カテゴリーアーカイブ:社会の見方

トッド氏「対露敗北なら「米帝国」崩壊」

2025年6月13日   岡本全勝

5月25日の読売新聞「あすへの考」、エマニュエル・トッドさんの「対露敗北なら「米帝国」崩壊」から(「あすへの考」は、先日に私も載せてもらった言論欄です。すごい欄に載せてもらったのですね。同列に論じたら失礼ですか) 。

・・・まず2期目のトランプ米大統領の政治の暴力性に驚きました。ロシアの2022年2月の侵略で始まったウクライナ戦争をめぐってはバイデン前政権の対露対決から、当事者のウクライナ、同盟相手の欧州をないがしろにして、親露和平路線へと一変した。高関税措置は、中国に手厳しいのはまだ理解できるとしても、欧州に敵対的であり、枢要な同盟国の日本さえも標的にした荒々しさです。欧州と日本を従属国として扱っているかのように見えました。

トランプ現象とは何か。それを考えるために、第2次大戦後の米国主導の国際秩序を「米帝国」と捉え直してみました。米国は「帝国」の中心ですが、全体ではない。英国と英語圏諸国、米国に解放されたフランスを含む西欧諸国、米国に占領された日独両国などが「帝国」の主要構成国です。米国の軍事力が安全保障の要となっている領域ともいえます。
「帝国」はウクライナ戦争までは安定していた。米国は情報通信技術と金融資本主義で世界を支配し、モノの生産はもはや副次的で、中国や日本やドイツ任せでも構わない、というのが西洋の大方の意見でした。「帝国」は自らの国内総生産(GDP)の3%でしかないロシアに対決する決断をして経済制裁を科す。ウクライナには武器を供与し、軍事情報を提供して全面的に支援しました。

だがロシアは持ちこたえた。米国防総省が作戦計画に関わったとされる23年夏の「反転攻勢」もしのいだ。以後、戦況はロシア優位に転じ、ウクライナの敗北、つまり「帝国」の敗色が濃厚になる。経済制裁は奏功せず、「帝国」には戦争継続に不可欠の砲弾を調達する方策もないことが露呈した。戦争に深く関わった米国は敗北を感知できたのです。
ロシアを打ち破れないということは、「帝国」を揺るがす衝撃的事態です。1989年に東西冷戦に敗れたソ連の衝撃に比較できる。トランプ氏の再選は戦争の劣勢が潜在的要因です。優勢であれば、バイデン氏の後継者の民主党候補カマラ・ハリス氏が勝利したはずです。

トランプ現象は、トランプ氏の支持基盤が大衆であり、その為政が既成秩序を不安定化している点で「革命」といえます。私は1917年のロシア革命を想起します。第1次大戦の対独戦の劣勢が引き金でした。ロシアはその後、戦争継続を主張するメンシェビキと革命遂行に固執するボリシェビキが対立し、後者が権力を握り、対独戦を放棄します。トランプ氏が革命に専念するのか、対露戦を継続するのか、予断を許しません・・・

経済対策6割が否定的

2025年6月12日   岡本全勝

5月23日の日経新聞に、「消費税減税は「不適切」85%、インフレ止められず 経済学者調査」が載っていました。
・・・日本経済新聞社と日本経済研究センターは経済学者を対象とした「エコノミクスパネル」の第5回調査で、一時的な消費税減税の是非について聞いた。財政状況が悪化することなどを理由に減税が「適切でない」と答えた割合は85%となった。一時的な減税が恒久化する懸念や、物価高対策としての有効性を疑問視する意見も目立った・・・

・・・夏の参院選を見据え、与野党が経済対策を競っている。物価高や米国の高関税を受け、野党は期限つきの消費税減税を訴えている。与党も減税や給付を盛り込んだ経済対策を検討している。
一時的な消費税減税に踏み切るのは適切なのか。5月16〜20日に経済学者47人に尋ねたところ、「全くそう思わない」(28%)「そう思わない」(57%)の割合が計85%だった。
経済学者の多くは短期的な景気の底上げより長期的な財政規律を重視する立場だ。プリンストン大の清滝信宏教授(マクロ経済学)は「消費税を減税すると、元の水準に戻すのが難しくなり財政再建が遠のく」と述べた・・・

・・・調査では、そもそも現在の日本経済が巨額の減税や給付を必要としているかも聞いた。「減税や財政出動などの経済対策を行うのは適切か」との問いには、「そう思わない」(55%)「全くそう思わない」(6%)との回答が計61%に達した。
2025年1〜3月期の実質国内総生産(GDP)は1年ぶりのマイナス成長となった。物価上昇率は日銀が目標とする2%を上回る状況が続き、物価高対策として与野党は減税や給付の必要性を訴えている。
多くの経済学者が経済対策に否定的なのはなぜか。まず目立ったのは、減税や財政出動がむしろインフレを助長してしまうとの意見だ。明治学院大の岡崎哲二教授(日本経済史)は「財政出動はインフレを加速させる懸念がある」と答え、東京大の岩本康志教授(公共経済学)も「さらに需要を追加する政策は物価の問題をより悪化させる」との見方を示した・・・」
・・・広範囲に巨額の経済対策を実施する効果を疑問視する学者も多かった。政策研究大学院大の北尾早霧教授(マクロ経済学)は「支援を必要としない高所得層を含めた全国民に減税する必要はない」と断言。慶応大の井深陽子教授(医療経済学)は「減税や給付が時限的なら、将来への備えとして貯蓄に回る可能性が高い」として、消費喚起の効果に疑念を呈した・・・

私は、日本に必要なのは景気対策ではなく、産業政策だと思うのですが。

過労死、東アジアで深刻

2025年6月10日   岡本全勝

5月25日の朝日新聞に、脇田滋・龍谷大名誉教授の「過労死、なぜ東アジアで深刻?」が載っていました。

・・・長時間労働や職場のストレスから命を落としたと認定されるケースが後を絶ちません。日本で長く問題になっている「過労死」は、英語の辞書でも「karoshi」と紹介されています。ただ、働き過ぎによる健康被害は日本だけの問題ではないようです。世界の労働問題に詳しい龍谷大の脇田滋名誉教授に聞きました。

――過労死はいつごろから問題となってきたのですか。
バブル経済へと向かう1970~80年代です。労災問題に取り組む医師たちが「過労死」と名付けたのが始まりです。
危機感をもった弁護士たちが連絡会を結成し、88年には全国初の「過労死110番」が実施され、海外でも「karoshi」と報道されました。

――過労死は日本だけの問題なのでしょうか。
そうではありません。世界保健機関などの調査によると、16年に長時間労働で死亡したとされる人は74万5千人に上り、00年から29%増加しました。韓国や中国といった東アジアではいずれも深刻で、儒教的な価値観も影響しているのではないかと考えます。

――どういうことでしょう。
勤勉さや組織への従順さが美徳とされ、厳しい競争社会であることが、長時間労働を助長する土壌になっています。
イタリアでは「有給休暇を放棄してはならない」と憲法に明記されています。ヨーロッパではバカンスを取るために働くという発想が強く、過労死を理解してもらうのに苦労しました・・・

人手不足で、好循環になるか

2025年6月9日   岡本全勝

5月22日の朝日新聞に「人手不足で「好循環」? 物価上昇へ日銀強気、生活には「不便増す」」が載っていました。

・・・人手不足の度合いが強まっている。企業は働き手を確保するために賃上げし、原資として商品やサービス価格の引き上げに動いている。日本銀行は、この流れが進めば賃金と物価がともに上がる「好循環」につながるとみるが、現場からは悲鳴も上がる。人手不足は何をもたらすのか・・・
・・・物価高と人手不足が進む中、賃上げの流れが続いている。労働組合の中央組織・連合によると、春闘の平均賃上げ率は2年連続で5%を超えた。課題である地方や中小企業への波及についても、日銀は4月時点で「幅広い業種・規模で、人材確保の観点から高水準の賃上げが期待できる情勢にある」とした。

上げの広がりが商品・サービスへの価格転嫁(値上げ)につながり、それがまた次の賃上げに――。物価上昇率2%を目指す日銀は、こんな「好循環」を思い描く・・・
・・・日銀が「強気」に出る一因が人手不足だ。人口が減り続ける日本で、構造的な人手不足が一変するとは考えにくい。それが賃上げと物価上昇を下支えするとの見方だ。今月1日に公表したリポートでは、トランプ関税でいったん景気は減速するとした。その上で「人手不足感が強まるもとで名目賃金は再度伸び率を高め、個人消費は緩やかに増加していく」と見通した。

一方で、人手不足は様々な現場に重くのしかかる。
大阪市の三和建設は昨年末、首都圏で物流倉庫を建てる注文を断った。現場監督や設計士らが足りないからだ。森本尚孝(ひさのり)社長は「供給が限られる中で、(単価の高い)勝ち筋の受注を選んでいる」と話す。
ホテル業界では、訪日外国人客が増える一方で、人手不足で客室を全て稼働できない例も出ている。東京や大阪などのホテルに投資する不動産ファンドの幹部は「コロナ禍以降、稼働率を1割落とし、客室の単価を上げることが当たり前になった」と語る・・・
・・・ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏は、人手不足でホテルやタクシーの供給が減って予約が取りにくくなるなど、「生活の不便さが増している」と指摘する。賃金が物価を上回るには、「企業が生産性を向上させ、高い賃上げを実現することが重要だ」と話す。

ある日銀関係者は、人手不足を契機にした賃金上昇について、経済を成長軌道に乗せる「起点になる」と位置づける。
日銀の内田真一副総裁は3月の講演で「現状程度の(低い)成長率で激しい人手不足が起こり、物価や賃金が上がってきているということは、わが国の経済の実力がそれよりも低いことを意味する」と分析。成長率を高めるために企業が事業規模の集約などを進め、経済の実力そのものを高める必要があるとの考えを示した・・・

財務省前デモ

2025年6月8日   岡本全勝

5月20日の朝日新聞オピニオン欄「財務省デモの渦で」、伊藤昌亮・成蹊大学教授の「減税叫ぶ、今苦しい人見て」から。

・・・財務省前で起きているものは、近年の日本でほぼ例のなかった「経済デモ」です。参加者は貧困層というより、自営業者や中小企業従業員など、普通に仕事をしながら生活不安を抱える人々で、支持政党はバラバラ。既存の政治デモの文脈では捉えきれない、苦境にある中間層の不満のマグマが噴出した運動として、重視する必要があります。

彼らの主な訴えは減税。再分配の縮小や歳出削減、構造改革を求めるネオリベラリズム(新自由主義)的主張に見えますが、片や積極財政も強く訴えています。「外国人に税金を使うな」という福祉排外主義の主張も。これはむしろ「大きな政府」型イデオロギーです。つまり社会保障を充実して「自分たちを守って」と望んでいるわけで、「自力で稼いで生きろ」という自己責任社会を支持するネオリベとは正反対です。このことは、堀江貴文氏や西村博之氏がデモを批判している点からも明らかです・・・

・・・デモでは、自国通貨建て政府債務の不履行は生じないと説くMMT(現代貨幣理論)も叫ばれています。反論は可能ですが、今現在が苦しい人にとって、将来の財政破綻の可能性を諭されても響かないでしょう。
「財務省解体」というスローガンに対しても、批判する側は「実は財務省に権力などない」とか「解体しても歳出入をつかさどる別の機関ができるだけ」などと論証しようとします。でもそんなことは、デモ参加者のリアリティーにとって何の関係もない。彼らだって、本気で財務省が消えればよいと思っているわけじゃない。「財務省」はあくまでシンボル。メディアも含めてキャッチフレーズに過剰反応しすぎです。
デモでの主張には荒唐無稽な陰謀論や矛盾が含まれています。でもシンボリックな言葉だけ見て「アホらしい主張」「トンデモ」と頭ごなしに切り捨ててしまっては、この現象の背後にあるものを見誤ることになります。問題は、私たち社会の側が彼らのリアリティーにどう対峙するかです。表面的な減税論合戦に終わらず、訴えの根底にあるものをすくい取れるかどうか……・・・