カテゴリーアーカイブ:日記

飛鳥浄御原宮跡

2004年3月12日   岡本全勝

天武天皇の宮跡に続き、蘇我馬子の邸宅が発掘されました。私の学んだ小学校の校庭です。隣が、石舞台古墳でした。
飛鳥浄御原宮跡は、橿原考古学研究所のHPに載っています。そのうち151次調査が宮殿跡です。152次調査の説明にでてくる「岡」は地名で、私が生まれたのは「岡1190番地」です。「岡本」は宮殿の名前で、またわが家名の起こりです。もっとも、私は分家です。

天武天皇の宮跡

2004年3月9日   岡本全勝

今日のニュースで、天武天皇の宮跡が発掘されたと、写真入りで大きく報道されていました。私の生まれ育った近所です。家から約500メートルかな。小学生の時は、付近の田んぼで草野球をしていました。今から考えると、宮殿跡の上でやってたんですね。この隣には板葺宮跡があり、発掘された大井戸跡(今は埋めてレプリカになっています)で、カエルを捕まえて、悪さをしていました。

東大授業

2004年3月5日   岡本全勝

今日は、東大の私の生徒達が謝恩会をしてくれました。プレゼントまで頂いて、ありがとうございました。若い人、異分野の人と話をするのは、楽しいですね。客員教授を辞めるのは残念ですが、またいつか会えるでしょう。

またまた副業

2004年2月29日   岡本全勝

1月に宮崎で行った講演を活字にしてくださるとのことで、速記録に手を入れています。難しいですね。自分の話が、こんなに「読みにくい」ものとは。でも、私の語りの下手さを除いても、日本語って、話し言葉と書き言葉では、かなりの差があります。口語体でも、というか口語体は、「言文一致」とはいきません。それに、身振り手振りは活字にならないし、黒板を使っていることも。
私は、講演会では、録音をお断りしています。今回は、宮崎県庁の茂補佐の要請を受けてしまいました。

課長はつらいよ・続き

2004年2月27日   岡本全勝

昨日、私を支えてくれる職員の名前を載せました。すると、総括国会係(本省の国会担当)から「僕たちの名前も掲載することを要求します。労働者の当然の権利として!」とメールが来ました。そこで、今日はその面々を載せます。「清水 正博、荒井 崇、河内 達哉、渡邉 泰之、山口 大助、原 彰宏、渡部 貴徳、高橋 文武、中田久美子、古淵 隆志」また、大臣秘書官室の2人にもお世話になっています。「市川 志帆、片山 寅真」みんな、ありがとう。これでいいかな、古淵君。