

2024年12月24日   岡本全勝

国家公務員の出張旅費を定額支給から上限付きの実費支給に切り替える改正旅費法が来年4月から施行されます。このことは歓迎すべきことです。
かつて旅費法とその規則は実態に合わず、面倒でした。よく引き合いに出されたのが、大津市問題です。東京から大津市、例えば滋賀県庁などに出張する場合は、新幹線で米原まで行って、そこで在来線に乗り換えるのが、旅費の支給規則でした。実際は、新幹線で京都まで行って、在来線で戻る方がはるかに早く着きます。本数も多いのです。時間費用の考えがなかったのです。
また、やたらと手続きが厳格でした。規定どおりに旅行せず、ズルをした職員がいたのでしょうね。その度に規則が積み重ねられたのでしょう。

11月11日の時事通信社「i JAMP 中央官庁だより」に次のような話が載っていました。
・・・これまで、時に持ち出しが発生していた職員にとっては朗報と言える。ただ、国家公務員の旅費支給の総額が直ちに増えるとは限らないようだ。主計局幹部は、現行の旅費法に記載があり、改正法にも引き継がれたある条文を指し示す。そこでは出張が認められるケースについて「電信、電話、郵便等の通信による連絡手段」では対応できず、かつ「予算上旅費の支出が可能である場合」に限ると規定。同幹部は「今は簡単にウェブミーティングができる時代。最近の出張は、本当に必要なものばかりだろうか」と首をかしげる。近年は、育児や介護を抱え、気軽には出張できない職員も増えており、この幹部は「働き方改革の観点からも、出張の必要性は見直されるべきだ」と指摘していた・・・

予算担当者としては正しい発言なのでしょうが。これでは、現場を知らない職員が増えます。霞が関勤務の国家公務員は、仕事の形態から、国民や企業、国土の現場を相手にすることが少ないです。市町村職員に比べて、圧倒的に不利です。
東日本大震災の際、財務省が旅費をかなりつけてくれました。現場を見ずに、復興の議論はできないからです。何人かの職員が「これまでに経験した出張の数より、復興庁での2年間の出張回数の方が多かったです」と笑っていました。それくらい、旅費予算が削減されているのです。
仕事ぶりにも、その影響は出ていました。現場に行くことをためらわない職員と、ちゅうちょする職員がいました。役所によって異なるのです。ふだんから市町村役場や現場に出ている役所の職員は、どんどん行ってくれました。そのような経験のない役所の職員は、現場に行くことが不安だったようです。
これからの課題解決や政策立案には、欧米に留学することより、課題が起きている現場を見ることが必要です。

職員を育てる観点からは、旅費や研修費を増やしてほしいです。永年にわたって削減された旅費と研修費を、増やしてもらえませんかね。

世論駆動の「ファスト政治」

2024年12月24日   岡本全勝

雑誌「ウェッジ」11月号は「特集 民主主義は 人々を幸せにするのか?」でした。
記事の一つ、佐藤卓己・上智大学教授の「ネガティブ・リテラシーを持ち 情報過剰時代を生き抜く」に、次のような文章があります。

・・・そもそも自民党総裁選がこの構図で行われたのは、岸田文雄内閣の退陣表明のためだ。外交でも経済でも大きな失策はなかった岸田内閣だが、自民党派閥の裏金事件を背景に内閣支持率は低迷した。「支持率が20%を切れば退陣」が21世紀日本政治の常識である。与党である自民党と公明党の支持者が3~4割だとすれば、支持率20%派与党支持者の過半数も不支持ということになる。

これを世論駆動の「ファスト政治」と私は呼ぶ。特に小泉純一郎内閣以後の短命内閣はいずれもメディアの世論(人気)調査報道で首相が選出され、内閣支持率が20%を割る「賞味期限切れ」で退陣した。

逆にいえば、安倍晋三長期政権はこの内閣支持率を何よりも重視し、人気取りイベントや即時報酬的なバラマキ予算を次々に繰り出した結果であり、これを政策本位の政治と評価することは難しい。そうした「ファスト政治」によって長期的な展望が日本政治に見えないことへの不安を感じる人は少なくないはずだ・・・

『フランスという国家』行政の再評価と再設計

2024年12月22日   岡本全勝

ジャック・シュヴァリエ著、藤森俊輔訳『フランスという国家―繰り返される脱構築と再創造—』(2024年、吉田書店)を紹介します。

宣伝文には次のように書かれています。
「福祉国家の危機、欧州統合やグローバリゼーションの進展、新自由主義の台頭、急進的なイスラム主義とテロ、黄色いベスト運動……、そして、新型コロナ危機。—フランス社会を取り巻く変化に直面し国家はいかに適応してきたのか。
フランス行政学の第一人者が、フランス国家の歴史的な成り立ちと変遷を丹念に振り返り、新型コロナ危機が伝統的な国家モデルの復権をもたらしたと分析する」

社会の変化に対し、国家はどのように対応してきたか。そして、政治理論はそれをどのように支えてきたかが、簡潔に書かれています。内容はフランスについてですが、近代国家を生んだ国であり、他方で現代国家はどの国でも同じような課題を抱えています。フランスの経験は、日本でも参考になります。

フランスは日本と同様、いえ日本以上に、国家・行政が強い国でした。しかし、国際化と自由主義的改革で、弱くなりました。機能的に縮小するだけでなく、国家に対する「神聖性」ともいえた信頼が溶けたのです。しかし、新型コロナ危機、産業支援などで、国家の出番が増えて、その役割も再認識されています。
連載「公共を創る」と、問題意識は共通しています。私の連載も、社会の変化に応じて行政の役割が変化することを議論しています。その際に、明治以来の「追いつけ型」行政が成功し、豊かになったことで役割を終えたとしています。他方で、この本がフランスについて論じているように、先進国においても行政と国家の役割が大きく変わっています。あわせて、国民の行政・国家への信頼も低下しています。日本は、政治主導への転換に苦慮しています。フランスと共通の点と異なる点があります。それも、今後の執筆に活かしましょう。

本文は100ページあまり。簡潔な著作ですが、内容は深く、考えさせられます。行政を考える人にとっては、重要な文献でしょう。翻訳もこなれていて、読みやすいです。訳者の藤森俊輔さんは、内閣府政策統括官(共生・共助担当)付参事官です。

解(ほど)けていく国家―現代フランスにおける自由化の歴史』は、フランスにおける、この40年間の経済の自由化・市場化・国際化を解説したものでした。その延長にあるとも言えます。吉田書店は、良い本を出してくれますね(だいぶ前に読み終えていたのですが、このホームページでの紹介が遅くなりました。すみません)。