カテゴリー別アーカイブ: 2017年~海外旅行

アメリカ旅行5・困ったこと3

アメリカ旅行で困ったことの3です。食事です。通の方は、笑わないでください。

おいしい物もあります。アメリカに行ったら、ステーキを食べようと考えていました。ニューヨークでかつて食べたステーキは、大きくておいしかったです。
日本は大きいというと、平たい肉の面積が広くなります。向こうは、分厚いのです。砲台型というのか、こんもりとしています。しかし脂身が少ないので、たくさん食べることができます。
これは、よかったです。キョーコさんも息子たちも満足。しかも、1万円しません (このメニューのSTEAKS&CHOPSの欄。New York Sirloin 51ドル。Filet Mignon 10oz 45ドル、14oz49ドル。1オンス28グラムですから、10オンスだと280グラムです)。
問題は、付け合わせの野菜を頼むと、アスパラガスにしろほうれん草にしろ、ポテトにしろ、食べきれない量が出てきます。フライドポテトは、最初から注文しませんでした。「洗面器に山盛り」と言いますが、最近は洗面器を見ないので、この比喩は通りませんね。
ボストンのロブスターも、クラムチャウダーも、おいしかったです。

以下、日本人のおじさんのぼやきです。
食事の問題その1は、分量が多いことです。私は年を取って食べる量が減りましたが、普通の日本人にとっても、あの量は多いでしょう。そして肉と油とパンでは、太ること間違いなしです。

次に、アメリカ料理についてです。旅行に行くと、その地の食べ物を食べてみたいですよね。ところで、皆さん、「アメリカ料理」とか「アメリカレストラン」って、聞いたことがありますか。すぐに浮かびませんよね。ステーキを別にすると、出てこないのです。
思いつくのは、マクドナルドのハンバーガーです。これは外での軽食で、晩ご飯とは思いません。イタリアンも、アメリカで発達しましたが、その名のとおりイタリアが起源です。
日本料理、中華料理、フレンチ、イタリアンは、イメージできます。しかし、アメリカ料理って、私の頭には出てこないのです。ウィキペディアには載っています。ご覧ください。アメリカの家庭では、何をどのように料理しているのでしょうね。

町には、ダンキン・ドーナッツ(ボストンが発祥の地)とスターバックス・コーヒーの店が、たくさんあります。私も何度か利用しました。サンドイッチ(白い食パンでない、ハンバーガーのようなもの)とドーナッツとコーヒーなどを売っています。そこで食べるか、持ち帰るか。旅行者にとって便利です。写真がついているので間違いなく選べること、あるいは実物そのものを取ってレジに持っていけばよいのです。
マクドナルド・ハンバーガー店は、さほど見かけませんでした。コンビニのような店では、サラダ類や果物も売っています。
もちろん、日本食の店もあります。店員は日本人ではありませんでしたが、味はまずまずでした。豚カツはおいしかったです。別の店で、枝豆、冷や奴、ほうれん草のおひたし、焼き魚が食べれたのはうれしかったです。「なにも、ニューヨークで居酒屋に行かなくても」と言われそうですが。

問題その3は、選択肢が少ない、特に適当な昼飯がないことです。
レストランでは堅苦しい、しかも時間がかかります。もっと、気軽に食べることができる店です。もっとも、これは旅行者の目ですから、住んでみれば、いろいろと良い店があるのでしょう。世界中の人が集まっているのですから、世界中の料理を食べることができるでしょう。私が、通り過ぎているだけです。しかし、「アメリカ料理」と書いた、昼ご飯を食べることができる定食屋って、あるのでしょうか。
ずばり、カレー屋、蕎麦屋、うどん屋、カツ丼や親子丼、ハンバーグやスパゲッティなどの定食屋がありません(笑い)。そして、弁当です。ラーメン店はありました。私やあなたがふだん食べているような、昼ご飯を食べることができません。NHKの人気番組「サラメシ」は、成り立たないのではないでしょうか。
日本の洋食屋さんは、日本人の発明でしょうね。あれは、便利です。しかも、店頭に見本が飾ってあり、メニューには写真がついています。もっと世界に広がればよいのに。

食は、日本にあり。日本で、世界中のおいしい物を食べることができます。
そしてつくづく、私は日本人だと再認識しました。毎日あちらの料理を食べていたら、飽きるし太ります。野菜料理ってないのですかね。お米のご飯と、野菜の煮付けと、焼き魚がよいですねえ。稲作民族と牧畜民族の違いですわ。

アメリカ旅行6に続く

アメリカ旅行4・困ったこと2

アメリカ旅行で困ったことの2です。第1話の「冷房がきつい」は、多くの日本人が同意してくださると思いますが、ここからは私の感覚、主観的なことです。そう思って、笑いながら読んでください。

2 お風呂の湯船で温まれない
ホテルのバスは、もちろん西洋風のバスタブとシャワーです。これは、日本のホテルの多くと同じです。
ご承知のように、洗い場がないと、石けんで体を洗う際に不便なのと、石けんを流した後、湯船でお湯につかって温まることができない(汚れたお湯を捨てなければならない)のです。まあ、これは日本のホテルで慣れています。
向こうの人は、石けんとタオルで体を洗わないのでしょうね。あの分厚いタオルでは、洗いにくいですから。私は、旅行の際は、メッシュのタオルを持っていきます。
ところで、日本のホテルでは、洋式のバスタブと日本風の洗い場がついているものがあります(仙台ワシントンホテル)。これは、うれしいです。大浴場があるホテルもあります。

それを前提にして、日本のホテルとアメリカのホテルのお風呂で、何が違うか。
向こう(私の泊まったホテル)では、湯船が浅くて長く、お湯をためても腰くらいまでしか、お湯がたまらないのです。よって、ちっとも体が温まりません。そして疲れがとれないのです。お湯はぬるいし。
私は湯につかるのが好きで、それで疲れがとれます。ところが、シャワーでは汗は流せても、疲れがとれないのです。

帰国して、湯船につかって、ほっとしました。今週の福島でも、ホテルのお風呂で、肩まで浸かることができました。

アメリカ旅行5に続く

アメリカ旅行3・困ったこと

「知るは楽しみ」と言います。知らない土地を見ることは、楽しいですね。もっとも、観光客では、その町の本当の良さは分かりません。町は、建物などの施設だけでなく、買い物などの機能、そして住民のつながりでなっています。住んでみないと、分からないことは多いのです。
私は、ニューヨークとワシントンは、何度か訪れたことはあったのですが、それぞれ仕事で、自由時間は少なかったです。今回は、余裕を持って日程を組んで、観光客として、それぞれの地を楽しんできました。

それを前提としつつ、今日は、アメリカ旅行で困った3つのことを書きます。その1から。
1 冷房がきつい
いや~、参りました。ホテルは部屋の冷房を切っても、涼しかったです。全館冷房だからでしょう。これは、長袖のパジャマを持って行っていたことと、掛け布団を重ねることで対応しました。
一番きつかったのは、ワシントンからニューヨークへの、列車アムトラックです。凍える寒さでした。アメリカ人(と思われる人)でさえ、車掌に寒すぎると抗議していました。車掌は、どうにもならないという意味のことを言っていました。毛布のような布をかぶっている客もいました。現地の人に聞くと、「冷凍庫」と呼ばれるようです。
私は日本の新幹線や飛行機に乗る際は、寒さ予防のために上着を着るのですが、それくらいではダメでした。
観光バスも、冷房がきつかったです。駐車中はエンジンを切るので、冷房も泊まります。どうやら、冷房はオンとオフしかないようです。ガイドは「ブラジル製のバスですから」と説明していましたが。
日本人と、体のつくりが違うのでしょうか。

アメリカ旅行4に続く

アメリカ旅行2・3つの都市

今回の旅行は、ボストンとニューヨークで子供たちに会うことでしたが、ワシントンも回ってきました。結果として、特徴の異なる3都市を、見ることになりました。

ボストンは、アメリカの古都。人口60万人あまりの、落ち着いた都市です。イギリス風の美しい町並みが残っています。高層ビルはありますが少なく、低い建物と緑の公園が美しいです。また、学生の街です。日本で言うと、京都より、金沢でしょうか。
ワシントンは言わずとしれた、首都です。政治的いきさつから首都が置かれた町で、その機能に特化しています。日本で言えば、永田町と霞が関が大きくなったものです。
そして、ニューヨーク。競争の町と言ったら良いでしょうか。マンハッタン島は、戸建て住宅が禁止され、高層ビルが建ち並ぶ、商業・金融などの業務都市+ミュージカルなどの娯楽の町です。改めて、その形に感嘆してきました。形だけだと、東京の大手町と丸の内がそのまま大きくなったようなものです。公園や暮らしが感じられない、コンクリートとガラスの町です。
彼の地で仕事をしたら、もっとすごさが分かるのでしょう。金の威力がすごいです。高層住宅の1フロアが100億円の住宅だとか・・・。トランプタワーも見てきました。ニューヨークには、ほかにもいくつかトランプ氏所有のビルがあります。

ボストンは、今のアメリカ合衆国発祥の地です。プリマス植民地(ボストンの南)から、イギリスからの移民が町を作り、それが独立革命を経て、今のアメリカ合衆国になります。ボストン・ティーパーティー事件の地です。
南北アメリカ大陸は、コロンブス以来、スペインとポルトガルが先行して植民地化しました。しかし、それはいわば「収奪の地」としてです。原住民とアフリカ大陸から連れてきた奴隷を使って、鉱産物や農作物を本国へと収奪します。「人は平等だ」という教えのはずのキリスト教・カソリックは、彼らを人間として扱わず、この収奪に手を貸します。
それに対し、イギリス植民地は、自営農民の定着です。故国を追われ、あるいは捨てて、この地で暮らすことを選びました。もちろん、原住民を追いやることになるのですが。こちらでは、住民の自立が基本にあり、自分たちで町を作るという民主主義が発達します。また、国よりも先に町ができるので、自治も発達します。

歴史のイフですが、もしイギリス人がアメリカ大陸に植民せず、スペインとポルトガル、さらにはフランス植民地だけだったら、アメリカ大陸の歴史も大きく変わったでしょう。また、南北戦争で、南(黒人奴隷を使った大規模プランテーション経済)が勝っていたら、アメリカ合衆国の歴史も変わっていたでしょう。そして、世界の歴史も変わっていたでしょう。

アメリカ旅行3に続く

アメリカ旅行1・見物

夏休みをとって、キョーコさんと、アメリカ(ボストン、ワシントン、ニューヨーク)に行ってきました。

現地では、ツアーを使って、効率よく見所を見て回りました。
ボストン美術館とメトロポリタン美術館は、客は私たち夫婦だけという、ぜいたくなものになりました。興味のあるところを、ガイドにじっくりと解説してもらえました。特にこれを見たいという意図はなかったのですが、次の2つを見ることができました。
ボストン美術館では、ゴーギャンの我々はどこから来たのか。我々は何者なのか。我々はどこへ行くのか」です鎌田浩毅先生が、『地球の歴史』(2016年、中公新書。上中下3巻)の帯に使われたあの絵です。
メトロポリタン美術館では、ベラスケスの「オリバーレス公伯爵」に巡り会いました。オリバーレスは、先だって彼に関する本を読んだばかりだったのです(6月17日の記述)。あの本を読んでなかったら、絵の前を通り過ぎたでしょう。感慨を持ってしばらく眺めました。

と書いたら、25日の日経新聞文化欄「名作オペラで読む絵画」は、モネの「ラ・ジャポネーズ」(西洋女性が真っ赤な派手な着物を着て、扇子を持っているあの絵です)を取り上げていました。これも、ボストン美術館の目玉として飾ってありました。

ニューヨークでは、日食を見ることができました。皆既日食はアメリカでは99年ぶり。ニューヨークは75%の日食だそうです。町の通りには、たくさんの人が出て、空を見上げていました。大騒ぎです。
観察用のサングラスを持っていなかったので、雲を通してちらと見ていたのですが(これも目を痛めます)。ロックフェラ・センター69階の展望台に登ると、日食観察用のサングラスを配っていました。それをもらって、ばっちり見ることができました。
偶然は、いろんなところに転がっています。

アメリカ旅行2に続く