カテゴリーアーカイブ:社会の見方

挑戦

2007年9月22日   岡本全勝
22日の朝日新聞変転経済は、「シャープの挑戦、テレビをすべて液晶に」でした。
10年前、テレビもパソコンもブラウン管でした。画面の幅と同じくらいの奥行きがありました。今や、そんな大きな箱は、見なくなりました。若い人は知らないでしょう。
しかし、それには、厳しい企業間の競争があったのです。もちろん、かつてのNHKテレビ「プロジェクトX」のような成功例の影に、それよりはるかに多くの失敗「プロジェクト×(バツ)」があったのでしょう。私は、成功例も教科書になるけど、失敗例の方がもっとためになると考えています。
記事の中でも紹介されていますが、かつて日本の半導体メモリやDRAMは、他国の追随を許しませんでした。しかし、今や、後塵を拝しています。
これらの教訓は、挑戦しない限り、置いて行かれること。しかも、一度成功しても安泰なのは、数年しか続かないこと、などです。
先日、地方行政制度も、大きく変化をし続けていることを書きました(9月17日の記事)。制度以上に、現場では大きな競争にさらされています。国際競争・近隣団体との競争だけでなく、サービスなどでは民間との競争もです。市場化テストが、その手法です。

都市への人口集中

2007年9月14日   岡本全勝
14日の日経新聞「景気データ」は、都市部への人口流入が加速していることを、伝えていました。東京・名古屋・関西の三大都市圏への転入超過数が、2005、2006年と急増しています。
高度経済成長期に、大都市への人口流入が進みました。その後、石油危機などで転入が急減し、1976年に転出超過になりました。1980年代後半のバブル期に、再び転入が増え、第二期の大都市集中でした。バブル崩壊後は急減し、1993年には転出超過になりました。そして1996年から転入が増え始め、第三期の大都市集中になっています。
生産性の高い大都市に人口が集中すると、経済成長につながるという主張があります。しかし、一方で大都市集中は社会問題を生むとともに、現在では地方と都市の格差問題をも生んでいます。

最低賃金

2007年9月9日   岡本全勝
最低賃金の引き上げが、ニュースになっています。中央最低賃金審議会が目安額を示し、各県の審議会がそれに沿って県ごとの金額を決めます。毎年のことが、今年特に話題になったのは、ワーキング・プア問題からです。一部の地域では、最低賃金が生活保護費を下回っているのです。これでは、何のための最低賃金か、わかりません。
平均額は687円です。これは先進諸国では、突出して低いのです。イギリスフランスは1,200円程度だそうです。ちなみに、私の近所のアルバイト募集は、時給800円とか、850円です。
5日の産経新聞「明解要解」が、わかりやすく解説していました。昭和34年に、日本の最低賃金法が制定された際に、18歳の単身者の賃金を基準にしたそうです。親と同居していることが多く、一人で自活する金額ではなかったとのこと。さらに、企業の支払い能力を、考慮しているからです。
ここが議論になります。企業からすれば、最低賃金を引き上げると、会社がつぶれて、ひいては雇用を守れないことになります。一方、ヨーロッパ流では、最低賃金を支払えない企業は、市場から退出してもらうという考え方です。
短期的には、最低賃金を払えない企業が困りますが、長期的には高い賃金を払える企業だけが残ります。そして、給与水準が上がります。良く似たものに、円高があります。円高になると、その水準でかろうじてやっている輸出企業は困ります。しかし、長期的には、国際競争力のある企業が残ります。日本の国力も、上がります。いずれも、短期的困難と長期的好結果があるのです。
ところで、生活保護が国民としての最低限度の基準とすれば、それを下回る賃金は、憲法違反といえないでしょうか。生活保護費との差を公費で補填すべし、という議論が出てこないのでしょうか。
しかし、一番の課題は、退出した企業の代わりに、労働者を受け入れる職場をどう作るかです。地方では、それがなくて困っています。長期的には、市場経済が解決してくれるのでしょうが、今働いている人たちが、困るのです。

中国製品なしの暮らし

2007年9月8日   岡本全勝
8日の朝日新聞「ひと」の欄で、アメリカの作家である主婦が紹介されています。クリスマスのプレゼントで気づき、家の中のものを見たら、ほとんどが中国製。そこで、中国製品なしで1年間を過ごし、その体験を本にしました。家族も、大変だったようです。そして、中国製品なしでずっと暮らすのは、非現実的だそうです。
日本製品なしで1年間は、頭にないとのこと。「生涯、日本車以外には乗れないから」だそうです。ありがたいですね。

大店法緩和

2007年9月8日   岡本全勝
8日の朝日新聞変転経済は、大規模小売店舗法緩和でした。中心市街地への、大型スーパー出店を抑える目的の法律でした。日米構造協議を受けて、徐々に緩和され、最終的には廃止されました。そして、郊外・ロードサイドに大型店ができ、中心市街地は寂れました。もちろんその背景には、地方の車社会があります。
市街地でのスーパー対商店街という対立が、市街地対郊外店の対立に変化していたのです。経済合理性と言えばそれまでなのでしょうが、車のない子供やお年寄りには冷たい社会です。また、町のにぎわいがなくなることは、町の再生産に失敗したと言うことでしょう。町のパンフレットを作るときに、「我が町の繁華街です」といって、ロードサイドの大型店の写真を載せるのでしょうか。
ヨーロッパでは、少々不便でも郊外型大型店を規制しているところもあると聞きました。まちづくりをどう考えるかということです。