カテゴリーアーカイブ:生き様

筆記具

2006年11月13日   岡本全勝

先日、紙について書いたので、今日は筆記具について。先日書いたように、私は、原稿や仕事の資料を書くときに、紙に骨子を書くことから始めます。その際は、ぺんてる社の「プラマン」というサインペンを使っています。ある程度の硬さがあってしかも柔らかく、字の下手な私の手になじむのです。デザインも良いので、人前でもなかなかおしゃれです。このペンがないときは、柔らかめの鉛筆で代用します。10年ほど前までは、柔らかいペン先の万年筆でした。
アイデアが浮かぶときは、指先が頭に追いつかないので、なぐり書きでになります。また時に、独自の略字や符号で書いてしまいます。すると、さらに字が汚くなります。職員に渡す指示書の場合は、読んで説明しないと、理解してもらえません。
上司に改まって報告をするときなどは、万年筆を使っています。これは、ある上司から、記念にいただいたものです。もう10年以上、大切に使っています。これまでいくつも万年筆を使いましたが、これにたどり着きました。もう1本、別に使っているのや、かつてよく使っていたのもありますが。手紙や年賀状なども、これを使っています。もっともこれは、きっちりとした字を書くためのもので、なぐり書きには向いていません。また、重厚なので、持ち運び用でもないのです。
外出の際には、ボールペンを持ち歩いています。100円の使い捨てのです。赤と黒を1本ずつ。もっと高いボールペンも持っているのですが、使いやすいのは、これなのです。ボールペンは、しょっちゅう、私の許可なく、どこかに「散歩」に行ってしまいます。たぶん、行った先に忘れてきているのだと思いますが。軽くてデザインのいいボールペンって、なかなかないですね。秘書官の時から、ノック式でないとだめなのです。たいがい左手がふさがっているので、右手一つで取り出して、書かなければなりません。ところが、ノック式の見栄えの良いボールペンは、ペン先がぐらついたりして使いにくいのです。旅行の時は、赤と黒が1本に入ったノック式ボールペンを、胸の内ポケットに挿していきます。これは街頭で景品にもらったもの。インクがなくなると、軸を買い換えて使っています。

2006.11.05

2006年11月5日   岡本全勝

東京は、良い天気に恵まれた3連休でした。皆さんの地方でも、それぞれに秋が深まっていることと思います。私にとっては、秋は、子どものころの近くの山の紅葉とドングリであり、あぜ道の彼岸花やススキの思い出です。それと、運動会の時の青いミカンですかね。先日、明日香の村長が来られたので、彼岸花を聞いたら、「もうとっくに終わってますがな」と言われました。拙宅の夏椿も、まだらにですが紅葉を始めました。結局今年は、花を咲かせませんでした。来年に期待です。椿の方は、いくつものつぼみを付けています。チューリップの球根を植えるための準備や、この秋の出講の準備で、昨日今日が過ぎてしまいました。

2006.11.03-04

2006年11月3日   岡本全勝

今日の東京は良い天気でした。息子の高校文化祭を見た後、東京国立博物館へ。会員になっているのですが、なかなか行けず、久しぶりです。仏像展とかを見ているうちに、日が傾き、ライトアップが始まりました。法隆寺宝物館前の池など幻想的で、なかなか良いものですね。日本でもこんな良いことが始まっているのです。惜しむらくは、敷地いっぱいに建物を建てたので、せせこましいことと、投光器用の発電機がうるさいことです。
そのうちに、東洋館のベランダを利用して、邦楽の演奏が始まりました。ちょうどその上の空に、十三夜の月がかかり、それも雲間に見え隠れしてなかなかの風情です。建物壁面を利用した光の演出も組み合わせてあるのですが、やはり本物の月にはかないません。気持ちの良い一日でしたが、原稿は進まず。
ところで、狭いと言いましたが、上野の森は大きな文化ゾーンになっています。これは寛永寺の敷地です。明治維新の時、彰義隊などで荒廃したのを、時の政府がこのように利用しました。もう一つ、東京には徳川氏の菩提寺がありました。増上寺です。こちらの方は、昭和の大空襲で大きな被害を受け、その敷地の多くはホテルと東京タワーになりました。この利用方法の差は、明治と昭和の違いでしょうか。

2006.11.02

2006年11月2日   岡本全勝

今週は、4日で1週間が終わりました。私にとっては、この2週間は充実した=大変な毎日でした。知らないうちに、1キロも減量に成功しました。その成果として、再チャレンジの作業も少し先が見えてきました。まだ結果は出ていないのですが、追々、お見せできると思います。というか、そうなることを、期待しています。
まあ、私たちの仕事は、そんなものですね。脚光を浴びるのが仕事でなく、その準備、うまくいくようにするのが仕事です。しかも、実際の仕事は部下職員がしてくれます。室長の仕事は、方向を間違わないこと、方針と期間を示して部下に示すこと、ムダな仕事を職員にさせないこと、トラブルがあると出ていって消火することなどなど。出番が少ない方が良いのですが。組織の立ち上げ時期、今回のように政府の重要政策だと、そうも言っておられません。
今日は、4回も総理官邸に行きました。官邸に着くと、記者さん達に取り囲まれます。「何省の方ですか」、「再チャレンジ室です」。「どちらへ」、「秘書官に説明に」、「どの秘書官にですか」・・・。てなことを聞かれて、エレベータに乗るのです。3回目くらいになると、「またですか」、「はい、顔を覚えてくれてありがとう」(笑い)。
ところで、月刊「現代」に総務省の人事が出ているとのことです。私の名前も出ているそうですが、「えらく取材不足の記事です」と、知人が教えてくれました。だとすると、うれしくないですね。

山口市での結婚式

2006年10月28日   岡本全勝

今日は、結婚披露宴に呼ばれて、山口市まで出かけました。飛行機で日帰りできるので、便利です。初めて、インターネットで予約し、航空券はチェックイン時に受け取るというのを、やってみました(最近、一人で飛行機に乗ることがなかったので)。これも便利ですね。もっとも、発着の時間帯が早朝と夜に偏っていて、その点は不便でした(昼もあるのですが、披露宴に間に合わない。帰りも、飛行機に間に合わないのです)。おかげで、蒸気機関車に乗るという体験もしました。空港へ向かう汽車の本数が少なく、一番早いのがそれだったので。
新郎には、交付税課時代に、算定方法(段階補正など)の見直しで、苦労をかけました。ある日、私が朝出勤して、徹夜をした様子の彼に「1時間くらいは寝たのかい」と声を掛けたら、「いいえ、その倍も寝てしまいました」と返事が返ってきました。とんでもない職場だったのですね。また、反省。