カテゴリーアーカイブ:社会の見方

事実は小説よりも・・・

2018年5月21日   岡本全勝

私は、あまり小説を読みません。もちろん、小説も面白いし、勉強にもなります。しかし、それ以外の分野の本を読むのが、忙しいのです。
もう一つ理由があります。日々の暮らしの方が、小説よりも「面白くスリリング」なのです。毎日仕事をしていると、小説に対して「世の中、そんな甘いものやないで」と言いたくなります。

まず、登場人物の数が違います。小説には、通常は何百人も人が出てきません。出て来たら、ややこしくて、読みにくいです。
それに対し、私もあなたも、毎日大勢の人を相手にしています。しょっちゅう会う人、たまに会う人、初めて会う人。好きな人、波長の合わない人。嫌だけど付き合わなければならない人・・・。

そして、小説は、作者一人の視点で書かれています。推理小説は、途中まで全体構造が分からないように仕組んでありますが。たいがいの小説は、作者が神様のように各登場人物を操って、筋書を進めます。単線的なのです。
しかし、私たちの日常は、そんな簡単なものではありません。それぞれの人が、自らの欲望と判断で「勝手に」行動します。たくさんの人が、ブラウン運動の微粒子のように、不規則に動き回ります。話の筋に影響を与える人と、関係ない人とがいます。でも、後にならないと、それはわからないのです。ある結果は、後から振り返ると、それまでに無駄な動きを、いっぱいしています。

それぞれの登場人物にとって、未来は見えていないのです。どのような人生を送るか、どんな楽しみと苦しみが待ち受けているか、分かりません。小説は、終わったことを一つの視点から書きます。
現実は複雑で、予測できません。そして、時には残念な、悲しい結末もあります。その逆が小説です。だからこそ、小説が読まれるのでしょうね。

単線とブラウン運動については、別途書きましょう。

デマを拡散する人たち

2018年5月16日   岡本全勝

5月10日の朝日新聞オピニオン欄、「揺らぐ言論の土台」。スマイリーキクチさん(お笑いタレント)の「言葉が凶器に、自覚しよう」から。

・・・1999年に突然、ネット掲示板で、僕が女子高生コンクリート詰め殺害事件の犯人だったというデマが広がりました。
犯人と同じ東京都足立区出身で、年が近いだけ。掲示板なんて誰も信じないだろうと思っていましたが、信じた人が「人殺し死ね」などと暴力的な言葉で書き込んでいく。「過去のことは許して下さい」と僕になりすました書き込みもありました。出演番組やCMのスポンサーにまで「殺人犯を出すな」と苦情が入り、仕事が減りました。命の危険を感じ、ストレスで神経性胃炎になりました・・・

・・・男女十数人が脅迫や名誉毀損の容疑で検挙されました。北海道から大分までの17~46歳。高校生、会社経営者、有名大学の職員……。会社の情報管理をする立場の人もいました。全員面識はなく、外見は普通の人でした。ネットに接しただけで、こんなに豹変するのかと怖くなりました。
大半が「正義感からやった」と供述していると警察官から聞きました。しかし、匿名で無関係の人をののしることは正義でしょうか。正義と暴力は紙一重なのに。捜査が進むと、「ネットにだまされた」「離婚してつらかった」など、自分を正当化し始めたそうです。「みんなやっている」とも。言葉が犯罪になるという意識がない。問題の根幹はここにあります・・・

ケインズ予測の的中と外れ2

2018年5月14日   岡本全勝

ケインズ予測の的中と外れ」(5月12日)の続きです。詳しくは原文をお読みいただくとして。私は、ここから次のようなことを考えました。なぜ、ケインズは誤ったか。

1つは、人間の欲望には限りが無いことです。ここには、2つの無限があります。
その1つは、各人の欲望に限りが無いことです。お金はいくらあっても、まだほしい。もっとも、これには限界効用逓減の法則が働き、有り余るほどお金を持つと、うれしさもしぼんでくるでしょう。
ところが、人の欲望をさらにかき立てるものがあります。それは、新しい欲望の対象が生まれることです。科学技術の進歩によって、新しいモノやサービスが生まれます。新しい車、新しいスマホです。また、機能はさほど変わらないとしても、他人が持っているものより「よりよいもの」が生み出されます。こうして、欲望を刺激し、新しいものがほしくなります。

2つめは、人は他人との差を求めることです。
平等は社会の目標です。しかし、完全な平等はあり得ません。共産主義は失敗に終わりました。一定の制約をつけつつ、各人の自由に委ねないと、満足は得られないことが実証されました。すると、持って生まれた能力の差、努力の差、そして運によって、結果に差がつきます。
いえ、差をつけようと、各人は努力するのです。努力しても結果が同じなら、人は努力しません。学級の中、会社の中でも、差がつくのです。人には、他人より抜きんでたいという願望があるのです。
ケインズは、この2つのことを忘れていたのです。

移民政策、経済学と政治学

2018年5月14日   岡本全勝

4月27日の日経新聞、経済教室、中島隆信 ・慶応義塾大学教授の「移民政策の現状と課題(下)」「 安易な外国人依存避けよ」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・移民に関する経済学の実証研究はこれまで数多くなされてきた。だが筆者と明海大学の萩原里紗氏による「人口減少下における望ましい移民政策」(経済産業研究所)やベンジャミン・パウエル米テキサス工科大教授による「移民の経済学」などのサーベイをみても、研究成果が政策に役立つかどうかは定かでない。
明確なのは、生産性の低い場所から高い場所への労働移動が社会全体の所得を増やすということだけだ。国境を越えて移動する人たちはおおむねこの原則に従って行動すると思われるため、世界全体の生活水準向上という観点に立てば移民は是とされる。

ところが移民の受け入れ国に与える影響となると話は違ってくる。この点に関する国民の関心事は、(1)成長に寄与するか(2)国内の職を奪わないか(3)財政を悪化させないか(4)治安が悪くならないか――の4点にほぼ絞られる。このうち経済学の対象外となる(4)を除けば、いずれも前提条件の置き方次第でプラス・マイナス両面の結果が出ており、しかもその経済全体に与える影響は比較的軽微だ。要するに移民を入れても入れなくても経済的には大差はない。

だとすると、移民政策は貿易政策と似た政治色を帯びることになる。つまり移民に仕事を奪われそうな人は受け入れに反対し、移民と補完的な仕事をする人は賛成するという図式だ。そして全体最適の議論は脇に追いやられ、結論が先送りされるかポピュリズム(大衆迎合)的風潮が生起するかのいずれかになる・・・

『勘定奉行の江戸時代』

2018年5月13日   岡本全勝

藤田覚著『勘定奉行の江戸時代』(2018年、ちくま新書)が、勉強になりました。
江戸幕府の行政機構は、私たち行政・官僚のご先祖様なのですが、私は勉強したことがありません。時代劇に出てくる代官は、有力商人から賄賂をもらって「お主も、悪よのう」、「いえいえ、お代官様ほどでは・・・」という場面が定番ですが(苦笑)。そんなことでは、業務は回りません。

勘定奉行は字面だけを見ると、現在の財政課・会計課と思いますが、もっと広く幕府の財政と幕府領の行政(この時代は主に農政)を司ります。また現代のように、政府が教育や福祉を提供しない時代ですから、幕府行政の大宗を担っています。そして、裁判も兼務して担当します。
採用試験(筆算)があり、能力によって、勘定奉行まで出世することがあります。幕臣でない子供が、養子に入り、試験に受かり、出世していきます。これも、驚きです。数字を扱えないと、仕事にならなかったのでしょうね。
幕府後半は、財政難に対応するため、行財政引き締めと貨幣改鋳を繰り返します。これも、勘定奉行の仕事でした。
へえと思うことが、たくさん書かれています。