カテゴリーアーカイブ:身の回りのこと

少し古本を処分6

2025年10月5日   岡本全勝

少し古本を処分5」の続きです。今日は、本や書類の処分ではなく、小物類の話です。職場を引き払ったので、職場で使っていた小物類を自宅に持ち帰りました。

まず、文房具です。万年筆とインク、ボールペンと替え芯、レターオープナー、文鎮、用箋など、お気に入りのものを置いてあります。銀座の伊東屋などを覗いては、気に入ったものをそろえました。礼状を書く際の便せん、絵はがき、封筒、切手、落款印なども。かつて職員にメモを渡す際に署名代わりに押していた(『明るい公務員講座』83ページ)、笛吹き中年の絵のはんこ(このホームページの表紙の絵。)もあります。

ほかに、お香と香炉、オードトワレ、湯飲み(これは友人に頂いた名匠の器)とコーヒーカップ(これもお気に入り)、歯ブラシ、散歩の際の運動靴なども。机の上に置いて戒めにしていた広目天の写真(2018年5月31日の日経新聞「あすへの話題」に書きました)や、壁に掛けていた絵もあります。
これらは、職場を変わる度に運んでいたのです。なので、箱詰めも簡単にできました。自宅書斎にも同じようなものがあるので、重複します。時間をかけて整理しましょう。絵はどうしますかね。壁は、ほかの絵や写真で埋まっています。

フリーアドレス(社員の座席が決まっていない職場。先日「フリーアドレス制の欠点」を書きました)だと、どうするのでしょう。パソコンで全ての業務が完結し、紙を使わないのなら、これら文房具の多くは不要でしょうが。お礼状を書いたり、メモを取ったりはしないのでしょうか。お気に入りのマウスパッドは使わないのかな。しなければならない仕事を付箋に書いて、モニターに貼っていた人は、やめたかな。

このホームページの分類では、「こだわりのモノ」に入れておきます。

少し古本を処分5

2025年9月22日   岡本全勝

少し古本を処分4」の続きです。果てしないような作業で、苦しみつつ続けています。と書きながら、楽しんでいます(苦笑)。先週末も3箱を知人に預け、3箱分を捨てました。
この記事を読んだある人が、厳しい意見を送ってきました。「『明るい公務員講座』には、書類を貯めずに整理せよと書いておきながら、書いた本人は整理が悪いではないか」「言行不一致か」とです。

書類も本も大方は整理はされているのですが、捨てることができないのです。図書館だって、めったに見ない本も保存してあります。私の書斎は、私設図書館なのです。もっとも、床に積み上がった本の山は、何がどこにあるかわからず「図書館」とは言えません。そして、多分二度とみることがない本をなぜ取っておくのか。問われると答えられません。
かつて作った資料や雑誌に寄稿した記事なども、困りものです。例えてみれば、写真とそのアルバムですね。記念に取ってあっても、ほぼ見ることはありません。かといって捨てられず・・・。
我ながら、諦めの悪い奴です。書斎の棚、床、階段脇、寝室の壁沿いという空間が満杯になって、ようようあきらめたということです。

あわせて、職場に置いてある資料や本を、整理しました。原稿を書くためのものと、学者さんたちに経験を話すための過去の資料です。これらも、捨てるものと自宅に送るものに分けました。「自宅に送るもの」が難題です。それを受け入れる空間を作らなければなりません。これまで整理した成果で、本棚がいくつか空きました。これで、収納できそうです。

電子書類は、もっとたちが悪いでしょうね。場所を取らない、他人から見えないのです。紙の書類が貯まると、机が狭くなり、上司から指導が入るでしょう。「山積みされた資料、下の方は化石になっている」と表現していたのですが、電子データはこの例えが使えません。
ところが、職場では異動の際に持っていかないかぎり、電子データは消えます。いくつかの職場では、個人の保存データ総量に限界をつけたり(意図的に少なくする)、2年以上開かないファイルは強制的に削除したりして、保存データが増えないような工夫をしているようです。共有フォルダーは、担当者が定期的に削除しているのでしょうね。
他方で、自宅のパソコンは定期的に整理と削除をしないと、とんでもないことになりますよ。でも、本と違って、肉体労働をしなくても、「削除」のボタン一つで消えてしまいます。

偉大な発明、雑巾

2025年9月21日   岡本全勝

書斎の本を片付けているときに、世話になっているのが、雑巾です。乾いた雑巾とぬらして固く絞った雑巾です。

階段に腰掛けて、前に古本の山積み、それを分類します。長く本棚に置いてあった本は、ほこりをかぶっています。立ててある本は天が汚れ、平積みした本は表紙などが汚れています。重ねて置いてある本も、露出した部分だけ汚れています。知人に引き取ってもらう本や本棚に戻す本は、ほこりと汚れを落とします。

その際に、二種類の雑巾が役に立つのです。まずは乾いた雑巾でほこりを取ります。その次に、固く絞った雑巾で表紙などの汚れを拭きます。天や小口についたほこりは払えるのですが、汚れは取れませんね。きれいにならない本は、捨てます。

乾いた雑巾でほこりが払われるのは、理解できます。でも、なぜ濡れた雑巾で、本や棚にこびりついた汚れを拭い取ることができるのか。こぼした水を乾いた雑巾で拭けば、水を吸い取ることも理解できます。ぬれ雑巾と汚れとの間に、どのような作用が働いているのでしょうか。
濡れた雑巾を発明した人は、偉大です。

少し古本を処分4

2025年9月16日   岡本全勝

少し古本を処分3」の続きです。その後も、休日に作業をしています。少しずつしか進みません。本棚を見渡すと、一番手が届く棚に、半封筒に入った書類が、紙のファイルボックスに入って並んでいます。これを整理しました。

大きく分けて3つのものが並んでいます。
その1は、過去の大学での講義資料。またお呼びがかかるかもと思い、残してありました。当時は、レジュメも資料も印刷して紙で配っていたのです。その原紙と、講義ノートが貯まっています。これは、考えることなく捨てました。元資料は、パソコンの中に保管してあります。これも不要なのですが、電子書類は場所を取らないので、そのままにしてあります。
貧乏性なので、裏白の紙は再利用することに。その際に思いましたが、紙も少なくなりましたが、閉じるためのステープラー(ホッチキス)も見なくなりましたね。

その2は、勉強のためや執筆のために書き散らかしたメモや、取ってあった資料です。見ると、こんなことも考えていたなあ、同じことを書いていると、感慨にふけります。それらも、ほぼ捨てました。
その3は、連載した記事、連載している原稿です。これは、残しておきましょう。
このほかに、省庁改革本部、再チャレンジ政策担当、総理秘書官、大震災対応の仕事に関する資料が、職場と自宅に段ボール箱に入って残っています。これは、学者先生に私の経験を話す機会をもらっているので、それに合わせて整理しています。

本は知人に4箱を引き取ってもらい、別の友人に1袋分を贈呈。3箱ほどを捨てました。書類を捨てたこととあわせて、本棚に空間ができました。
床の山がかなり減ったので、次の「攻撃対象」は、一番上の棚にある新書と文庫。その次は、一番下の棚にある学生時代などに買った法学と政治学の専門書です。近年は、触ったこともありません。というか、その前に本の山があって、近づけませんでした。

少し古本を処分3

2025年9月8日   岡本全勝

少し古本を処分2」の続きです。いつものように、笑い話として読んでください。

その後も、ぼつぼつと作業を続けています。「少し古本を処分1」の後、毎週末にがんばって、さらに3箱+3箱を知人に送り、3箱+1箱を捨てました。
休日は、孫の相手のほか、朝は原稿の執筆、午後は本棚の整理です。なかなか腰が上がらないのです。本を捨てる悲しみと、部屋が広くなる喜びとが交錯しています。

最初の頃に比べて、作業が遅くなり、本棚に戻す本が増えてきました。床の山を先に片付けているのですが、これは近年買った本なので、まだ捨てる気になりません。本棚の手が届かないところには、古い本が並んでいて、たぶん迷うことなく捨てることができるはずです。しかし、床の山を片付けないと、脚立をおけないのです。次回は、その辺りを狙いましょう。
「分け入っても分け入っても本の山」(種田山頭火ならぬ山頭水にしておきましょうか)。暑い日には、水のシャワーを浴びて作業をしているので。

全体計画からするとまだ1割くらいですが、それでも成果は出ています。
・本棚に空きができた
・書斎の床が広がった
・階段の壁沿いに積んであった本はなくなった

そこで、机の上の山を、少し本棚に移しました。「書斎と椅子」に書いた、作り付けの机(天板)です。パソコンの前が少し広くなりました。
もっとも、まだ右側に8山、左側に7山あります。一山は10数冊で低いのですが、これを崩さないと、机が全面的には使えません。全部とは言いませんが、半分くらいは空けたいです。
パソコン用の椅子と読書用の椅子を、二つ並べてあります(こだわりの椅子)。まだ、読書用の椅子は使えない状態です。せっかく買った椅子なのに。