カテゴリーアーカイブ:日記

7月と8月

2024年8月3日   岡本全勝

7月が終わり、8月が始まりました。先日「なぜか忙しい」と書きましたが、何とか乗り切りました。子どもたちは、夏休みが始まっています。かつ、とても暑くて仕事をする気にならないのに、仕事は減りません。

7月は、人前で話す機会が8回もありました。話すのはそれぞれ1時間半から2時間ですが、その準備に時間がかかるのです。何を話すか考えて、話の骨子と配付資料・投影資料を作り、話す予行演習をしてと。終わるまで、気になります。終わるとほっとして、お酒もおいしいのですが。
その他に、3回の連載原稿締め切りを守り、英語の原稿も校了しました。英語の原稿については、いずれ紹介しましょう。

8月は、催し物が少なく、自分の時間を取れそうです。取りたいです。
人前で話す予定は、1回だけです。連載原稿締め切りが、いつものように3回。秋に控えている講演の資料を、いくつか作成しなければなりません。新しい内容の話も引き受けてしまったので、その勉強をしなければ。
いくつか読みたい本を取り寄せたのですが、どれくらい読めますかねえ。さらに重要な、孫のお供もあります。

朝のラジオ体操

2024年7月27日   岡本全勝

今朝7月27日は、孫のお供をして、朝のラジオ体操に行ってきました。会場の杉並区第六小学校には、100人を超える参加者がありました。参加の判を押す用紙をもらい、首にかけ、体操をしました。参加賞をもらいました。

拡声器から、いつもの軽快な音楽に引き続き、聞き慣れた岡本美佳さんの声が聞こえてきました。今日は沖縄県伊是名村からの中継で、島民の4分の1が会場で参加したとのこと。
私は毎日職場で、見逃し配信でNHKテレビ体操を見ながら、体を伸ばしています。ぎっくり腰に懲りてです。その画面で、岡本さんは、2日に1度お目にかかっています。

たくさんのペットボトルの空き容器

2024年7月13日   岡本全勝

我が家の近所は、木曜日がペットボトルの空き容器の回収日です。
先日の木曜日の朝、たくさんの集積所に置かれていました。近くの別の集積所も、あふれていました。
キョーコさんに聞くと、「暑いから、たくさん冷たいものを飲んだからじゃないの」とのこと。我が家もそうでした。空き缶回収は月曜日で、この朝は缶ビールの空き缶がたくさん集まります。
東京も、暑い日が続いてます。

落雷と停電

2024年7月8日   岡本全勝

7月6日土曜日夕方、我が家の高円寺付近は、ひどい豪雨と落雷、そして停電がありました。雷は、かなり近くに落ちたようです。停電は2度ほど。すぐに復旧したのですが、その後が大変でした。
なぜか床暖房が起動し、熱くなりました。制御盤のボタンを押しても、反応しません。配電盤を開けて、床暖房系統を切りました。
しばらくすると電話がかかってきて、宅配業者が「家の前に来ています。インターホンを押しても、反応がありません」とのこと。これも、配電盤でその系統の電源を一旦切って、再度つけると復旧しました。
夜、シャワーを浴びようとしたら、給湯器の制御盤が機能しません。これも配電盤で電源を入れ直すと、台所の制御盤は復旧しました。しかし、お風呂の制御盤は復旧せず。業者に来てもらうことにしました。夏はシャワーで済ませられますが、冬だったら困りますね。

最も困ったのは、インターネットがつながらなくなったことです。電源を入れ直したりしたのですが、復旧せず。これも、社長に来てもらうしかありません。
職場に持って行っている携帯パソコンに、自宅のパソコンと同じ内容を入れてあります。ホームページなどはクラウド方式なので、携帯パソコンを持ち帰れば、問題は解消します。日曜日一日、パソコンが使えませんでした。電子メールのやりとりができないのは、不便です。いかに、パソコン、インターネットに依存しているかがわかりました。でも、やめるわけにはいきませんわね。
ホームページは、事前に予約しておいた内容が、ちゃんと掲載されていました。
土曜日朝に、原稿をかなり加筆したのですが、自宅のパソコンから、ほかへ送る術がありません。内容は覚えているので、再度書き直すかと諦めていました。社長に言うと、「USBメモリで運んだらどうですか」との助言。そうだ、昔はそんなことをやっていましたよね。
と、この記事も、携帯パソコンで書いています。

久しぶりの富山

2024年6月16日   岡本全勝

昨日15日土曜日、今日16日日曜日と、富山に行ってきました。久しぶりです。私が富山県総務部長を務めたのは1994年から1998年で、30年前になります。

午前中は、氷見市へ。能登半島の付け根にある氷見市も、能登半島地震で被害を受けました。海に近い市街地の一部で液状化で多くの家屋が壊れたり、傾いたりしました。もっとも、被害は一部住宅にとどまり、工場や商店、民宿も早くに再開しました。市の大半において、生活は戻っています。
北日本新聞の依頼で、現地を視察したあと、林市長と対談に臨みました。市は、被災住民の意向を聞きつつ、再建の方向を検討中です。約5割の住民が現地で暮らしたいとのことです。これだけの人が住み続ける意向があれば、復興するでしょう。産業も被害を受けていませんから。
魚もおいしいです。魚は海の中にいて、地震の影響を受けていません。応援したい人は、ぜひ民宿に泊まっておいしい魚を食べてください。

午後は、富山県立美術館へ。エッシャー展は、見応えがありました。だまし絵というのでしょうか。右から飛んでくる白い鳥の群れが、左へ行くと反対に飛ぶ黒い鳥の群れになったり、階段を上っていくと、元の場所にたどり着いたり。皆さんも一度はご覧になったことがあるでしょう。
よくこんな絵を考えたのですね。そしてとても精密です。1枚の絵を描くのに、どれくらいの時間がかかったのでしょうか。

夕方からは、料亭加賀屋の100年記念に出席。総務部長時代にお世話になりました。様々な分野の方とお付き合いするときや、難しい相談をする際に使わせてもらいました。このお店は市の中心部から少し離れていて、私には都合がよかったのです。懐かしい顔ぶれに会うことができました。貴重な機会に誘っていただき、ありがとうございました。当時は畳の席で座布団でしたが、現在は畳で椅子席です。腰には優しいです。
その後、当時の音楽仲間との同窓会へ。私の下手なフルートを見かねて、県庁の有志がアンサンブルを作って、私を指導してくれたのです。このホームページの表紙の絵「笛吹き中年」は、そのとき描いてもらいました。県立美術館の荻野佳子館長は、その仲間でした。かつては集まれば演奏していたのですが、今回は断念。私は最近楽器に触っていないので・・・

翌朝は、地元放送局と打ち合わせ。ある番組の助言をしているので。
盛りだくさんの旅行でした。富山の海の幸を、たくさんいただきました。立山連峰は、あいにく雲に隠れていました。