カテゴリーアーカイブ:社会の見方

自衛隊の働き方改革、やればできる

2017年4月27日   岡本全勝

今日紹介するのは、4月21日の日経新聞夕刊の「働き方改革 自衛隊も」です。
・・・いまは政府も民間企業も働き方改革が花盛り。少子化で人手不足に悩む自衛隊もそこは同じだ。女性が生き生きと働き、子育てもできる――そんな職場づくりに取り組んでいる。自衛隊は総勢23万人弱と、トヨタ自動車の単体ベースの従業員の約3倍に達する巨大組織。陸海空の現場でどんな改革をしているのか・・・

自衛隊といえば、屈強な男の職場を思い浮かべます。家庭に妻と子どもを残してと。ところが、女性自衛官も増えて、女性や母親も働ける職場に変わりつつあるのです。航海に出たら何日も戻らない海上自衛官はどうするのか。職場の工夫をお読みください。

中途採用の増加

2017年4月25日   岡本全勝

4月24日の日経新聞に、「中途採用今年度11.8%増」という記事が載っていました。日本経済新聞社が、主な企業の採用計画をまとめたものです。調査対象は4,700社あまり、回答企業は2,536社です。
それによると、2018年春の採用計画は、大卒が11万4千人、高卒などをあわせて16万4千人です。それに対し、中途採用は4万人あまりです。単純に比較すると、新規学卒採用4に対し、中途採用が1の割合になります。
記事では、その原因は人手不足と、先進技術に対応するための即戦力を求めているとのことです。
日本の労働慣行では学卒一括採用が主でしょうが、中途採用が増えると、終身雇用制度が緩くなる=転職がしやすくなるでしょう。その職場に向いていないと感じても、退職すると次の就職先がないので我慢するといった「不幸」が減ると思います。

企業の復興CSR、意識調査

2017年4月22日   岡本全勝

4月20日の河北新報が、「復興CSR89%意欲」を伝えていました。企業の意識調査結果です。
・・・東日本大震災の復興支援で活発に展開されたCSR(企業の社会的責任)活動について、河北新報社は仙台経済同友会(仙台市)と公益社団法人経済同友会(東京)の協力を得て、企業意識調査を実施した。復興支援を実践した企業は全体の9割で、このうち被災地との関係を続けたいとの回答は89.2%に上った。復興支援を自社が取り組む長期的な課題と位置付ける姿勢がうかがえた。
復興支援に関わった企業は仙台82.3%、東京94.9%。被災企業が多い仙台に比べ、震災前からCSRの態勢を整えていた大企業が多い東京が目立った。このうち、現在も支援を継続する企業は72.5%(仙台67.7%、東京76.0%)だった・・・

CSRへの影響は、「被災地との関係強化」「ブランド価値向上」のほか、「従業員の忠誠心・会社への一体感」や「企業理念の再確認」をあげる企業もあります。理念を述べるだけでなく、体を動かすことで社員に浸透すると思います。震災でCSRへの意識が変わったという企業が半数あります。社会との関わりを強められるという企業が多いです。
CSRを推進するために必要なことは、従業員や株主の理解とともに、自治体・NPOとの連携、コーディネーターの存在もあげられています。「解説記事」「解説2」、調査結果と方法は紙面p5に載っています。

企業は近年、CSRに力を入れるようになりました。平時の活動は目立たないのですが、災害支援になると役割が大きくなり、注目されるとともに企業にも効果があるのでしょう。原文をお読みください。

日本の社会システムの改革

2017年4月19日   岡本全勝

4月18日の日経新聞「東電改革、何が必要か」で、冨山和彦さんが、次のように述べておられます。
・・・国鉄の分割・民営化から今年はちょうど30年だ。この30年間は日本の停滞期で、高度経済成長を支えたシステムが次々に耐用期限を迎えてきた。国鉄やNTTの民営化、金融制度改革、そして電力改革と農業改革が恐らく最後の産業社会システムの転換点になる。大手製造業など日本企業が経験してきたことだが、東電の形もこれまでと大きく変わることになるだろう。
6月の株主総会で東電の社外取締役に就く。日本航空の再生にも携わったが、東電との共通点は多い。ともに規制に守られた独占企業で、顧客より監督官庁や政界、経済界の方を向いて仕事をしてきたという点だ。
それが競争を意識しなければならない時代に変わった。かつての東電からすれば、コペルニクス的転回だろう・・・

「この30年間は日本の停滞期で、高度経済成長を支えたシステムが次々に耐用期限を迎えてきた」という見方に同感です。それは、ここに挙げられた企業や経営モデルだけでなく、政治行政を含めた日本社会の転換点でした。
日本の成功の大きな要因は、明治維新以来の西欧をお手本とした追いつけ追い越せ主義、戦後の国内という守られた範囲での競争でした。この国内条件とともに、アジア各国が追いかけてこないという国際条件の下で、経済成長、安定した社会をつくることに成功しました。
しかし、西欧に追いついたとき、国際化の波にのまれたとき、アジアが追いかけてきたときに、これらの条件はなくなったのです。
それに適応するための改革に、時間がかかりました。金融自由化で金融制度改革が必要になりました。独占企業であると思われていた、国鉄、電電公社とともに、電力会社も競争の世界に入ったのです。
また、まだ改革途中のものもあります。その一つが政治と行政であると、私は考えています。

日米経済摩擦の歴史

2017年4月17日   岡本全勝

4月14日の日経新聞の経済教室に、細川昌彦・中部大学特任教授が「日米経済対話の焦点 WTOの補強主眼に」を書いておられます。内容は、記事を読んでいただくとして。「世界の通商システムの変遷」という、日米間協議と多国間協議の年表がついています。
1981年からの日米間の経済摩擦、自動車などの自主規制、半導体協定、構造協議など、若い人は知らないであろう衝突と克服の歴史が載っています。
もっとも、この年表だけでは、経緯や内容、その影響はわからないので、別途その解説が欲しいですね。

この歴史を見ると、製造業の競争力を失うアメリカに対し、日本が安くて優秀な労働力と優れた技術で攻め込む構図でした。しかし今や、日本を追いかけてきたアジア各国がかつての日本の立場にあり、日本は当時のアメリカのように守勢に立っています。
さて、このあと日本の産業は、どのような道を歩むのか。今までの路線は続かないこと、アメリカのまねは難しいことは明白です。第三の道を探さなければなりません。