カテゴリーアーカイブ:社会の見方

尾身茂さん、専門家と政府

2025年4月2日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」、尾身茂さんの第25回(3月26日)「東京五輪」から。
・・・感染対策と社会経済のバランスをどううまくとるか。政府と専門家の考えは度々、微妙に違った。特に感染状況が厳しくなると、その差は明らかになり、マスコミでも大きく取り上げられた。代表的なのが「Go To キャンぺーン」と東京五輪だ。
政府は、コロナにより打撃を受けた観光関連産業などを支援するため、2020年7月ごろ、東京などで感染拡大が起きていたにもかかわらず、「Go To」の開始を検討していた。
7月16日、感染症対策分科会が開かれた。当初、「Go To」が議論されるはずだったのだが、会議開始直前、報道を通じて22日から「Go To」が始まるとの決定を知らされた。
「分科会は何のためにあるのか、ただ政府の決定事項を追認するためだけなのか」。私を含め専門家は大いに不満だったが、22日開始を覆すことなどできなかった。

11月に入ると再び感染が急拡大し、医療の逼迫の懸念が高まってきた。20日には、こうした地域を対象として「Go To」を中止するよう政府に求めた。
もちろん中止によってダメージを受ける事業者には財政支援も同時に検討するよう提言には付け加えたが、残念ながら政府はすぐには動かなかった。
12月になると再び緊急事態宣言を発出せざるを得ないほど状況は悪化してきた。14日、菅義偉首相は全国一律で「Go To」休止を宣言した・・・

・・・1年延期になった東京五輪への対応はさらに厳しいものだった。
当初、世界最大のスポーツイベントについて発言するつもりはなかった。実際、21年3月、国会に呼ばれ野党の議員から「(感染状況が)どの程度になればオリンピックは開催可能か」と質問され「開催について判断、決断する立場にない」と答えていた。専門家として矩(のり)を踰(こ)えるべきではないと思っていた。
しかし開催まで2カ月を切った6月に入ると、そうした姿勢を転換せざるを得なくなった。7月の4連休、夏休み、お盆が重なり、その上、感染力の強いデルタ株の出現を考えると、開催の前後には緊急事態宣言を出さざるを得なくなると判断したからだ・・・

・・・私たちは毎夕、都内の大学の会議室に集まり、どこまで踏み込むのか、どのようなデータを出すか、どんな言葉を使うか、など深夜まで議論を重ねた。
我々の責任だということは頭ではわかっていた。しかし、導き出す結論に対する国内外からの反応も予測できた。私自身、最後まで迷う気持ちがどこかにあった。
その時、メンバーの一人からメールが届いた。「ここで(五輪に対する見解を)出さないなら、みな委員を辞めたほうがいい」。この言葉で私は覚悟を決めた。
6月18日、専門家有志26人により「無観客五輪」を提案した。何度か「ルビコン川」を渡った。振り返れば東京五輪開催を巡って渡った川が最も深く、激流だった・・・

尾身茂さん、動かない中国政府

2025年4月1日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」、尾身茂さんの第20回(3月21日)「SARS」から。
・・・21世紀に入って最初に世界を揺るがした新興感染症が、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)である。日本は大流行を免れたが、世界をみれば、30もの国や地域で半年間に8000人を超える症例と800人近い死亡例が報告された。

事の始まりは03年2月初旬に遡る。中国広東省地域で致死率の高い原因不明の呼吸器感染症が流行しているとの情報が、複数の非公式な経路から世界保健機関(WHO)西太平洋事務局にもたらされた。100人以上が死亡した可能性があるという。
早速、中国政府に照会した。これまでなかったタイプの肺炎が流行している点は認めたが、患者数や死者数、状況認識において、われわれが得た情報とは食い違っていた。
「WHOの専門チームを広東省、香港に派遣したい」「広東省における疫学情報などをオープンにしてほしい」。2月20日に地域事務局長の私の名前で中国政府に正式な文書を送った。
その後、WHOの担当官を北京に派遣、2週間かけて当局との交渉にあたらせた。しかし有益な情報を得ることはできず、専門チームの広東省への受け入れも認められなかった。
後日振り返れば、SARSウイルスが広東省から香港に伝播したのが2月21日。その後、香港からハノイ、シンガポールなどへと世界各地に広がった。
最初に照会した段階で中国政府がきちんと情報を提供してくれていれば、その後の展開は違ったものになっていただろう・・・

・・・カナダのトロントにおいて香港旅行から帰国した2人の感染を確認。その後、治療にあたった病院で感染が広がったことで、一気に緊張が高まった。グローバル化時代には、航空機を介し感染はあっという間に世界中に伝播する。
何とか事態を打開しなければならない。
3月20日、私は香港に飛び中国の張文康衛生相(日本の厚生相にあたる)に直談判することにした。面会は彼の泊まるホテルで通訳を含めた3人だけで行った。

江沢民元国家主席の主治医という異色の経歴をもつ張氏とは旧知の間柄だった。私は「詳細な情報の迅速かつ定期的な提供と、WHO調査団の受け入れを中国が合意してくれないと、さらに多くの命が失われる。その上、国際社会の中国への信頼も損なわれるだろう」と、強い口調で述べた。
誠実な張氏は時折、困った顔をしながらじっと聞き入ってくれた。しばらく間を置いて、静かにこう口にした。「医師として尾身さんの言うことは100%理解できる」
しかし、明確な約束は得られなかった。何かとてつもなく大きなものを背負わされているように見えた。
感染症対策は時にその国の政治という壁にぶつかる。そのたびに張氏の苦渋に満ちた表情を思い出す・・・

『日本漢字全史』

2025年3月31日   岡本全勝

沖森卓也著『日本漢字全史』(2024年、ちくま新書)を読みました。
宣伝には、次のようにあります。
「古代における漢字の受容、漢文・漢語の定着と万葉仮名の展開、中世の漢字・漢文の和化、和漢混淆文と字音の独自変化、江戸時代の漢学・漢字文化の隆盛、そして近代以降の漢字簡素化・字形整理」

すぐに読めると思ったのですが、内容の濃いもので、時間がかかりました。関心ある方には、お勧めです。
ところで、室町時代や江戸時代に、庶民はどの程度、漢字を読めたのでしょうか。

中国では、漢字については、このような内容の歴史は書けないでしょうね。音韻の変化はありますが。日本のように、全く違う言語(日本語)に受容して、それを飼い慣らした歴史はないからです。
漢字を音読みして事物を示すこととともに、訓読みして日本語に漢字を当てるということをしました。偉大な発明です。もっとも、それで漢字の書き方だけでなく、音読み、訓読みを覚えなくてはなりません。さらに人名訓もあります。「頼朝」と書いて「よりとも」と読むのは、音でも訓でもないです。
日本では、漢字を受容したから、ひらがな、カタカナも生まれたのですが。もし、漢字を受け入れていなかったら、何かしら表音文字をつくったのでしょう。
漢字を輸入することは、文字だけでなく、思想や制度を輸入することでした。その点では、効率的な方法を使ったものだと思います。また、慣れているからでしょうが、漢字交じりの文章は、ひらがなだけの文章より、早く読むことができ、意味を理解できます。

ところで、日本における漢字の将来は、どのようなものになるのでしょうか。
日本は、千年以上続いた中国と漢文の受容から、欧米と英語の受容に切り替え中です。
私は、いずれ英語が共通語(日本だけでなく世界で)になり、日本語が古語になるのではないかと想像しているのです。楽しくない予測ですが。

ひったくりが20年で99%減

2025年3月30日   岡本全勝

3月22日の日経新聞別刷りに「ひったくりが20年で99%減 「コスパの悪い」犯罪に?」が載っていました。びっくりですね。詳しくは、記事を読んでいただくとして。

・・・ひったくり被害は日常的に起こっていると思われがちだが、実は激減している。2024年版警察白書によると、約20年前には全国で5万件以上発生していたが、近年は500件程度で、なんと99%近く減少した・・・

原因として、次のようなことが挙げられています。
・防犯パトロールによる登下校の子どもたちを見守る活動が広がり、監視が増えた。
・防犯カメラの普及で、ひったくりが割に合わなくなった。
・不良少年集団の衰退。ひったくりの7割を占めていた14~19歳が、4割まで低下。スマホの普及で、集まって一緒に行動することが減った。

飲料自販機と回収箱

2025年3月29日   岡本全勝

孫と散歩中に、ジュースを飲むことがあります。自動販売機は便利です。ところが、横に、空き缶・空き瓶回収箱がついてない場合があります。さて、飲み終えた空き瓶はどうするか。

コンビニのゴミ箱や回収箱も、問題があります。あっても、多くはお店の中にあります。家庭ゴミを持ち込まさないためだそうです。しかし、ジュースを店内で飲むことはありません。それをやっている人は見かけませんよね。コンビニは狭くて、ゆっくり飲める空間もありません。ほとんどの人は、店の外で飲むでしょう。では、この空き瓶はどこに捨てるか。

私はリュックサックを背負っているので、入れて持ち帰ります。しかし、鞄などを持っていない人は、どこかに捨てるのでしょうね。
売るだけ売って、空き缶は他の人や事業者に回収させるのでしょうか。「外部不経済