カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本のポピュリズム

2017年6月30日   岡本全勝

朝日新聞6月20日のオピニオン欄、「「風」の正体」。
橋下徹・前大阪市長の発言から。
・・・「風」を頼りに一定の政治勢力を築いたという自負のある僕だから言い切れますけど有権者の風を的確に捉えることなどできません。追い風と思えば一瞬にして逆風になる。「風の正体」をもっともらしく分析しても無駄ですよ(笑)。
ただ、こんなに難しい民意の風でも、実体験上その姿をおぼろげながら感じたところがあります。
まずは、相手や現状に対して有権者が不満を増幅させているときに、自分の方に支持が来る。政権交代は野党が積極的に評価されるというよりも、与党が不評を買ったときに起きる。そのチャンスを捉えるしかない。時の運です・・・

大嶽秀夫・京都大学名誉教授の発言から。
・・・ 日本のポピュリズムは争点を単純化して、本来は利害調整の場である政治の世界を善と悪の対決の場に仕立てる手法です。都知事の小池さんも都議会自民党を都政改革の抵抗勢力に見立て、都議選に向けて対立候補を擁立しています。まさにポピュリズムと言えます。どっちが勝つかという話だから、観客としてスポーツ選手を応援する感覚にも似ている。何よりも抵抗勢力と闘っている政治家は格好いい、頑張っているというイメージが有権者にはあるんです・・・

原文をお読みください。

戦後はいつ終わるか

2017年6月29日   岡本全勝

朝日新聞6月29日のオピニオン欄は、小熊英二さんの「今なぜ反体制なのか」でした。
・・・日本以外の国では、「戦後」とは、敗戦直後の10年ほどを指す言葉だ。日本でも、敗戦から約10年の1956年に「もはや『戦後』ではない」という言葉が広まった。ところが「戦後×年」といった言葉は、今でも使われている。
それはなぜか。私の持論を述べよう。「戦後×年」とは、「建国×年」の代用なのだ。
現在の国家には、第2次大戦後に建国されたものが多い。中華人民共和国、インド共和国、ドイツ連邦共和国、イタリア共和国などは、大戦後に「建国」された体制だ。これらの国々では、体制変更から数えて「建国×年」を記念する。
日本でも大戦後、「大日本帝国」が滅んで「日本国」が建国されたと言えるほどの体制変更があった。だが、その体制変更から数えて「『日本国』建国×年」と呼ぶことを政府はしなかった。
しかし「建国」に相当するほどの体制変更があったことは疑えない。それなのにその時代区分を表す言葉がない。そのため自然発生的に、「建国×年」に代えて「戦後×年」と言うようになった。だから戦争から何年たっても、「日本国」が続く限り「戦後」と呼ばれるのだ。
では、どうなったら「戦後」が終わるのか。それは「日本国」が終わる時だ・・・

私も、いつになったら、次に何が起こったら「戦後」が終わるか、考えてきました。何をもって、区切りとするかです。「もはや戦後ではない」は、1956年の経済白書で宣言されました。戦争が終わって11年です。
私は、かつて、戦後半世紀の日本の発展を区切る際に、『新地方自治入門』(p125)などでは、3期に分けました。「高度経済成長期」「安定成長期」「バブル崩壊後」です。これは、貝塚啓明先生に助言をもらって、つくりました。参考「経済成長の軌跡」。
ここでは、そもそも出発点を1955年においていました。それまでを「戦後復興期」としました。また、さまざまな統計数値がそろうのが、この頃からなのです。その10年を入れると、4期です。もし2期に分けるなら、高度経済成長期までと、その後で区切るのでしょう。最近では、第4期(実質第5期)として、「復活を遂げつつある現在」をつけています。

これは、経済成長率で区切ったのですが、日本社会を大きく区切る際には、有用だと考えています。しかし、このような区切りでは、「長い戦後」の中、あるいはその延長の中を、区切っているだけです。
小熊さんの指摘は、正しいと思います。ところが、そのような考え方では、政治体制が大きく変わる、日本国憲法が大幅に書き換えられるまで、「戦後」は続きます。

小熊さんの原文は、この後に戦後日本の体制をめぐる対立について論じておられます。そちらも重要な指摘、というか、それがこの文章の主旨なのです。原文をお読みください。

江藤淳著『アメリカと私』

2017年6月25日   岡本全勝

6月17日の朝日新聞オピニオン欄に、山脇岳志アメリカ総局長が「「アメリカと私」そして日本」を書いておられました。山脇さんは、近く4年余りの任期を終え、東京に帰任されるとのこと。前回の勤務とあわせると、アメリカ生活は7年半になるそうです。
・・・江藤氏が、大学での研究生活の苦悩や喜びを描いた「アメリカと私」(文春文庫)は、今読んでも興味深い。
冒頭は、日本から米国に帰国したばかりの米国人の友人が、江藤氏に漏らした言葉の回想から始まる。
「外国暮しの『安全圏』も一年までだね。一年だとすぐもとの生活に戻れるが、二年いると自分のなかのなにかが確実に変ってしまう」
2年の米国暮らしを終えた江藤氏は、自分の内面も変わったと感じる。「どんな親しい友人ともわかち持てない一部分が、自分のなかに出来てしまったような感覚である」と記す・・・

この記事に触発されて、江藤淳著『アメリカと私』(私が読んだのは、1972年、講談社文庫)を読みました。
若き評論家として名をあげた江藤さんは、1962年、29歳の時に、ロックフェラー財団の研究員となり、1年間プリンストン大学に留学します。そして引き続き、もう1年、教員として講義をもちます。その際に感じたこと、考えたことを綴ったのが、この本です。アメリカに住み、彼我の違いとともに、移民国家アメリカの秘密を体験されます。
なるほどと思うところが、たくさんあります。もっとも、「ここまで深く深刻に考えなければならないのか」と思うこともありますが。1962年は昭和37年で、戦争が終わってまだ17年、東京オリンピックの2年前です。敗戦国と戦勝国、圧倒的経済力の差があった当時では、そう考えざるを得なかったのでしょう。

ところで、この本は、1972年発行です。半世紀近く前の本も、インターネットで古本をすぐに探すことができます。便利なものです。

復興と企業CSR

2017年6月20日   岡本全勝

今日は、仙台へ行って、フォーラム「トモノミクスが拓くあした 被災地と歩む企業」で基調講演をしてきました。河北新報本社には、100人もの聴衆が集まってくださいました。
この大震災では、企業とNPOの貢献が目立ちました。企業にとっては「社会的責任」(CSR)の発揮の場でした。この言葉は、阪神淡路大震災の当時は、まだ人口に膾炙していませんでした。NPOについては、ボランティア元年と言われましたが、今回は組織ボランティアであるNPOの活躍が理解されました。拙著『東日本大震災 復興が日本を変える』では、それを正面から取り上げました。

河北新報は、「トモノミクス」という表題で、この半年間にわたり、企業の社会的貢献を連載してくださいました。その切り口は、これまでにない斬新なものです。しかも、多角的だけでなく、その負の面や限界も取り上げています。これからの、企業の社会的責任を考える際の、一つの道標になるでしょう。

復興に協力いただいた企業へのお礼、この連載をしてくださった河北新報へのお礼を込めて、地域の暮らしとにぎわいのためには、企業が重要な主役であることをお話ししました。
今後、企業の社会責任が国民に広く認識され、企業も積極的に取り組んでくれることを期待しています。行政もまた、企業との協働を工夫しなければなりません。

歴史の見方

2017年6月17日   岡本全勝

J・H・エリオット著『歴史ができるまで』(邦訳2017年、岩波書店)が、勉強になりました。著者はイギリスの歴史家で、スペイン近世史が専門です。17世紀のスペイン帝国の没落を研究してこられたようです。

イギリスの学生であった著者が、スペイン近世を研究始めます。スペイン本国でも、凋落時代のことは、研究が進んでいませんでした。また、フランコ独裁政権時代でもあり、スペインの研究者も取り組まないテーマでした。
探していた資料は燃えてなくなっていたことが分かったり、残った資料を探して苦労を重ねます。みんなが取り組んでいないことに取り組む。
そしてその過程で、勃興してくるフランスとの対比、新大陸を含めた大国間の関係という「視角」を定めます。一国の歴史が、国内だけでなく、関係国との関係の中で位置づけられます。「トランスナショナル・ヒストリー」「比較史」です。

そしてその象徴として、ルイ13世のフランスを支えたリシュリュー枢機卿と、フェリーペ4世のスペインを支えたオリバーレス公伯爵とを対比します。その成果は、『リシュリューとオリバーレス―17世紀ヨーロッパの抗争』(邦訳1988年、岩波書店)です。中古本を見つけて、これも読みました。
二人が、それぞれの主君に信頼を得ることに苦労すること、宮廷内での抗争、足を引っ張る国内情勢・・。双方とも、国力の増進、国王の権力確立を目指し、また隣国との争いやそのための改革に取り組みますが、思うように進みません。外交・戦争が、内政の延長にあることがよくわかります。しかし、いくつかの判断の間違いが、スペインの没落を進めます。
伝記という個人に焦点を当てることが、現代の歴史学では「時代遅れ」とされているようですが、何の何の。経済や社会の分析だけでは、歴史は作られない。指導者の判断や役割も大きな要素になることが分かります。

あわせて、著者の『スペイン帝国の興亡』(邦訳1982年、岩波書店)も中古本で手に入れました。が、これはまさに古本の状態になっていて、読むには時間がかかりそうです。