カテゴリーアーカイブ:生き様

ナツツバキの花が咲きました

2025年6月15日   岡本全勝

昨日6月14日、玄関横のナツツバキが、花を咲かせました。白い清楚な花です。
ところが1輪だけで、ほかにつぼみがないのです。5月下旬に小さなつぼみが出たときは、このあといくつも出るのだろうと期待したのですが、一つだけでした。
葉は元気よく茂っているのですが。去年はたくさん咲いたのに。

先日、市ヶ谷駅前を歩いていたら、歩道にナツツバキの花が落ちていました。えっと思って木を見上げると、高いところにいくつか花が咲いていました。麹町に向かう日本テレビ通りです。高い木です。
歩いていると、何本かナツツバキと思われる木がありましたが、花は咲いていません。インターネットで調べると、この通りにはナツツバキが植えられているようです。街路樹に植えてあるのですね。
都会で花を咲かせるのは、難しいのでしょうかね。

気がつけば6月も半ば

2025年6月14日   岡本全勝

今日は6月14日、6月も半ばです。皇居で勲章をもらったのが5月9日。つい先日だと思っていたのに、一月以上が経ったのですね。「え~」と思って、手帳を見てみると、ちゃんと毎日、仕事や原稿書きや意見交換会をしています。

いつものことながら、連載原稿の執筆に追われています。このホームページの記事も、少し気を抜くと貯金(予定稿)がなくなります。7月にいくつか引き受けている講演の準備もしました。過去の資料を使えるものもあるのですが、変えたいところもあり。秋の講演もアラビア語への翻訳が必要なものがあり、締め切りが早く、これも提出しました。
8日の読売新聞に載った記事が大きく、いろんな方から反応がありました。

さまざまな方が、叙勲のお祝い会をしてくださいました。キョーコさんと一緒に休日のものもあり。
先週は、奈良の実家で両親の法事に出てきました。仏壇に勲章を供えて、亡き両親に報告しました。喜んでくれていると思います。私が東京で活躍できたのも、弟夫婦が家を守ってくれたからです。感謝しなければなりません。
小学校6年生の孫娘を連れて行って、飛鳥の遺跡なども見せてきました。どのくらいわかってくれたかな。

同じ忙しさでも、高尚に表現すると違うようです。肝冷斎「歳月本長(歳月本より長し)」。でも肝冷斎本人の忙しさは、別のところにあります。毎晩、しかもある日は夜の11時まで、千葉の野球場にいてはねえ・・・。

来週以降も、講義や意見交換会が続きます。連載原稿締め切りは、待ってくれません。
東京も梅雨になり、うっとうしい日が続きます。乗り切りましょう。

復興庁時代、記念の絵3

2025年6月13日   岡本全勝

復興庁時代、記念の絵2」の続きです。こんなのも出てきました。
これは、2015年5月22日の福島特措法改正記念祝賀会の前売り券です。職員たちが打ち上げの会を設営しました。会費制にして、この券を参加者に売ったのです。

大きさは、紙幣の半分くらいです。券面の画像のうち、フルート中年はわかりますが、真ん中に透かしのように顔も入っています。その技術に驚いた記憶があります。偽札にはなりませんよね。この記事は、4か月も前に書いて、放置してありました。

積ん読の開き直り2

2025年5月30日   岡本全勝

積ん読の開き直り」「踏みとどまる勇気」の続きです。
なぜ、読めないとわかっているのに、次々と本を買ってしまうのか。それは、好奇心が止まらないからです。他方で、学生時代はお金に余裕がなく、欲しくても買えませんでした。勤め人になって少々余裕ができ、その後、原稿料などが入るようになってさらに買えるようになりました。

もう一つは、本を捨てないからです。冷蔵庫に入れる生鮮食品なら、新しい品を買えば、古い品を捨てるしかありません。冷蔵庫を次々と買う方法もありますが、賞味期限切れの食品が溜まるばかりです。家を建てて書斎を造ったことも要因です。以前に住んでいた住宅は狭くて、本を置く場所がありませんでした。買った本は実家に送り、倉庫に保管してもらっていました。
なぜ捨てられないのか。本という物ではなく、読んだ本、買った本という思い出が捨てがたいのです。「本を捨てる、思い出を捨てる」「希少価値と過剰と、書物の変化2

別の見方も考えました。これらの本の山は、私の好奇心の軌跡です。その時々に興味を持ち、買ったものです。そう思ったら、そんなに悪いことではないですよね(開き直り)。
それはまた、私がそろえた「百科事典」とも言えます。百科事典では各項目は簡潔に書かれていますが、それらを詳しく書いた本をそろえたということです。調べたいと思ったら、本棚から出せばよいのです。もっとも、本の山では、どこにどの本があるかわからず、出てこないのですが。

そして何より、買ったときは、探していた本を買った、あるいは知らない本を見つけて買ったという「うれしさ」がありました。ほかの娯楽に比べると、安くて効果の高い満足感でした。本より、この満足感を買っていたのかもしれません。

でも、このままにしておくと、家族に苦労をかけることになります。いつかの時点で、腰を上げましょう。まだしばらく先の話かな。
もう一つの貯まった山である仕事関係の資料は、受けている聞き書き(オーラルヒストリー)のために、順次整理中です。こちらは、資料の棚卸しであり、私の人生の棚卸しでもあります。

ところで、私以上に本に埋もれている肝冷斎は、完全に開き直っています(文末に記述あり)。ここまで来れば、ある意味、すごいです。

70歳の半分は35年

2025年5月18日   岡本全勝

勲章をもらって、70歳になったことを実感しています。60歳が還暦で、かつては人生の大きな区切りだったのですが。私は60歳の頃は復興庁勤務で、仕事の最中でした。

明るい公務員講座 仕事の達人編』(195ページ「人生を企画する」)で、「概ね20歳ごとに人生を区切るとわかりやすい」と説明しました。
最初の20年は学生で、人生の準備期。次の20年は、仕事を覚え役に立つ時期。40歳が人生の折り返しです。次の20年は、仕事で組織や社会に貢献する時期、60歳で引退して、次の20年は「余生」とです。
退職年齢が引き上げられて、この数字も少し伸ばす必要があります。

先日、取材を受けた記者は36歳とのことでした。「なんや、私の半分か」
それで考えてみたら、70歳の半分は35歳。私が生まれたのは昭和30年(1955年)で、それから35年後は平成2年(1990年)でした。今年は平成で言えば37年です。私の人生前半はほぼ昭和後期で、後半は平成だったのですね。バブル経済崩壊が平成3年(1991年)で、見事に日本社会の変化に対応しています。
36歳の記者は、日本の元気だった時代を知らないのですね。