カテゴリーアーカイブ:行政

罪を犯した人の社会復帰

2012年6月12日   岡本全勝

6月10日に、大阪市の繁華街で、男が刃物で通行人2人を殺害する事件がありました。犯人は刑務所を出所しましたが、働くところも頼る人もなくて、自暴自棄になって、死刑になるように無差別に殺害したようです。
刑務所の出所者の社会復帰は、大きな課題です。再チャレンジ支援を担当したときに、勉強しました(資料の18ページ。この資料にはそのほかいろいろなハンディをもった人への支援が載っています)。
刑期を終えても、帰る家庭がない、働く場所がないと、まっとうな暮らしはできません。犯罪を犯した場合、家族からも疎まれ、雇ってくれるところも多くありません。いくら「更正」しても、社会で生きていけないのです。さらに、高齢者や知的障害を持った受刑者の割合も増えています。
大学で、刑法を学びました。罰を加えること、更正を期待することも重要ですが、それだけでは社会に復帰できず、再び犯罪を犯すことになります。刑務所には、多くのヒトとカネを費やしています。それに比べ、社会復帰のために費やすヒトとカネは、多くないようです。

悩みの相談先

2012年5月31日   岡本全勝

5月31日の読売新聞夕刊に「『助けて』電話1日2万件。震災受けスタート、相談パンク寸前」という記事が、大きく載っていました。
社会的包摂サポートセンターが運営している、24時間対応の「寄り添いホットライン」です。
「死にたい」「5日間何も食べていない」など深刻な悩みが多いそうです。かかってくる電話相談のうち、2割が自殺に関することです。
1日約2万件の電話に対し、つながるのは1200件程度という、「繁盛ぶり」です。相談する相手がいない、ということでしょう。家族、近所、会社といった「共同体」が弱くなったことも、背景にあると思います。さらなる対策を、考えなければなりません。

民間から見た行政と官僚

2012年5月24日   岡本全勝

今日は始業前に企業の方と、放課後にはNPOの方と、意見交換をしてきました。というか、外(民間)から見た、復興や官僚のあり方について、ご批判を頂く会でした(笑い)。それぞれ行政と関わりがあり、問題意識を持っておられる方からの「苦言」なので、きついですが、会話が成り立つのでその点では楽でした。
いくつかの指摘について、「それは私の責任ではありません」と言い訳したいところですが、この歳、この立場になると、そうもいかず。変な言い訳をするより、私が思っている「行政の悪い点」「官僚の欠点」を説明しました。
当然、向こうさんの反応は、「じゃあ、全勝さんはその欠点をどう変えるのですか」という突っ込みです。「復興に関しては、今まさに努力中」「官僚制については、時間ができたら論文を書いて、世に問います」としか答えられませんでした。
異業種の方との議論、そして中には初対面の方がおられ、これはいささか緊張する場面でした。どのように説明したら、理解していただけるか。初めての方は、その程度がわからないので。しかし、外からの批判は、勉強になります。

都会の限界集落

2012年5月21日   岡本全勝

5月17日の読売新聞連載「列島再生」は「都心の限界集落」でした。東京都新宿区、しかも山手線内にある都営戸山住宅が、都会の限界集落になっているという記事です。ここは、2,300戸の高層アパートです。私も7年前まで、この住宅の近所に住んでいました。
高齢化率が48%です。全国の23%の倍、田舎の集落より高いです。孤独死も起きています。しかもこの住宅は、戦後建てられたものを、1990年代に高層化し戸数も倍になりました。そこに高齢者が入居しました。
過疎地の限界集落との違いは、団地自体はなくならず、次々と高齢者が入居するであろうということです。

行政の記録

2012年5月7日   岡本全勝

4月30日の読売新聞「地球を読む」は、御厨貴先生が「公文書管理。記録残さぬ風土、戦後から」を書いておられました。日本の公文書管理について、近代日本では後世にきちんと伝える仕組みがなかったというのは間違いで、戦前はきちんと残していたことを指摘しておられます。
・・議事録や記録を公文書として残す伝統は、いつからなくなったのか。どうやら戦後と占領がその契機らしい。近代日本のつまずきの石となったあの戦争における未曾有の敗戦。米軍占領までの2週間の間、霞ヶ関官庁街からはおびただしい黒煙が吹き上げたという。いや空襲の再来ではない。軍部も大蔵・内務各官庁も、米軍占領に備えて、大量の公文書を焼却したのだ。ここで敗戦国日本はためらうことなく、戦争へ突き進んだ歴史を焼き捨てた。何らの反省もなすことはなく・・
また「内閣官房における臨時組織の記録は、絶対に消えてなくなるという共通了解が、私たちの間にはあった・・」とも書いておられます。詳しくは、原文をお読みください。

被災者生活支援本部の際に、関係者やマスコミ、さらには国民の皆さんに、政府が何をしているかわかっていただくために、ホームページを立ち上げ、情報を載せました。また、それらを消去することなく、残してあります。後世の人には、このホームページが利用しやすいと思います。どこからでも、いつでも、誰でも見ることができるのですから。また、組織の名前や資料の表題を忘れても、検索機能を利用すれば、すぐにたどり着けます。便利なものです。紙で残すと、こうはいきません。そして、被災者支援本部は臨時組織なので、資料の保管と伝承が難しいのです。御厨先生の御指摘の通りです。
どのようなことをしたか(例えば、物資の調達と支援課題と取り組み)だけでなく、どのような状態で働いていたかも。忙しい中で、きちんとホームページに、しかも整理して載せてくれた担当職員に感謝します。
別に、毎日開いた「運営会合」の資料なども、紙で保存してあります(内閣府防災統括官に引き継いであります)。