このホームページを長くごらん頂いている方は、覚えておられるでしょうか。ご近所のカエルです(2008年7月28日、30日の記事)。2年ぶりに、会いました。握り拳ほどの大きさです。2軒ほど隣の、お家の前でです。しかし、かわいそうに、車にひかれて、死んでいました。昨日の朝、大雨が降った後です。雨につられて出てきたのか、友達に会いに行くところだったのか。この道路は、車の通行も少ないのですが、残念です。
わが家の近所は、道路は舗装され、両側は住宅。しかも、そんなに広い庭のある住宅はありません。何軒か、広い庭があるのですが、それらも次々と壊され、その庭も少なくなっています。どのようにして生きているのか、不思議です。彼が、最後の一匹でないことを祈ります。
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人事異動
今日、27日付けで、自治大学校校長に異動しました。自治大学校には、昭和63年に一年間、教授として勤務しました。当時は、私は33歳、自治大学校は広尾にありました。
消防大学校の勤務は10か月でしたが、いろんなことを勉強し、考えました。消防職員の職業意識の高さ、規律の正しさ、きびきびした動作とその早さ。消防職員は、燃えている火の中に飛び込むのですから、それだけの厳しさがなければ、自らの身が危なくなります。
大学校は、生の危険ではなく、それに備えた訓練の場ですが、訓練を見ていても、ほれぼれします。一般の方々にもごらん頂きたいのですが、そうもいきません。校長ですらヘルメットをかぶり、近くには寄れないほどの緊張した訓練です。
大江副校長を始め、教職員の方々には、本当にありがとうございました。10か月に間に考えたことは、明日以降書きます。
奈良薬師寺
今日は、お誘いを頂いて、奈良薬師寺の村上定運師のお話を、聞かせてもらいました。名刺を交換すると、私の高校の後輩で、昭和60年生まれとのこと。ということは、25歳ですか。薬師寺の東京別院におられて、早稲田大学大学院でインド哲学を勉強中とのことでした。法相宗と唯識についても、教えてもらいました。
若いのに、お話しが達者で、さすがですね。子どもの頃、父に連れられ薬師寺に行って、高田好胤師の法話を聞いたことがあります。最後は、お参りに来たみんなで、師のかけ声にあわせて、「行こう行こう、幸せの国に行こう。みんなで、幸せの国に行こう」と唱えるのです。子供心に、幸せになった気がしました。みんなで声を出すというところが、ミソですね。しかも、何度も「声が小さい」としかられるのです。う~ん、共通のテクニックですね。
薬師寺では、1300年前に立てられた東塔が、解体修理されます。10年がかりだそうです。
梅雨明け
全国で梅雨が明け、強い日差しと暑い気温が続いています。各地で豪雨災害が起きました。被害に遭われた方に、お見舞い申し上げます。
東京は今日も30度を超え、連休も3日目。これならば、美術館もすいているだろうと、出かけました。予想は大外れ。国立新美術館のオルセー展は、20分待ちで、会場も大変な混みようでした。人様の頭と後ろ姿、その合間から絵を見てきました。有名な絵がたくさん出展されていて、「これじゃ、今ごろパリに行った人は、何を見るのだろう」と思ったら、オルセー美術館の改装に合わせた「日本への引っ越し」だそうです。
日比谷に移動して、出光美術館の屏風展をはしご。こちらはすいていて、ゆっくりと見ることができました。落ち着いてゆっくり見ることができるのは、贅沢ですね。
原稿書きは、集中力が続かず、なかなか進まないです。困ったことです。
美術館巡り
今日は投票に行った後、キョーコさんのお供で、山種美術館の浮世絵展へ。今日が最終日なので、混んでいました。その後は、日本橋まで移動して、奈良まほろば館の奈良の発掘調査展へ。次に、お向かいの三越百貨店で、入江泰吉写真展に。興福寺の灯籠を捧げる鬼の像が、原色で復元されていました(クリックしたページの下に載っています)。赤鬼と青鬼で、制作当時はこんなに、けばけばしかったのでしょうね。
さらに、お隣の三井記念美術館で、大和の古寺と仏像展をはしごしました。我がふるさとから、はるばる来られた仏さんに会いにです。特に岡寺と橘寺はご近所で、境内で遊びました。もっとも、子どもの頃には、これらの仏像は拝みませんでした。
三井美術館は、例によって、ガラスケースに目立たないように、透明な解説シールが貼ってあるのです(2007年10月14日の記事)。今回は、會津八一のひらがなの和歌です。照明を落とし、観客も少なく、良い雰囲気で落ち着いて見ることができました。この夏も、東京ではたくさんの展覧会が開かれています。すでにいくつかは制覇したのですが、回るのが大変です。