カテゴリーアーカイブ:著作と講演

連載「公共を創る」第236回

2025年10月2日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第236回「政府の役割の再定義ー成熟社会における対立・亀裂」が、発行されました。

政治主導の時代には、政党の役割も大きくなります。ところが日本の政党は、十分にその役割を果たしているようには見えません。前回は、現在の政党の機能不全の理由の一つ目として、政党の努力不足を説明しました。これは、政党自体の問題です。
今回はその二つ目、社会の変化によって対立軸が複雑になり、不明確になったことを説明します。これは、外部環境によるものです。

昭和後期の日本政治の対立軸は、自民党と旧社会党の対立(55年体制)でした。思想的には資本主義と社会主義の対立、保守対革新の対立でした。社会階層間の対立も代表していました。ところが経済成長を達成し、「一億総中流」という言説ができたように、階級差が消滅しました。他方、ソビエトと共産主義陣営の崩壊で、資本主義対社会主義の対立も消滅しました。

では、社会の対立や問題はなくなったのか。実際には、そうではありませんでした。本稿では、豊かさと自由と安心を達成したと思ったら、隠れていた社会の問題が顕在化したこと。その後に長い経済停滞に入り、新しい問題が生じていること。それに対し政治と行政が的確な対策を打てずにいることを論じています。
私は新しい不安として、三つの亀裂を挙げています。正規労働者対非正規労働者、昭和を懐かしむ保守と社会の変化を認める革新、排斥と包摂です。

この三つの対立・亀裂は、切り分けられたそれぞれが集団になりにくく、集団としてまとまっていません。困っている側の人たちは、組織化し得ない人々です。だから、対立軸の発見が遅れてきたとも言えます。政党も、それを拾い上げることに失敗しています。

サヘル諸国地方行政能力向上研修

2025年9月26日   岡本全勝

今日9月26日は、国際協力機構の依頼で、「サヘル諸国・周辺国における地方行政能力強化による政府と住民間の信頼醸成」研修の講師に行ってきました。
参加者は、ブルキナファソ、チャド、モーリタニア、マリ、コートジボワールから11人でした。9月17日から広島市で研修を受け、東京に移動して、30日に帰国します。

私の担当は、「日本の発展を支えた行政機構」です。この講義は、最近しばしばやっているので、それを基に資料を改編し、話す内容の重点も変えています。この内容を理解してもらうことも重要ですが、日本を好きになってもらうこと、「我が国も日本のように発展しよう」と思っていただくことも重要です。
フランス語の通訳です。言葉より、写真や図が伝わりますね。
今回も参加者の関心事項に適合したようで、喜んでもらえました。たくさんの質問が出て、時間を超過しました。

「日本とお国とでは、どちらが暑いですか」と質問したら、「気温はアフリカの方が高いけど、日本の方が暑い」とのことでした。湿度が高いことが、きついようです。

連載「公共を創る」第235回

2025年9月19日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第235回「政府の役割の再定義ー現在の政党の機能不全」が、発行されました。前回から、政治主導の時代における、政党と官僚の関係を議論しています。

政党は、政策の束(選挙公約)を示してできるだけ多数の国民の意思を集約し、議員の集団となる多数派を構成し権力の座を目指す仕組みとして、代議制民主主義において不可欠の存在です。憲法に「政党」という言葉が出てこないことが、不思議なくらいです。ところが日本では、政党は「評価の低い」存在です。
官僚主導政治が成果を挙げたことも、その原因でしょう。政治に責任を持っているのは官僚機構であり、与党として自由民主党が、内閣と国会において協働する。一部の野党が報道機関や進歩的な学識者と共に、それを批判するという構図が出来上がったのです。この構図では、確かに政党の存在が薄くなってしまいます。

現在の政党の機能不全の原因は、政党側と社会の側双方にあるようです。前者は、各党の努力(支持者の獲得とそのための政策の提示)の不足であり、後者は、社会の変化と対立軸の複雑化・不明確化です。
まず、政党の努力不足とは、次のようなことです。
その一つ目は、支持者獲得の努力です。55年体制では、農業や自営業、経営者や管理職などを自民党が代表し、労働者や貧困層を社会党が代表しました。政党は支持者を確保し拡大するために、党員の拡大と支持者の取り込みに励みます。自民党は各種の業界団体と友好関係を築き、社会党は労働組合と二人三脚でした。ところが、このような条件はなくなりました。各党は、それに代わる党員確保や支持者獲得のために、組織的努力をしているのでしょうか。戦略的に、下部組織の拡大と党員の確保を行っているようには見えないのです。

政党の努力不足の二つ目は、支持者獲得につながる、一定層に狙いを絞った政策の提示という点です。支持者の確保・拡大のために政策を磨いているようにも見えません。選挙の際に発表される公約は総花的で、国民のどの層・どの地域・どの集団を主に狙っているのかが不明確なのです。

マレーシア国政府行政官研修

2025年9月18日   岡本全勝

今日9月18日は、国際協力機構の依頼で、マレーシア国政府行政官研修の講師に行ってきました。この研修は、1981年、当時のマハティール首相が「ルックイースト」を唱え、日本を手本に近代化を進めました。その協力の一つとして始まったようです。15人の行政官が3週間にわたって、日本の行政などを学びます。

もっとも、マレーシアは急速に経済発展して、すでに1人当たり国民所得は1万4千ドルだそうです。
「もう、日本に学ぶことはないでしょう」と言うと、「いえいえ、まだあります」との答え。「東京は暑いですか」と聞くと、「マレーシアより暑い」と言われました。「今週末から涼しくなる予報です」と答えておきました。

私の講義は、日本の近代化と行政の役割です。「マレーシアと比べながら、聞いてください」とお願いしました。日本に来るのが初めての人も多く「座学も良いですが、外に出て日本を見てください」と助言しました。
田植え機の写真を見て「クボタ」と声が上がります。産業立地の話になり、トヨタやパナソニックを出すと、「ホンダ」など次々に聞かれます。
例によって、鋭い質問がたくさん出ました。日本の外国人労働者受け入れと移民政策、国民倫理、いくつかの産業分野で中国に負けていないか、などなど。最後は時間切れになりました。

日本語がけっこうできる方もおられます。最後に記念撮影を求められ、真ん中に立とうとしたら、日本語で「ボウシ」と帽子をかぶることを要求されました(笑い)。真面目でない方の写真を載せておきます。

連載「公共を創る」、「私が・・」の多用

2025年9月15日   岡本全勝

連載「公共を創る」が、230回を超えました。2019年4月から始めて6年。こんなに長くなるとは、思っていませんでした。
連載を始める前に骨格をつくり、それに従って記述しています。その点では、逸脱していません。しかし書き進めているうちに、あれも書きたい、これも書いておこうとなって、分量が増えているのです。少し振り返ってみました。

その要因は、次のようなものです。
・近過去に起きた事象や現在起きていることにも、触れていること。この連載は「現在日本の行政論」であり、かつての栄光と現在の低迷を分析すること、そして処方箋を提示することです。通常このような論考は、過去の事象を検証することが多く、私もそう考えていたのです。ところが、ついこの間に起きたことや現在起きていることも、議論の良い事例になります。で、取り上げることにしました。
・それはとりもなおさず、現在の政治と行政の問題点についての解説(批判)になります。それに終わってはいけないので、改善に向けての提言も書いています。

なので、目次を振り返ってみても、分量はいびつになっています。
第1部「町とは何か(第1章 大震災の復興で考えたこと 第2章 暮らしを支える社会の要素)」は38回
第3章「日本は大転換期」は32回なのに対して、
第4章「政府の役割再考(1社会の課題の変化、2社会と政府)」は80回。
第4章3「政府の役割の再定義」は80回を超えて続いています。

・もう一つは、私の経験をたくさん入れていることです。このような論考は通常、新聞に報道されるような「事実」を基に書かれるものです。私もそうあるべきだと考えていますが、他方でこの連載は「昭和の官僚の体験に基づく行政論」です。私の視点や主張が、どのような経験から書いているかを、明らかにしておきたいのです。そして、大きく変化している官僚像について、昭和の官僚がどのようなことをしていたか、書いて残しておきたいのです。
・私の書いた粗い原稿を、右筆が丁寧に加筆してくれることも、文章が長くなる要因です。しかしそれは、正確になり、読みやすくなっているということです。