肝冷斎が、拙著を紹介してくれました。
「前例通りに前回通り、去年通りに今まで通り」についてです。
「中国の古典では、「先例どおり」を「率由旧章」(旧章に率(したが)い由(よ)る)といい、大切なことだと考えられています」とのこと。
中国清の時代の「前例通り官僚」が出てきます。そして、住民が困ったことも。
肝冷斎が、拙著を紹介してくれました。
「前例通りに前回通り、去年通りに今まで通り」についてです。
「中国の古典では、「先例どおり」を「率由旧章」(旧章に率(したが)い由(よ)る)といい、大切なことだと考えられています」とのこと。
中国清の時代の「前例通り官僚」が出てきます。そして、住民が困ったことも。
連載「公共を創る」の原稿、第3章1(1)「成長から成熟へ」の残りを、書き上げました。
既に3分の1は記事になりました。次の3分の1はゲラになっていて、5月に掲載される予定です。ということは、今回書き上げた部分は、6月に掲載されます。いつも締めきりに追われているのですが、少々余裕ができました。
今回も、何人もの人にお世話になりました。
富山県の外国人の増加についてはまた富山県庁に、女性の活躍については内閣府の識者にお教えを乞いました。そして、全体を祐筆たちに見てもらいました。感謝です。
幅広い分野のことに言及しているので、文献を確認することに手間がかかります。書斎にあるはずの本が見つからず、図書館は閉まっていて。仕方なく、アマゾンで中古を買ったりしています。でも、すべてに目を通すことは不可能で、読まない本がたまっていきます。
続いて、第3章1(2)「成熟社会の生き方は」に取り組んでいます。素材を並べ、文章にし、どのように並び替えるのがよいか。当初考えた組み立てを、大幅に入れ替えたり。いつものように、苦心しています。
拙稿「住民の暮らしを支える町の機能」が、『自治実務セミナー』5月号に載りました。1月11日に、かながわ政策法務研究会で話した内容です。
自治実務セミナーは、自治体職員には広く読まれている雑誌です。私も若いころは、読んでいました。多くの職員の目に触れると、うれしいですね。
連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第42回「日本は大転換期―経済発展で「一億総中流」の社会に」が、発行されました。
前回に引き続き、昭和後期の社会の変化を、私の体験を元にお話ししています。村の暮らしが、豊かになる前と後でどう変わったかです。この60年間の変化は、私にとっては、ついこの間のことなのですが、若い人にとっては半世紀も前のことです。えらい昔のことだと、思われるでしょうね。
統計数字に続いて、私の体験を書いたのは、その時代を生きた者の「実感」を伝えたかったからです。豊かで便利になっていく実感、さらに豊かで便利になるであろうという期待です。それは、豊かさを実現した社会では、感じることのできない感覚です。そしてこれは、統計では表すことはできません。
私たちより年上、さらに私たちより少し下の世代の人までは、この実感を覚えています。そして、日本が元気で輝いていた時代を。そこからの転換、考え方の転換が遅れているというのが、次の話になります。
連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第41回「日本は大転換期―経済成長が変えた暮らしと地域」が、発行されました。
前回、戦後日本の経済成長を、4期に分けて示しました。そして、経済成長が暮らしと地域を変えた象徴して、農村の変化を示しました。今回は、その変化がもたらした、社会の変化を上げました。
昭和25年(1950年)に49%だった第1次産業従事者は、1970年には19%に、そして最近では4%にまで減りました。第2次産業が25%、第3次産業が71%です。1950年に、自営業主は26%、家族従業者は35%、雇用者は39%でした。現在では、自営業主は9%、家族従業者は3%で、88%が雇用者です。農家や自宅で商売をしていた人が、勤め人になったのです。
あわせて、地域の変化を見るために、富山県の、1950年、1990年、2017年の数値を並べました。これは、『新地方自治入門』以来、使っている表です。富山県は人口が大きく変わっていないので、他の数値の比較が簡単なのです。地域の変化が歴然としています。
今回は、県庁統計調査課の村山麻美課長の協力を得ました。ありがとうございます。
そして、私の体験を述べました。1955年の明日香村(当時は高市村)生まれが経験した、高度成長前の暮らしと、その後の変化です。若い人は「へえ~」と思うかもしれません。私にとってはあっという間の65年でしたが、「えらい昔の話だなあ」と思われるでしょうね。
18日土曜夜の「ブラタモリ」は、飛鳥(明日香村)です。あの石舞台の隣に、小学校がありました。