カテゴリーアーカイブ:社会の見方

生命知能と人工知能

2022年5月31日   岡本全勝

高橋宏知著「生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方」(2022年、講談社)が分かりやすく、勉強になりました。お勧めです。

人の脳と人工知能とを比較して、脳の機能に迫ります。二つは、何が違うか。
人工知能はある目的のための「自動化」の技術であり、あらかじめ決められた規則に従って物事を進めます。その際には、なるべく無駄を省くように設計されています。それに対し生命知能は、その生命体が生きていくための「自律化」のためにあります。こちらは自分で目的を決め、規則も自分で決めます。人工知能は、これまでにないことを見いだしませんが、生命知能は、これまでにないことを考えます。

どうして、このような差がでるか。人工知能は、その目的のために人間が設計します。生命知能・脳は、細胞から始まり、動物の進化の過程で発展してきました。種がダーウィンの法則で進化してきたのと同じく、細胞が変異を続け、適者が生き残ってきました。「変異」によって「多様性」が生まれ、その中から「選択」されて、私たちの脳ができました。
これは、すばらしいことです。変異が生まれないと多様性は生まれず、進化は起こりません。細胞は脳や司令塔を持っていないので、「この方向に進化するのだ」という意図も持っていません。その中で生物の進化が起こるのは、この仕組みによってです。この比喩は、社会にも当てはめることができます。

その脳が、意識を作ります。目や耳、皮膚から刺激を受けて反応することは、機械の類推で理解できます。情報処理です。
他方で、目を閉じてもいろんなことを考える、寝ていていても夢を見る、さらにこれまでにないことを思いつくことができることは、そのような類推では理解できません。脳細胞が、どのようにして記憶するのか、そしてそれを呼び出すのかも、不思議です。
何もしていなくても、脳は動いています。自発活動をしています。常時、20ワット程度のエネルギーを消費しています(体全体では約100ワットです)。
私たちの意識に登らない「作業」を、脳は常に行っているようです。経験した音や画像、文章などを記憶し、良く似たものと関連づける作業をしているのでしょう。

外部刺激を受けてそれを知覚するのに、20ミリ秒かかります。ところが、脳への電気刺激で意識的な知覚を作るのには500ミリ秒もかかります。それを脳は統合しています。私たちの見ている現在は、かなり過去の物です。
そして、指を動かそうとする場合に、まず脳が動き出し、300ミリ秒たって動かそうと思う瞬間が訪れ、その200ミリ秒後に指が動きます。私たちが思うから動くのではなく、その前に脳が指示を出しているのです。これは理解しがたいことです。じゃあ、何が脳を動かすのか。私の印象では、私たちが意識しないところで脳がぐるぐるといろんなことを考えていて、何かのきっかけ、それは見ていることであったり、他の考え事であったりして、それがきっかけになって、あることが動き出すのでしょう。そこから意識に登るので、その前の脳の活動は分からないのです。
まだまだ勉強になることとが書かれていますが、それは本をお読みください。

著者は、将来に人工知能が発達して人間の行動の代替をするようになったらどうなるかも、言及しています。機械に置き換えることができる作業は、置き換わるでしょう。すると、人間らしさは、機械ができないことをすることです。
既にわかっていることを記憶し、問に答えることは、人工知能の得意とすることです。そのような大学入試問題なら、人工知能も正解できます。
分かていないことを考えることが、人間の仕事です。分からないことをパソコンやスマホで調べることは、検索であって、脳を使った学習ではありません。仮説を立てて検証することが、人工知能は不得手です。そこから、どのような学習が良いかが、導かれます。

国際公共財インターネット

2022年5月28日   岡本全勝

5月16日の日経新聞オピニオン欄「ネット空間に分断の危機 識者に聞く」は、考えさせられます。
・・・インターネットで国内外の情報を手軽に閲覧できるのは、ネット空間を国際的な公共財としてIT(情報技術)企業や各国政府が協力してきたからだ。それがロシアのウクライナ侵攻や強権的な政治体制の広がりで揺らいでいる。ネット空間は「分断」を避けられるのか、ネット管理の国際団体や識者などに尋ねた・・・

ICANN CEO ヨーラン・マービー氏
民間非営利団体「ICANN」の役割は2つに絞られる。ひとつはコンピューターをインターネットに接続できる環境を保つこと、もうひとつはネット上の住所といわれるドメイン名を使って、人々がお互いを探しあえる状況を維持することだ。これ以外の役割は持ち合わせていない。
ウクライナ政府は2月末にロシア政府発の偽情報やプロパガンダを防ぐため、ロシアに割り当てられた「.ru」ドメインの取り消しなどの措置をICANNに要請した。
深刻な内容と受け止めて真剣に協議し、迅速で明快な回答を心がけた。ただ、技術的に不可能ということもあり、従来の姿勢を貫く形となったのが実情だ。政治的な判断ではない。
インターネットは約35年という短い期間で、世界の利用者がゼロから52億人へと急拡大した。しかも、機能不全に陥ることもなかった。技術的なシステムが機能し続けることは珍しい。非中央集権型の運営方式を採用していることが成功の理由だと考えている。
世界には多くの通信網があり、どのような情報が流れるべきかといったルールはそれぞれの通信網が決めている。ICANNは異なる通信網のコミュニケーションに必要な「共通言語=インターネットプロトコル(IP)」を管理する中立的な存在で、誰かを遮断することは目的ではない。
日常生活の違法行為はネットでも違法であり、こうした明確な悪には対応できる。だが、何が悪なのかといった定義を決めるのは私たちの仕事ではなく、選挙で選ばれた政治家が担うべきだ。ICANNのような技術団体が「だれが悪人か」と判断を下すのは適当ではないと考えている・・・

慶応大教授 村井純氏
インターネットを巡り起きる課題にどう対処するかは、狭義のインターネットと広義のインターネットに分けて考えるべきだ。
「狭義」はIPアドレスとドメイン名で、ICANNが運用を担うネットのインフラ部分だ。「広義」はその上に広がる各種のアプリケーションやサービスで、SNS(交流サイト)やメディアも含む。
課題ごとに対処方法をインフラ側で決めるか、その上に広がる社会で決めるか考えなければならない。
例えばフェイクニュースやコンテンツの海賊版を止めるため、インフラとしてのネットを遮断するのはどうだろうか。その選択はあり得るだろうが、ネットが教育や健康などでも大きな役割を果たしていることにも注意すべきだ。
別の対応方法も考えられる。ネットで流通する情報に、著者は誰なのかという情報をひも付けることだ。情報にトラスト(信頼)を与えて、(トラストがない)フェイクニュースへの対抗とすることは技術的には可能だ。欧州連合(EU)では取り組みを進めようとする動きもある。
解決策をどの層で作るのかは今後しっかり整理した方が良い。例えばサイバー攻撃なら、狭義のインターネットの層で対応している。ネットの専門家が国籍を問わずに情報共有する仕組みが機能している。
ネット空間の統治については、国連のインターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)があるが、国連は政府間の調整機関で、IGFもまだ議論の場にとどまっている。
狭義のインターネットはどの国の政府の管理にも属さないという考えで運用が図られてきた。政府間調整とは異なる、グローバルな統治の場をつくる挑戦は今後さらに必要になる・・・

キーウ大公ウォロディーミル1世

2022年5月27日   岡本全勝

日経新聞連載、佐藤賢一さんの「王の綽名」、5月14日は「聖大公キーウ大公」でした。
スラブの王様は、なじみが薄いです。今回の王様、キーウ大公ウォロディーミル1世(在位978~1015年)は、ノルマン人が作った国を、今のウクライナやロシアを含む大国に広げた王様です。

詳しくは原文を読んでいただくとして。ウクライナ大統領ゼレンスキーさんの名前はウォロディーミル、ロシア大統領のプーチンさんの名前もウラジミールで、この王様から来ているのだそうです。

世界の頂点で和食を出す

2022年5月26日   岡本全勝

5月13日の日経新聞夕刊に「松山英樹、和のもてなしでも世界魅了」が載っていました。松山選手は、去年「ゴルフの祭典」といわれるアメリカのマスターズ・トーナメントで優勝しました。この記事は彼が今年、歴代優勝者の夕食会の主催者役を務めたことを取り上げたものです。
緊張して、初めて英語で紙を見ないで話をしたことが書かれています。話し終わると、これまた緊張して聞いていた出席者が、立ち上がって拍手をしたそうです。

さてここで紹介するのは、その席で提供された食事が、松山選手が選んだ和食だったことです。寿司、刺身、銀ダラの西京焼き、牛、イチゴのあまおうです。お酒は日本酒です。皆さん、とても喜んでもらえたようです。
うれしいですね。

ゼロリスク信仰を乗り越える

2022年5月23日   岡本全勝

「ゼロリスク信仰」という言葉があります。身の回りの危険は完全に防ぐことはできず、完全に防ごうとすると、行動が制約されたり費用がかかったりします。専門家は危険の程度を客観的に説明するのですが、ゼロリスクを信仰する人たちはそれらの危険を程度と考えず、安全か危険かの二者択一で考え、主観的に危険をゼロにすることを求めるのです。食の安全、原子力事故、感染症などで現れました。

ゼロリスク幻想との決別」(読売クオータリー2021春号2021年7月30日)に、BSE(牛海綿状脳症)での全頭検査、福島県産農作物の放射性物質検査について、安全性が確認された後も検査を続けたことの無駄が指摘されています。

対照的なのが、新型コロナウイルス感染症対策です。
感染拡大を防ぐには、外出しないことが効果的です。当初は全校休校や飲食店などの休業が実施されました。感染を押さえ込む「ゼロコロナ」という考えも一部にはありましたが、それは現実的ではないと分かりました。
すべての外出を規制すると、社会活動や経済活動が停止します。百か零かという二者択一は取ることができず、どこかで折り合いを付ける必要があります。そして、多くの国民は家に引きこもることなく、マスクを付け三密を避けて外出しました。その後も、感染が拡大すると規制が強化され、感染が縮小すると規制を緩めるということを繰り返しています。

これは、ゼロリスク信仰を克服する良い経験でした。感染拡大を防ぐためには行動制限が必要ですが、まったく外出しないわけにはいきません。安全と危険の程度を秤にかけて、どこかで折り合いを付けなければならないのです。
BSE牛や原発事故農作物の検査の場合は、消費者はそれらの検査は供給者に要求すれば良いのに対し(ただしその費用は税金などです)、コロナ感染症予防の行動制限は、全員が自ら判断しなければならないのです。そして、国民はその試練を乗り越えています。