カテゴリーアーカイブ:行政

長屋聡執筆「第二次臨調以降の行政改革施策」

2022年10月5日   岡本全勝

季刊『行政管理研究』9月号に、長屋聡・前総務省総務審議官が「第二次臨調以降の行政改革施策を振り返って(その1)」を書いています。長屋君は行政管理庁に就職して以来、行政改革や行政管理に携わってきました。

第二次臨調以降の40年間の行革の全体像が分析されています。中曽根行革、橋本行革などの歴史を振り返るとともに、なぜそれが求められたか、どのようにして進んだか、なぜ成果を上げたかが分析されています。また審議会方式で改革を進める手法についても評価が書かれています。良くできています。詳細な年表もついています。

私にとっては同時代史ですが、若い人にとっては知らないことが多いでしょう。1980年からの20年間は、日本にとって行革の時代でした。戦後の経済発展を成し遂げ、曲がり角にあった政治と行政を変革する必要があったのです。それを担ったのが、行政改革でした。その手法、すなわち国会や政党、内閣ではなく、内閣が委嘱した審議会が方向性を出すというところに、日本政治の特徴も現れていました。そして、紆余曲折はありましたが、かなりの部分が提言の方向で実現しました。私はそのうち、中央省庁改革に参画し、地方分権改革にも少々関わりました。

私の連載「公共を創る」では、政府の大きさを議論していて、次に行政改革を論じる予定です。私もいくつか書いたものがあるのですが、この40年間の全体像を振り返った論文が見当たらないので、困っていたところです。長屋論文を参考にさせてもらいます。次の号も、期待しています。「その2

ところで、季刊『行政管理研究』は日本の行政を論じる数少ない媒体です。地方行政には、いくつもの学会や雑誌があります。また、各省・各局も専門誌を持っています。ところが、国家行政を論じる場はないのです。例えば人事管理についても、そのような場はありません。購読者が少なく、市場がなり立たないこともあるのでしょう。で、私の「公共を創る」も、専門誌「地方行政」に連載しています。

原子力規制委員会の10年

2022年10月5日   岡本全勝

9月20日の朝日新聞「信頼への道、原子力規制委10年」、田中俊一・初代規制委員長の発言から。

――規制委は当初の狙い通りの姿になりましたか。
「発足は原発事故の翌年で、当時は原子力に対する社会の信頼がゼロでした。どう安全規制の信頼を取り戻すか。そこで打ち出したのが透明性です。審査会合をオープンにして中身をさらけ出した。今では信頼はある程度、得られたんじゃないでしょうか。でも、推進側が全然ダメですね」

――どこがダメですか。
「原子力の利用について国民は納得していませんよね。日本でどうして原子力エネルギーが要るのか、国民に考えてもらう必要があるわけですよ。特に、温暖化とかロシアの(ウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機の)問題がある今は、議論する絶好のチャンス。それなのに、政治家も行政も、きちんと議論をやろうという人がいません」
「電力不足だから審査を迅速化しろと言うけど、規制委が許可した原発17基のうち7基は再稼働していません。まず、それを動かせば間に合うはず。規制委が許可したって原発は動かないんです。社会が受け入れられるような議論を政治がやっていないからです」

――厳しい審査をしても、新規制基準で必要な安全対策がそろえば、最後は認めざるをえないようにも見えます。
「規制委は原子炉を止めるところじゃないんです。止めるなら規制なんか要らない。原発を利用する上で大きな事故を起こさないようにするのが規制委です」

国会の役割、審議

2022年10月1日   岡本全勝

9月17日の朝日新聞オピニオン欄「形骸化する国会審議」、野中尚人・学習院大学教授の「多様な意見、討論してこそ」から。

いまの与党、具体的には自民党の事前審査制度は、日本政治の大きな問題です。
法案が国会提出される前に、細かく各省庁と自民党が調整し、細部まで法案を固めます。ほとんどの場合、審議スケジュールをめぐる野党による抵抗はあっても、その法案が最終的には修正されずに可決、成立します。それが、国会、特に与党による討論を不活発にしている要因だと指摘されてきました。
そもそも、国会、議会とは何でしょう。ほかの組織とは異なる議会の本質的な特徴とは何なのでしょうか。
例えば「話し合いをする」という機能を持つ場は他にもありますが、議論をした上で、社会の全構成員を拘束するルール、つまり法をつくるのが議会です。さらに、そのプロセスで、意見の異なる人が同じ場所で公開のディベート、討論をすることが決定的に重要だとされています。

1955年の保守合同で自民党が誕生し、55年体制が成立して以降の国会では、与野党によるこうした討論が実質的に行われていません。国会は与野党ではなく、政府と野党が対決する場になっています。政府を代表する閣僚は、関係部局と調整した答弁をしますが、与党は法案を固めた後は、中身について国会では消極的な役割しか果たしません。日本の国会は、与野党の討論や熟議ではなく、政府が悪いことをしないかと野党が監視する場になっています。

自民党の政治家から聞き取りをしたり、逆に声をかけられて事前審査の何が問題なのかを説明したりといった機会がありました。異口同音に言われたのは「事前審査なしでは、とても国会を運営できない」ということです。
決してそのようなことはないと思います。ヨーロッパでも議会内で、超党派で行う立法前審査の制度があります。しかし民主主義国では、政府が提出する前の段階で完全に結論を出すような形で与党が審議をすることは、日本以外では実例が見つかりません。
特定の政党が長く与党になっている国でも、議会制民主主義国では事前審査のような制度はありません。政権交代を経ても日本で残っているのはなぜでしょう。55年体制成立前、早くも明治時代末期から、議会といった公的な場ではなく、直接政権などに要望を伝えたり、影響力を行使したりするのが与党の役得だと考えられてきた歴史もその背景にありそうです。

厳しい課題に直面するであろうこれからの日本政治では、時には厳しい決定が求められるでしょう。試練を乗り切る合意を形成するためには、多様な意見を持つ国民の代表が討論と熟議を行う国会への転換が欠かせません。そのためには事前審査の見直しが避けて通れないでしょう。

保育所の機能拡大

2022年9月27日   岡本全勝

9月15日の日経新聞夕刊に「保育所、子育ての多機能拠点へ」が載っていました。

・・・親が希望しても保育所に入れられない待機児童が2022年4月、全国で2944人と過去最少になった。施設整備が進んだうえ子どもの人口が減り、希望すればみな保育所に入れる時代が目前に迫っている。そこで課題になるのが余力のある保育所をどうするかだ。これまでの就労家庭への支援施設としての役割を捉え直し、地域全体の子育て支援に役立てようとする動きが広がりつつある・・・

事例として、仙台市の保育園が子ども食堂を行っていることが紹介されています。園児でなくても、18歳以下の子どもを育てていたら利用できます。大人は300円、子どもは無料です。

親が働いていたりして子育てが難しい場合に子どもを預かるのが、保育所の役割でした。しかし、子育て支援という視点に立てば、困っている親は他にもいます。次のような支援を期待します。
・働いていない親でも、週に何回かは預かって欲しい。
・子どもが熱を出した場合。
・障害がある子どもの支援。
・相談する相手がいない親への支援。

「生きづらさ」言葉の功罪

2022年9月23日   岡本全勝

9月7日の朝日新聞オピニオン欄「「生きづらさ」言葉の功罪」、貴戸理恵・関西学院大学准教授の「他者とつながる足掛かり」から。

かつて、女性、障害者、不登校者などマイノリティーとされた人は、「障害者は劣っている」「学校に行かないことは悪い」とまとめて差別され、その苦しみを分かち合うことができました。社会の無理解は深刻で、変革のために連帯する必要性も明らかでした。
ところが今は、少なくとも建前のうえでは「多様なライフスタイルを承認する」とされ、同じマイノリティーだからといって、共通のしんどさを抱えていることを前提にできません。「30万円稼ぐようになった引きこもりの男性」のように、「弱い立場だったけど生産性がある人になった」話も流通している。だからマイノリティーであることを「言いわけ」にできず、「苦しいのは自分のせいだ」となってしまう。

もちろん、多様性が認められるのは重要です。でも、市場的な価値が重視されるなかで共同性が失われ、孤立感を持ちやすくなることには、注意が必要だと考えます。
そうしたなかで、個人の「苦しい」というリアリティーを表現できる言葉が「生きづらさ」なのでしょう。自分の個人的なストーリーをその言葉に乗せることで、ようやく他者に語ることができる。
これは現代的な現象だといえます。自分だけでなく多くの人がしんどいのに、共通の問題は見えず、「自分のがんばりが足りないからだ」と個人的に抱え込まされる。その結果、苦しみを主観や身体性に根ざして表現せざるを得ないのです。「生きづらさ」が多く使われている背景には、個人の苦しみを自己責任だと思い込まされるような状況があると思います。

「生きづらさ」という言葉は困難を個人の問題にしてしまう面があることは確かですし、しんどさの原因となっている社会構造を問うことも必要です。でも、この言葉のよいところは、「自分で語る足掛かりになること」だと私は思っています。
参加者が自分の生きづらさを語り合う場に10年以上関わっています。互いの話を聞きあうことを通じて、「自分だけの問題じゃない」という実感が積みあがっていきます。就労に結びつくなどの具体的な変化もありますが、一番大切なのは、しんどさを通じて他者とつながる「孤立の回避」です。