カテゴリーアーカイブ:著作と講演

自民党行革本部で発言

2026年5月28日   岡本全勝

今日5月18日は、自由民主党の行政改革推進本部基本問題小委員会に呼ばれ、自説を話してきました。主題は「省庁改革とその後」です。私が2001年に実施された中央省庁改革の事務局で働いたこと、その後も行政改革に関して発言していることから、声がかかったのだと思います。

特に、小さな政府論を続けたことによって日本の経済や社会が大きな代償をはらっていること、削減という行政改革は止めようと、主張してきました。行革の旗を振った一人として、反省を込めてです。
国会議員の前でこのような主張をするのは、いささか緊張しました。有村治子自民党総務会長も、聞いてくださり、意見の交換もしました。お会いするのも久しぶりでした。
現役の官僚たち(行革関係部局)も同席して聞いてくれました。彼らは、どのように感じたでしょうか。
次のような骨子で話しました。

Ⅰ 省庁改革と成果
1 省庁改革の目指したもの
戦後型行政システムと社会の改革、行革会議最終報告「この国のかたち」の改革
(1)政治主導:内閣機能の強化
(2)省庁再編:23府省庁を13に
(3)減量:局課の削減・弾力化、独立行政法人化
(4)併せて行われた「地方分権改革」「規制改革」
2 成果と評価
(1)省庁再編、減量、地方分権、規制改革は、一定程度達成
(2)政治主導については、首相主導は実現

Ⅱ その後の行政改革
1「小さな政府論」の大きな代償
課題と政策は増加しているのに、予算と公務員数は抑制
(1)新しい政策への取り組みの遅れ
(2)仕事は増えているのに職員数は増えず官僚は疲弊
(3)経済停滞と社会不安の原因に
①社員と職員の削減と非正規化。給与据え置き。長期不況を招き、格差社会に
②社会が「縮小思考」に
2「縮小思考」から卒業を
(1)削減という行政改革は止める
①行革の目標は何か。30年続けても達成できないのか。
②総量削減ではなく、個別事業の廃止を
③日本の発展のために、予算と職員の増加を
④次の行革は何か
(2)行革本部への期待

去年春には、自民党の防災本部に呼ばれました。「自民党・防災体制抜本的強化本部へ出席」

立命館大学で講義

2026年5月22日   岡本全勝

5月22日は、立命館大学へ講義に行ってきました。毎年呼んでもらっています。
私に期待されているのは、学問的知識を教えることではありません。官僚がどのような仕事をしているか、どのような職業人生を送っているかです。ただし、抽象的な体験談では理解しにくいので、東日本大震災対応を中心に具体的な話をします。それも、スライドを見せることで、百万言費やすより理解してもらえます。

組み立ては大きくは変えませんが、回を重ねると、学生たちが興味を持つことや知ってもらいたいことが磨かれます。なので、だんだん「進化」するのです。
今日も、100人もの学生が熱心に聞いてくれました。聞きっぱなしにしないために、質問も考えてもらいます。予告したこともあり、鋭い質問が続きました。みんな、よく考えています。話している方も、やりがいがあります。

連載「公共を創る」第259回

2026年5月21日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第259回「これまでの議論ー成熟期における日本の変化」が発行されました。前回から「平成の変化」を見ています。一番の特徴は、経済の停滞です。成長を続けていた経済が、マイナス成長になりました。

歴史を振り返ると、一国の産業の発展は、繊維や日用品といった軽工業から出発し、鉄鋼、電気製品、自動車、化学といった重工業に進みます。日本もこの過程をたどりました。後発国がこの過程を進むと、先進国は賃金の差で競争力を失い、軽工業から撤退していきます。そして、国内での産業構造の転換が進みます。日本はこの産業化で成功を収め、電気製品や自動車では当時の世界一になりました。ところが世界では、次なる産業への転換が始まっていました。情報通信技術(IT)産業や情報技術を利用した金融業の高度化です。日本は、この分野での企画と競争に負けました。
日本は、1990年代半ば以降、経済成長が止まりました。しかし、他の先進諸国は、緩やかながら成長を続けています。直近では一人当たり国内総生産(GDP)は、米国8万6千㌦、英国5万3千㌦に対し、日本は3万2千㌦です。そしてアジアでは、シンガポール9万1千㌦、韓国3万6千㌦、台湾3万4千㌦です。

なぜ、日本だけが停滞したのか。そこには次のような要因が考えられます。
一つは、産業転換に遅れたこと。それは、追い付き型産業の成功の裏面でもあります。
もう一つは、産業界と政府が「縮小路線」を続けたからです。企業は、バブル経済の三つの過剰(雇用、設備、債務)を処理した後も、設備投資など事業拡大に消極的な姿勢を続けました。業績が良くなっても、内部留保を増やすことにことに熱心で、人件費の増額や新たな投資には使いませんでした。国も地方自治体も、新自由主義的改革として「小さな政府」「行政改革」の名の下、職員数削減、給与の据え置きを続けました。株主も国民も、それを選んだということです。その結果、30年にわたって、国民の所得は増えなかったのです。
昭和後期を表す言葉が「拡大」「成長」とするなら、平成時代を表す言葉は「縮小」「萎縮」ではないでしょうか。

産業構造の変化は、地方の経済を直撃しました。それまで地方の経済を支えていた要素のうち、三つのものがなくなりました。工場の地方分散、公共事業、米の買い支えです。

日本経済と社会が、成長期から成熟期に入りました。平成の初め頃に、それを表す小話がありました。「昭和の成長を主役として引っ張ってきたが、平成時代になって、権威を落とした三つの業種を上げよ……答えは、百貨店と銀行と官僚」というのです。
経済成長期に、百貨店は憧れである消費の展示場や情報の提供者として、銀行は産業拡大の資金配分の司令塔として、そして官僚は経済社会発展の設計者として、それぞれ主役であり象徴だったのです。しかし、経済発展に成功することによって、その役割を終えていったのです。

今年も人事院初任研修講師

2026年5月19日   岡本全勝

5月19日は、人事院の初任研修講師で、北区西ヶ原にある研修合同庁舎に行ってきました。毎年、呼んでもらっています。
今年は、新規採用職員を各組約120人、7組に分けて行います。去年より、さらに増えたそうです。この研修参加者以外に、中途採用者がいます。

私が担当するのはB組、117人が熱心に聞いてくれました。笑ってほしいところでは笑ってくれて、反応が良いと、話も弾みます。
今日は基調講演(大震災対応)です。若手官僚に期待することも、話しました。質疑も充実していました。将来の霞が関・日本を背負ってくれる、頼もしい若者たちでした。
併せて、事例研究の課題を与えました。彼ら彼女らは18班に分かれて、対応策を考えます。6月4日に、各班が全員の前で発表し、ほかの班からの質問に答えます。