11月15日の朝日新聞国際欄「旧来メディア 問われる役割」から。
・・・トランプ大統領という「怪物」を生みだしたのはメディアだった。過激な発言をひっきりなしに取り上げたあげく、その本人に「最も腐敗した既得権層」と敵視され、切り捨てられた・・・という書き出しで、次のようなことが書かれています。
過激な発言を繰り返す実業家は、昨年6月の立候補表明直後から、高い視聴率を稼げる「キラーコンテンツ」になった。今回の選挙で、トランプ氏がメディアを通じて得られた宣伝効果は50億ドルに相当するという試算もある。特にケーブルテレビのCNNは、トランプ氏の会見や集会の中継を続けた。CNNのテレビとデジタルをあわせた広告収入は通常の選挙の年よりも1億ドル増える見通しという。
・・・ワシントン・ポスト紙のメディア担当、マーガレット・サリバン氏は10月のコラムで、(CNNの社長)ザッカー氏についてトランプ氏を躍進させた1人だと指摘。「テレビ局の幹部が視聴率と利益を目指すのは当然だ。しかし、ジャーナリズムは違うのではないか」と批判した。ザッカー氏も10月の講演で「トランプ氏の集会をそのまま放送したのは間違いだったかもしれない」と認めた・・・
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近代世界システムの危機、ウォーラーステイン教授
11月11日の朝日新聞オピニオン欄は、世界システム論で有名なイマニュエル・ウォーラーステイン氏の「トランプ大統領と世界 覇権衰えた米国、衝撃は国内どまり。構造的危機の時代」でした。
アメリカ大統領選挙結果について
・・・個人的には、結果を聞いて驚き、失望しました。一方で、分析的な視点に立つと、この選挙の影響については一言で表現できます。米国内には大きなインパクトがありますが、世界にはほとんどないでしょう・・・
・・・しかし、世界に目を向けると、トランプ大統領の誕生は決して大きな意味を持ちません。米国のヘゲモニー(覇権)の衰退自体は50年前から進んできた現象ですから、決して新しい出来事ではない。米国が思いのままに世界を動かせたのは、1945年からせいぜい1970年ぐらいまでの間に過ぎず、その頃のような力を簡単に取り戻すことはできません・・・
「グローバル化の影響が出ているのではないですか」との問に。
・・・私はグローバリゼーションという言葉に懐疑的です。物と人と資本がより簡単に行き来するために障壁をなくす、という状態を指しているのであれば、それは500年前から続いてきたことです。流れによって利益を得る時は皆が開放的になりますが、下向きになると保護主義的になるという循環が繰り返されてきました。最近は、この上向きのサイクルのことをグローバリゼーションと呼んでいますが、すでにスローガンとしての価値はなくなりつつある・・・現在の近代世界システムは構造的な危機にあります。はっきりしていることは、現行のシステムを今後も長期にわたって続けることはできず、全く新しいシステムに向かう分岐点に私たちはいる、ということです・・・
・・・新しいシステムがどんなものになるか、私たちは知るすべを持ちません。国家と国家間関係からなる現在のような姿になるかどうかすら、分からない。現在の近代世界システムが生まれる以前には、そんなものは存在していなかったのですから。
その当時もやはり、15世紀半ばから17世紀半ばまで、約200年間にわたるシステムの構造的危機の時代がありました。結局、資本主義経済からなる現在の世界システムが作り出されましたが、当時の人がテーブルを囲んで話し合ったとして、1900年代の世界を予測することができたでしょうか。それと同じで、西暦2150年の世界を現在、予想することはできません。搾取がはびこる階層社会的な負の資本主義にもなり得るし、過去に存在しなかったような平等で民主主義的な世界システムができる可能性もある・・・原文をお読みください。
御厨先生、日本近代史学の批判
御厨貴先生の『戦前史のダイナミズム』(2016年、左右社)は、放送大学教材を再録したものです。
冒頭の、近代日本史の論争についての説明と評価が、勉強になります。
・・・というのも、高度成長の果実が実り出した1960年代以来、学者の領域と小説家・ノンフィクション作家の領域とに、暗黙のうちに二分されていた歴史の世界の境界が、これら新規参入者たちの活動によって、曖昧になり、その再編の可能性が生じているからです。
一般読者に読まれることのない学者の著作と、学者が読まぬふりをする作家の物語というすみわけ。こんな不毛な事態が続いたのは、やはり学者の側の責任が大きい。知る人ぞ知る存在たるべしという権威主義と、学会内の世界がこの世のすべてと思い込む夜郎自大性とが相まって、一方で空虚な理論研究に、他方でマニアックな実証研究に自らを封じ込めていったからです・・・(p4~)
・・・学者の著作が読んで面白くないと評された60年代以来、学者はかえって専門の世界に閉じこもってしまった。そこでは近代史全体を見渡すことなく、小さな歴史事象一つひとつの「証明」に追われています。
時に空虚なイデオロギーと小さな事柄の「解釈」をドッキングさせての検証、まずはご苦労さま。時に歴史観まったくなきままの、事実の「証明」を終えて業績がまた一つ。しかも「証明」と「解釈」をきちんと読むためには、ルーペが必要とされるではないか・・・(p8~)
(2016年11月5日)
反グローバル化、経済による説明、2
白石隆・政策研究大学院大学長の「反グローバル、経済低迷で欧米内向き」の続きです。他方でアジアの数字は、次のようになっています。
1995年の1人あたりGDPを100とすると、2005年は、
中国223、ベトナム174、韓国154、シンガポール138、マレーシア、フィリピン、タイ120台、アジア経済危機で大打撃を受けたインドネシアでも115です。
2005年を100として2015年までの伸びを見ると、
中国236、ベトナム163、インドネシア152、フィリピン141、韓国、マレーシア、シンガポール、タイ130台です。
・・・つまり、東アジアの国々では1995~2005年の10年間より、2005年~2015年の10年間の方が1人あたりGDPが伸びた。アジアで反グローバル化の動きがほとんど見られないのもうなづける・・・
詳しくは原文をお読みください。(2016年11月3日)
反グローバル化、経済による説明
10月30日読売新聞「地球を読む」は、白石隆・政策研究大学院大学長の「反グローバル、経済低迷で欧米内向き」でした。
欧米で反グローバル化の動きが強いのに対し、アジアではほとんど見られないことに関して。
・・・これを考える上で参考になるのは、各国の経済成長の動向だ。1995年の各国通貨建て実質の1人あたり国内総生産(GDP)を100として試算すると、10年後の2005年には英国とスペインは130に伸びた。米国とオランダは120台半ばで、フランス、イタリア、ドイツは110台半ばだった。
日本の伸びは先進国中で最低の109だった。かつて、「我々は日本とは違う」と言わんばかりに欧米で「日本病」が語られていた背景には、欧米諸国の所得の顕著な伸びと日本のもたつきがあったと言える。
しかし、これは次の10年間に様変わりした。2005年の1人あたりGDPを100とすると、2015年には米国とオランダは106、英国が105、フランスは103、スペインとイタリアは100以下にとどまり、ドイツだけが突出して良い116だった。ちなみに日本は106。何のことはない。欧米の多くの国々も、日本と同じかそれ以下の伸びだったである。
ただ、近年の国民所得の伸びを比較する場合、日本と欧米で一つの重要な違いがある。日本の1人あたりGDPは1990年初頭からすでに20年以上にわたって伸び悩み、多くの日本人が生活水準の急速な向上を期待しにくい状況が続く。
一方、欧米では冷戦終結から世界金融危機まで好景気が続き、所得も伸びた。このため、欧米の人々は、自分たちの生活はこれからも良くなると思っていたが、その期待が裏切られた・・・
この項続く。(2016年11月2日)