カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本語は縦書き

2018年1月22日   岡本全勝

1月18日の朝日新聞文化欄、石川九楊さんの「縦書きを失えば文化の危機」から。
・・・パソコンの普及で憂慮するのは、縦書きが廃れていくことです。縦書きの連続筆記体として誕生した「ひらがな」は本来、一文字ずつ切り離して書くようにはできていません。「あ め が ふ る」と「あめ が ふる」を比べてください。前者が生硬なのは一目瞭然でしょう。
英文の筆記体を縦に書くことができないように、ひらがなや漢字かな交じり文を横に書くことは無理がある。縦書きを失うと、日本人の思考にもぎこちなさが生じます。
文化は言葉や文字と共にあります。漢字を中心とした縦書きの東アジアと横書きの西洋の言葉は根本が違う。日本の近代化の過程で、それらを同じと勘違いしたことが今の文化的危機を招きました。
声の西欧語は音楽を、文学の東アジア語は書を発達させた。書は東アジアの基幹芸術なのです・・・

と、このページでは横書きで引用していますが、原文は縦書きです。
これに関連して、日本語ワープロソフトを思い出しました。私は「一太郎」を使っています。「ワード」より使いやすいのです。ところが、ワードとの競争に負けて、多くの人や職場が「ワード」を使っています。「一太郎」で原稿を送ると、「開けないので、送り直してください」と返事が来ることがあります。
かつて、文筆を生業にしている人の多くが、一太郎を使っていると、聞いたことがあります。日本語を書いていると、一太郎の方が使いやすいのです。その後、なぜなのかを考えていました。結論は、一太郎は縦書き仕様で、ワードは横書き仕様だということです。
例えば、次のページに移る際に、一太郎は画面を右から左へ開いていきます。ワードは、下へ開いていきます。縦書きで、1ページ目の最後の行と、2ページ目の最初の行を見るときに、ワードだと1ページごと画面が移るので、続けて見ることができないのです。
他方、一太郎は、横書きの場合はページを下へと開いてくれるので、続けて見ることができます。
日本の会社が日本語向けに作った一太郎と、アメリカの会社が作ったワードとの違いだと思います。

政治家の顔写真ポスター

2018年1月17日   岡本全勝

1月14日の日経新聞「風見鶏」は中山真・政治部次長の「インスタ政治どこへ行く」でした。原文を読んでいただくとして、興味深かった点を上げておきます。

1 アメリカでは、庭先などに設置される「ヤードサイン」と呼ばれる選挙候補者のポスターは、文字だけで写真はついていないのだそうです。写真よりメッセージやスローガンを重視するとのこと。履歴書にも、写真を貼らないようです。

2 日本の政治家の写真を撮ることが多い写真家のところに、候補者から撮影の依頼が来ます。「どんな政治家になるんですか」 と聞いても答えられない人が多いとのこと。「それではどんな写真にしたいかも決められない」

明治政府の地方発展戦略

2018年1月15日   岡本全勝

1月11日の日経新聞経済教室は、寺西重郎先生の「銀行業の未来 地方や新興企業に重心を」でした。そこに紹介されている、明治政府がとった地方政策が興味深いです。

・・・明治20~30年代に伊藤博文のとった経済発展戦略を手掛かりに考えてみよう。
幕末維新の動乱の後、近代日本の支配者となった藩閥政治家たちが当初とった政策は、殖産興業政策など中央主導の近代化政策の強行であった。しかし明治20年代になって伊藤たちが実権を握ると、政策の大転換が行われた。それまでの中央集権政治では排除していた地方の地主や商工業者を取り込み、農業と在来産業の発展を踏まえた工業化・近代化という新しい政策へ移行したことである。
伊藤とその下の松方正義、井上馨、山県有朋らは議会開設や憲法発布とともに、地方に高等教育機関をふんだんに配備し、地方の在来産業を重視する経済発展に転じた。それは国内では自由民権運動の高揚に押され、国際的には関税自主権のないままに自由貿易体制に組み込まれたという厳しい状況下で、やむを得ずとった政策でもあった。

しかし現在の視点からは、この政策は2つの重要な意味を持つ極めて巧みな戦略であった。第1は、政策課題が山積している状況下で、伊藤たちが中央と地方の発展戦略における役割分担に解決方法を求めたことである。国の近代化のためのリスクを伴い時間を要する近代工業の建設は、中央の政府と財閥が引き受ける。その代わり地方の豪商農には自らの力で在来産業を発展させて、雇用機会を提供し、外貨を獲得するという役割を担わせる戦略である。
第2に、伊藤たちが近代工業の建設にかかる時間を冷静に計算し、長期の時間軸政策を行ったことである。軽工業である繊維工業などは短時間で何とかなるであろう。しかし本当に必要な重化学工業を作り上げるにはかなりの時間がかかる。それまでは在来産業の働きに頼るしかないという読みである・・・

原文をお読みください。
明治政府は、内閣制度、憲法発布、国会開設といった中央政府の構築だけでなく、地方をどのように統治するかも重視していました。憲法より先に地方制度を作ったのです。地方を安定させること、地方政治の闘争を中央政治に持ち込まないことが、必要だったのです。

佐藤隆文さん「建設的あいまいさ」

2018年1月13日   岡本全勝

1月9日の日経新聞「私見卓見」に、佐藤隆文・日本取引所自主規制法人理事長・元金融庁長官が「東芝問題と建設的曖昧さ」を書いておられます。

・・・東芝の審査にあたった自主規制法人にとって最も重要な座標軸は、資本市場の秩序維持と投資家の保護だった。審査では内部管理体制が上場企業として求められる水準に達しているか否かを吟味する。審査ガイドラインで主な着眼点は公表しているが、多くは定性評価であり、単純に白か黒かと結論づけられるような項目はない。企業の実態を総合的に評価する必要があり、単純化できないためだ。
特注銘柄に指定された企業は上場維持・廃止の両方の可能性があり、不確実性の世界に置かれるのは避けられない。この曖昧さは、決して意図的に創出するものではないが、結果的にポジティブな効果も併せ持っている。これが「建設的曖昧さ」と呼ばれるもので、金融庁在職中に担当した銀行監督の世界では標準的な考え方だ。

この概念を特注制度に当てはめてみよう。もし上場維持の予想が市場で支配的になると、対象企業の改善努力は緩み、投資家による監視や規律づけも甘くなる。仮に上場廃止の予想が支配的になると、株価急落やビジネスの縮小、銀行融資の引き揚げなどが起きて、必然性のない経営破綻を招いてしまうかもしれない。むしろ不確実性が企業の努力を促し、投資家にモニタリングを動機づける。予見可能性と不確実性の「平和共存」こそが、株式市場の品質向上につながるのではないか・・・
原文をお読みください。

佐藤さんは、1月6日のリーダーの本棚に「バッハにみる悠久の秩序」も、書いておられます。

ナポレオン時代

2018年1月11日   岡本全勝

アリステア・ホーン著『ナポレオン時代 英雄は何を遺したか』(2017年、中公新書)が面白く、読みやすいです。ナポレオンの伝記ではなく、政治家ナポレオンが何をしたか、当時はどのような時代だったかを整理した本です。

下級貴族に生まれた男が皇帝になり、ヨーロッパを征服する。近代第一の英雄でしょう。しかし、軍人としての才能だけでなく、その後の各国の模範となる民法典など、近代国家の基礎をつくりました。
そもそも、大革命後の混乱、恐怖政治を終結させただけでも、大した力量です。国王を処刑した国民が、10年余りで皇帝をつくるという歴史の迷走もありますが。もっとも、彼を皇帝に押し上げた対外戦争での勝利は、それがないと民衆の支持がないことになり、彼は無謀な戦争を続行します。

ここは、ヒットラーと同じです。歴史上の英雄も、高邁な目標を持って判断と行動するのではなく、その場その場で「よい」と思った判断を積み重ねて、結果を残すのでしょう。後から考えると、「なんで、そんなことするの」と思うようなこともあります。
そして、英雄が一人で判断して歴史をつくるものではありません。たくさんの登場人物の絡み合いの結果でもあります。

本書では、政治や軍事より、建築、様式、文学、社交など、ナポレオン時代のフランス社会・パリが描かれます。お勧めです。
著者はイギリスの作家です。日本人が日本人向けに書く新書も読みやすいですが、翻訳も小著なら、新書が向いているのでしょう。
ジェフリー・エリス著『ナポレオン帝国』(2008年、岩波書店)も、ナポレオン時代を分析した書ですが、そちらの方は、行政組織、経済などより専門的です。