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社会

脱成長モデル、日本が解を

1月1日朝日新聞オピニオン欄、カレ・ラースンさんのインタビューから。ラースンさんは、ニューヨークから各地へ広がった反格差社会運動「ウォール街を占拠せよ」の仕掛け人です。日本で10年近く暮らしたこともあります。
・・いまの日本はしょぼんとして見えるが、元来ものすごく創造性豊かな国だと思います。米国主導の経済モデルに取って代わるものを打ち出せるとしたら、おそらく日本しかない。経済成長が永遠に続くと思いこんできた米国中心のシステムは、もうダメになった。米国の衰退は、誰の目にも明らか。欧州債務危機を見てもわかる通り、G8とかG20とか世界の主要国がやっているのは、しょせん対症療法です。

「新経済モデルの構築を日本に期待するのはなぜですか」との問いに対して
・・成長一辺倒モデルの限界を、世界で最も早く体感した国だからです。高度成長を経て、バブル崩壊と20年の停滞。日本の困難を、欧州や米国は遅れて経験しているのです。いま求められているのは、壮大な構想力。経済成長が止まった後に、どう経済持続させられるか。解を日本が見つけてくれたら、若者が公園を占拠する必要はもうなくなります・・

作成者の意図と使う人の都合

公共用のトイレで、トイレットペーパーのロールが横に2つ並んでいる型のホルダーがあります。これは、一つのロールを使い切って紙がなくなっても、困らないようにという意図です。ところが、多くの人は、2つのロールが同じように減るように使います。すると、2つのロールがほぼ同時になくなることになって、設計者の意図に反する結果になります。これを防ぐのが、ロールを縦に2つ並べておいて、一つがなくなったら、次のロールが出てくるようにしたものです。D.A.ノーマン著『複雑さと共に暮らす―デザインの挑戦』(2011年、新曜社)に、書かれていました。
なるほどね。2つロールが並んでいる場合、多くの人は、片方を先に使い切って、もう一つの方を手つかずに残そうとはしないでしょう。必ずたくさん残っているロールを使うでしょう。すると、2つが同じ程度に減っていくのですね。

独創的な事業を生む社会

読売新聞10月29日「論点スペシャル」は、先日亡くなったアップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズ氏に関して、「和製ジョブズ出るか」でした。坂村健東大教授は、次のように述べておられます。
・・日本は10年前から「IT立国」と言い続けてきたが、存在感が薄い。
技術がないわけではない。例えば、ジョブズ氏の会社の製品が使っている部品の半分以上が日本製だ。消費者からは見えないが、ビジネスという点では、日本の企業も結構うまくやっている。
しかし、これから日本で、ジョブズ氏のような、世界を変革するアイデアや製品が誕生するかと聞かれると、難しいと答えざるをえない。そういう社会ではないからだ。
インターネットの検索ソフトを見ると、良くわかる。日本の企業も、グーグル社より前に開発していた。しかし、著作権問題に抵触するのではないかなどの議論が起き、企業側の腰が引けた。
日本の法律は、ドイツをお手本にした「大陸法」だ。すべてのことが事前に想定され、相互に矛盾なく決めようとする。法律を作ったり、改正したりするには、時間がかかる。それで、世の流れに遅れる。
一方、英米法の考え方は、どんどん進めて問題が起きると、裁判の判例で解決する。スピードが速く、IT時代にふさわしい。
アップル社は、インターネット経由で楽曲を取り込む独自サイトを開設した。曲の著作権を巡って訴訟が起こるとわかっていながら進めた。訴訟もたっぷり抱えたが、事業は大成功した。
日本は、こうした訴訟文化になじまない。裁判になりそうな危ない事業には手を出すなという話になる。
人材の流動性もない。「いい学校」を出て、「大会社」に就職することが良いこととされ、いったん勤めると辞めない。つまり大企業が優れた人材を抱え込んでいる・・
・・法律や制度などを変えない限り、ジョブズ氏のような才能があっても、生かせないだろう。

つながりによる経済への効果

戸堂康之著『日本経済の底力』(2011年、中公新書)を、読みました。長期停滞を続ける日本経済、大震災後の日本の経済を立て直すには、どうすればよいのか。わかりやすかったです。
鍵は、グローバル化と産業集積であると、主張します。そして、もう一つ、これらの基礎にあるつながりの重要さを、指摘します(細かいことですが、目次の第4章「産業集績」は「産業集積」の間違いでしょうね)。

海外に輸出する、工場を造る、国際的共同研究をする、海外でサービス業を展開する、投資を呼び込む。これらが、日本企業を刺激し、成長をもたらすというのです。
地域の産業集積も、企業や研究者が近くにいることで、情報を得、刺激を受け、アイデアやヒントを得ることができます。それが、大きな効果を生みます。企業や研究者が「つながり」によって、新しい刺激を受けること。これが経済発展、研究開発をもたらします。

つながりといっても、仲間同士で内にこもっていては、よい効果は出ません。アイデアやヒントを求めている人にだけ、「違う世界」「違う考え」が、よい刺激になるのです。リンゴが落ちるのを見ていても、引力を見つけたのは、ニュートンだけでした。他方、あまり関係ない者がつながっても、これまた成果は少ないでしょう。

かつて経済学では、合理的行動をする経済人や企業を想定して、議論がなされましたが、近年では、制度や慣習の重要性が、指摘されています。経済主体だけでなく、その行動を制約する環境と条件です。そして制度や習慣が、簡単には変えることができないこと、そしていくつもの制度や慣習がお互いに依存しあっていることが、指摘されています。社会学では、当たり前のことだったのですがね。
その目に見えない制度と習慣をどう変えていくか。この「つながり」は、一つの視点だと思います。
もちろん、経済だけでなく、社会や政治の分野でも重要です。人はひとりでは生きていけない。安心できる社会は、できないのです。孤独死が明らかにしたことであり、マイケル・サンデル教授の政治哲学の視点です。

日本社会、信頼感の欠如?

8月17日の日経新聞経済教室、ビル・エモットさんの「信頼と連帯感取り戻せ」から。
・・経済学とは、単に統計や方程式を扱う学問ではなく、根本的には人間の行動を研究する学問である。そして人間の行動では、心理的な要素が重要な役割を果たす・・
日本経済、いや東北の経済でさえ、東日本大震災で長期的に影響を被ると予想すべき理由は何もない。問題は、この「長期的」という概念である。この言葉は漠然としているが、重要な意味をはらんでいる。
英国が生んだ20世紀で最も著名な経済学者ケインズは、英国経済は30年代の大恐慌から「長期的には」立ち直るだろうと述べた批判論者に対し、「長期的にはわれわれは皆死んでいる」と答えた。言い換えれば、人の一生は短期間で終わると述べたのである。人間にとっては、数年かせいぜい10年の単位で短期的に起きることの方が、長期的に起きることよりも重要になる・・
(経済の回復について)ともかくそれは、人間心理と、そして国から市町村にいたる共同体の両方にまつわる問題となるだろう。
なぜ心理的かと言えば、震災後初の景気回復を経てから日本がたどる道のりでは、信頼感が決定的な要因となるからである。投資に対する企業の信頼感、将来に対する家計の信頼感である。そしてなぜ共同体かといえば、望ましい未来の実現に向けて何をすべきかの決定は、国か地方かを問わず、共同体全体で醸成されるコンセンサス(合意)の度合いに左右されるからである。そしてこの決定は、信頼感にも影響を及ぼす。
日本で政治が混迷しているのは、このコンセンサスと共同体の連帯感の欠如が原因である・・
大震災に関しては、国民は深い同情の念を共有している。だが、これから何をすべきかについて、何らかの強い感情が共有されているようには見えない・・

ごく一部を紹介しました。原文をお読みください。
私は、日本社会全体の信頼感が薄くなったとは、考えません。政治と経済について、うまく行っている時は国民は信頼する、うまく行っていない時は信頼しない、ということでしょう。学校や教師に対しても、同じです。古人曰く「金の切れ目が縁の切れ目」「苦しい時に分かる真の友」・・。
しかし、その信頼が薄くなると、社会や経済がうまく回らなくなり、さらに信頼がなくなるという悪循環に陥ります。もっとも、「信頼していない」という質問と答が成り立つのは、一定の信頼があるからです。全く信頼していないなら、そのような問いと答は成り立ちません。