カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日経新聞「美の十選」

2020年5月18日   岡本全勝

日経新聞最後のページ文化面に、「美の十選」という欄があります。いつも楽しみにしています。
ある角度から、10の絵画など美術品を紹介する欄です。例えば最近は、「経済で見る名画」でした。
こんなのが、美術を見る切り口になるとは。毎回の切り口が、考えてあります。女性像はわかるにしても、経済、浪速、服装など、こんな見方もあるのだと感心します。

近代化による生きづらさ

2020年5月16日   岡本全勝

5月10日の読売新聞に、松沢裕作・慶應大学教授の「生きづらさの正体 社会の変化 現れる抑圧」が載っていました。

・・・江戸時代の身分制度と言えば「士農工商」という階層的な秩序を思い浮かべる人が多いと思いますが、私は少し違った形で捉えています。農業を営む「百姓」は「村」という集団に属し、都市部に住む「町人」は「町」に所属するなど、職業に応じた身分集団を作っていました。身分に応じた仕事をしていれば、生存保障が与えられる構造です。
いわば単純な上下関係というより、一人ひとりが村とか町とかの「袋」に分けて入れられているイメージです。その表れとして、領主への年貢は、現在の市町村より小さな規模の集まりだった村単位で納入されていました。「村請制」と言われる仕組みです。
明治維新を機に、この秩序が大きく変わります。身分制はなくなり、「袋」は破られました。1873年に始まった地租改正によって、村単位で納めていた年貢は、個人に納入責任がある税金へと姿を変えました・・・

・・・江戸後期から明治時代前期に現れた抑圧、言い換えれば「生きづらさ」について、私は「通俗道徳」という歴史学の用語を使って説明しています。人が貧困に陥るのは、その人の努力が足りないから、というような考え方です・・・
・・・江戸時代まで、社会は「通俗道徳のわな」にはまりきってはいませんでした。社会の基礎が個人ではなく、集団で成り立っていたからです。村請制では、村単位で納めていた年貢は農民が連帯責任を負ったため、足りない分を豊かな人が肩代わりして助け合いました。
しかし、明治になって多くの人が勤勉や倹約を是とする通俗道徳を信じたことで、弱者が直面する貧困などの問題は全て当人のせいにされました。勤勉に働いていても病気になることもあれば、いくら倹約しても貯蓄するほどの収入が得られないこともあったにもかかわらずです。通俗道徳を守れば必ず成功するわけではありませんが、守っていた人の中に成功者も多く、この規範は強い支持を得たのです・・・

連載「公共を創る」で、近代化による自立と孤独を書いているところなので、参考にさせてもらいました。
先生の『生きづらい明治社会―不安と競争の時代』(2018年、岩波ジュニア新書) を本棚から引っ張り出して、読みました。新聞での主張が、詳しく書かれていました。ジュニア新書とは思えない、内容のある著作です。

「自己責任の時代」

2020年5月14日   岡本全勝

ヤシャ・モンク著『自己責任の時代 その先に構想する、支えあう福祉国家』(2019年、みすず書房)を読み終えました。連載「公共を創る」で、現代の自由と孤独を考えています。また別途、原発事故後の責任を考えていて、この本を見つけました。
この本は、政治哲学として自己責任を考えます。副題にあるように、福祉国家での自己責任の問題です。門外漢の私には、やや難解でした。前半は私なりに、理解しました。

社会福祉の対象になったときに、このような支援を求める状態になったのには、学校時代に勉強をサボったから、まじめに働いていないから、生活能力が不十分なのに子どもをつくったからとか、本人に責任があるのではないか。生活保護などの対象となる際に、本人の帰責事由のあるなしが問われるのです。
お互いが助け合おうとして始まった福祉制度が、困っている人の責任を問うのです。自業自得、身から出たさびと、突き放すのです。

かつて、困った人がいる場合に使われた「責任」は、その人を救う責任が国や周囲の人にあるという意味においてでした。社会の側に責任がありました。ところが、社会保障制度が完備されると、国や周囲は責任を果たしたので、問題があるならその本人に責任があると、責任の主体が反転しました。
これは、社会福祉制度の逆説です。恵まれない人への「施し」から、社会保障制度による「支援を受ける権利」へと転換し、さらにその受給権の水準が高くなると、このような反転が起きました。

「感染症と文明」

2020年5月13日   岡本全勝

山本太郎著『感染症と文明ー共生への道』(2011年、岩波新書)と、村上陽一郎著『ペスト大流行ーヨーロッパ中世の崩壊』(1983年、岩波新書)を読みました。
コロナウィルス流行で、関連する書物がたくさん紹介されています。この2冊を選んだのは、村上先生の本はかつて読んで、内容を忘れたので。山本先生の本は、わかりやすそうだからです。

私の関心は、医学的なことより、社会への影響です。その点で、2冊とも概説書、入門書としてはよかったです。
人類の生活の変化がウイルスとの共存を変化させ、疫病の流行をもたらすこと。それが、社会に大きな影響を与えること。戦争では、闘いで死ぬより感染症で死ぬ人の方が多かったことなど。大きな枠組みで、病原体と人類との関係を理解することができます。
ペストの流行がキリスト教への信頼を低下させ、中世が終わりに入ったこと。新大陸になかった感染症を持ち込んだことで、戦う前にインカ文明やアステカ文明が崩壊したこと。新大陸の住民がいなくなったのでアフリカ大陸から奴隷を持ち込んだこと・・・。歴史を変えたことがよくわかります。

しかし、まだわからないことも多いのです。なぜ流行した感染症が消えてしまったのかとか。

9月入学移行

2020年5月12日   岡本全勝

9月入学に移行する案が、議論されています。先進諸国がほぼ9月入学なので、私も賛成です。長所と短所、移行への手続きが取り上げられています。しかし、議論の第一歩は、現行の4月入学を5か月繰り下げるのか、7か月繰り上げるのかです。

今回のコロナウィルスによる休校から、9月入学の議論が始まったようですが、それは5か月繰り下げることを想定しているのでしょう。7か月繰り上げて6歳から小学校に行くのか、5か月繰り下げて7歳から小学校に行くのかは、決めの問題でしょう。
しかし、ようやく新聞でも書かれ始めましたが、先進諸国に合わせるなら、7か月繰り上げる必要があります。5か月繰り下げでは、大学を卒業した際に、就職するにしても大学院に留学するにしても、外国の卒業生に比べ1年遅れになります。

7か月繰り上げるとすると、初年度は新1年生が1.5倍くらいになります。この初年度の教室と教員をどのように確保するかが、課題です。5か月繰り下げても、同様の問題があります。

例えば、5月11日日経新聞、田中愛治・早稲田大学総長の「9月入学課題多く 現場の声聞き、戦略緻密に」。