カテゴリーアーカイブ:社会の見方

長期の景気拡大期、その実相

2017年9月26日   岡本全勝

日本の景気は2012年12月以降、拡大局面が続いています。もう4年半を超えています。しかし、今ひとつ景気が良くなっている実感がわかないようです。
日経新聞経済教室9月19日は、小峰隆夫・大正大学教授が「堅調景気の実相 アベノミクス効果限定的」で、わかりやすい解説をしておられます。これまでの3回の景気拡大期を比較したグラフも、わかりやすいです。詳しくは、原文をお読みいただくとして。

・・・日本の景気は2012年12月以降、拡大局面が続いている。期間は既にバブル期(1986年12月~91年2月までの51カ月)を上回る。今年9月時点でも景気の基調は変わっていないので、景気拡大期間はいざなぎ景気(65年11月~70年7月までの57カ月)を上回り、戦後2番目に長くなっている(最長は02年2月~08年2月までの73カ月)。
政府はアベノミクスの成果として強調したいようだが、話はそれほど簡単ではない。本稿では、今回の長期景気拡大を巡り多くの人が抱く疑問について考える。すなわち(1)長期景気拡大にアベノミクスはどの程度寄与しているのか(2)景気拡大が長い割には実感が得られないのはなぜか(3)この長期拡大はいつまで続くのか――という3つの疑問だ・・・
・・・まず現在進行中の長期景気拡大を一本調子の景気拡大としてとらえるのではなく、3つの期間に分けて考えたほうがいい。12年12月から14年3月までの順調な拡大期(第1期)、14年4月から16年夏ごろまでの足踏みの時期(第2期)、16年夏以降現在に至る景気の再浮揚期(第3期)だ・・・
・・・ 第1に政策との関係では、第1期についてはアベノミクスによる異次元金融緩和、財政出動が景気を好転させた。だが第2期にはその効果は次第に薄れていった。そして第3期の景気拡大は輸出主導型であり、海外経済の安定化に助けられたものだったから、これをアベノミクスの成果と言うのには無理がある。
第2に景気拡大期間が長い割にはその実感が得られない一つの有力な背景は、第2期の準景気後退局面を含んでいるため、経済活動のレベルがそれほど高まっていないことにある。今回のCI上昇幅はバブル期や02年からの景気拡大期の半分から3分の1にすぎない・・・

NHKでは、「回復を実感できない」という声に対して、中間層の年収から分析しています。「いざなぎ超え データで探る中間層の実像」。

建築から見る日本の政治

2017年9月9日   岡本全勝

東大出版会のPR誌『UP』9月号の、隈研吾さん執筆「心と体の建築へ―『もがく建築家、理論を考える』に寄せて」が、勉強になりました。
戦後日本の建築家と建築様式の歴史ですが、私は、政治学として読みました。日本が欧米に追いつくために国家を挙げて取り組んだこと、追いついたこと(バブル崩壊)でその仕組みが限界だと分かったこと、次の仕組みを模索していることです。それが、建築様式・建築家の代替わりとして説明されています。非常にわかりやすい分析です。原文をお読みください。

日本の建築の世界で、隈さんは第4世代の建築家と呼ばれます。第1世代は丹下健三や前川国男らで、東大建築学科の出身です。彼らは戦後建築界を担い、モダニズム建築(コンクリートと鉄でできた工業化社会の建築様式)の第1世代でした。
欧米では、モダニズムの巨匠、コルビュジエ、ライトらは、20世紀の初頭に登場します。国家的正統な建築教育を受けず、19世紀までの建築様式を批判して新しい流れを作ります。それまでの主な発注者が国家だったのに対し、20世紀の工業化の主役である民間向けの建築へと転換するのです。権威主義的で装飾のある建物から、効率優先の建物に変わります。

「一方日本は、欧米が先行した工業化を国家のイニシャティブによって一日も早くキャッチアップしなければならなかった。かくして、東大卒が、その主役を務めるなりゆきとなったのである」。
そして、日本と自民党政権が、国家による公共工事によって、工業化と経済活性化を進めたこと。欧米各国のような、二大政党によるイデオロギー対立(階級対立、大きな政府か小さな政府か)は、日本にはなかったこと。代わりに、地方間の税金の取り合い、公共工事の奪い合いのバトルがあり、その調整作業が自民党政治であったと、指摘します。

本論では、この後、第2世代以降の紹介が続きます。
「この前後日本のOSの恩恵を最も受けたのが」第2世代の建築家、槇文彦、菊竹清訓、磯崎新、黒川紀章でした。この戦後日本のシステムは、バブル経済の崩壊によって、限界を露呈し、それに変わるシステムを模索するのが、第3代4世代の建築家の主課題になりました。一つの回答が、海外に飛び出していくことでした。
しかし、その「日本への無関心、無責任」「日本を捨てて、忘れたフリ」は、3.11の大災害と東京オリンピックで状況が変わります。

「1964年の東京オリンピックが、戦後日本システムを見事にヴィジュアル化して世界に提示したように、2020年のオリンピックは、大災害後、原発後の日本をはっきりと具体的に世界に見せなければならない。それができなければ、もはや建築も、建築家も、世の中から用がないものとして、忘却されるに違いない・・・
・・・それは19世紀から20世紀にかけて、建築が経験した大転換、国家から民間へ、美から効率へという大転換以上の、大きくて根本的な転換を覚悟しろということである」。

建築家の役割を通して提示された、日本社会が直面している大きな課題です。政治家と官僚はその第一の責任者です。原文の「それができなければ、もはや建築家も・・」という指摘は、私たちにこそ当てはまります。

お母さんはマンマ、ではお父さんは

2017年9月8日   岡本全勝

昨日、「イタリアでも引きこもり」の記事で、お母さんを「マンマ」と呼ぶこと、そして、お父さんをどう呼ぶか知らないと書きました。

ある読者から、「それはゴッドファーザーですがな」と、笑える答えをもらいました。この有名な映画も古くなったので、見ていない人は、分からないでしょうね。確かに、イタリア(系移民)の話ですが。

イタリアでも引きこもり

2017年9月7日   岡本全勝

8月31日読売新聞国際面に、「引きこもり増、悩むイタリア」が載っていました。
・・・陽気で楽天的な国民性で知られるイタリアで、「引きこもり」問題への関心が高まりを見せている。自宅から出ず、他人と関わらない若者は「HIKIKOMORI」として認識され始め、対策に日本の知見を期待する声も上がっている・・・
イタリアでは引きこもりの若者が10万人ほどいるとみられています。しかし、認知度が低く、支援団体もなく人知れず悩んでいるとのことです。

イタリアは日本と同様、家族のつながりが強く、その象徴がマンマ(お母さん)だと聞いたことがあります。引きこもりができるのは、家族の支援があるからという面があります。家族の絆の強さ、それへの依存が背景にあるのかもしれません。他の国では、どうなっているのでしょうか。

以下、脱線です。
対になるお父さんは、イタリア語で何というか、知っていますか。私を含め、多くの人が知らないでしょう。家庭は、母で持っているのでしょうね。

幕末の天皇

2017年9月3日   岡本全勝

藤田覚著『幕末の天皇』(2013年、講談社学術文庫)が勉強になりました。近代の天皇制を理解するには必須の本だと、書評で書かれていたので、手に取りました。
江戸時代、それ以前から、天皇・朝廷は権威は持ちつつ、権力は持ちませんでした。そもそも「天皇」という呼び名も、長く途絶えていたのです。権威も、徳川幕府に押さえ込まれた形での権威です。これは、多くの人が知っていることです。
では、どうして突然、幕末に天皇の権威がさらに上昇し、権力を持つにいたったか。そこに、光格天皇と孝明天皇の存在が大きいのです。著者は、冒頭に次のように書いています。
・・・なかでも孝明天皇は、欧米諸国の外圧に直面し国家の岐路に立ったとき、頑固なまでに通商条約に反対し、鎖国攘夷を主張しつづけた。それにより、尊皇攘夷、民族意識の膨大なエネルギーを吸収し、政治的カリスマとなった。もし、江戸幕府が求めたとおりに通商条約の締結を勅許していたならば、その後の日本はかなり異なった道を歩んだのではなかろうか。
たとえば、反幕運動、攘夷運動の高揚による幕府の崩壊とともに、幕府と一体化した天皇・朝廷もともに倒れ、その千数百年の歴史にピリオドを打つという事態も想定される。また、外圧に屈服した幕府・朝廷に対する反幕府反朝廷運動と、攘夷運動の膨大なエネルギーの結集核が不在のため、長期に内戦状態が続き、植民地化の可能性はより高かったのではないか・・・

知らないことが多く、何か所も「そうだったんだ」と驚かされます。また、「歴史のイフ」という視点から、事実を追いかけるだけの歴史学ではない、興味深い分析が書かれています。これだけの内容が、文庫本で読むことができるのです。お勧めです。