カテゴリーアーカイブ:社会の見方

差別を生んだ分類の歴史

2023年1月18日   岡本全勝

1月4日の朝日新聞オピニオン欄、竹沢泰子・京都大学教授の「人種も社会的に作られた 分類したがる私たちは差別をなくせるのか」から。

――そもそも、なぜ私たちは物事を区別し、分類するのですか。
「人間は多種多様な情報を、視覚や聴覚といった五感などで受信し、分類することで整理しています。脳の中に数多くの箱のようなものをつくって情報を投げ込み、比較して理解したり、予測したりする。見知らぬ世界のことは大きく分類し、よく知る世界では細かく分類する。効率的で便利な情報処理システムで、人間が普遍的に持っている能力です」
「しかし、何をどのように分類・区別するかは、後天的です。植物や動物、雨や雪などをどう分類し、名づけるかは、文化圏によって異なります。人間を分類する場合、肌の色などの外見で区別するとは限りません、儀礼や慣習で、自集団と他集団を区別する社会もあります」
「分類したそれぞれの人間集団に固定的な偏見を抱きがちですが、それらは私たち自身の中にある、なりたくないもの、自分の中から排除したいもの、あるいは逆に、憧れるもの、取り入れたいものを投影しているのです」

――見た目も違うので、分類に科学的根拠があると思いがちですが。
「目で見て分類するというのは、解剖学や遺伝学が発達するまでは博物学の基本でしたが、今は違います。そもそも人間の外見は実際には多様で連続体です。それを無理やり分類して、名付けるのは、時代と社会の産物です。100年前、米国のジャーナリストのウォルター・リップマンは『人間は見てから定義するのではなく、定義してから見るのだ』という言葉を残しました」

国際と国内の分断2

2023年1月17日   岡本全勝

国際と国内の分断」の続きです。1月4日の朝日新聞オピニオン欄、板橋拓己・東大教授の「2度目の大戦を招いた「戦間期」と今の類似点 何に再び失敗したのか」から。

――社会の分断については、どこが共通しているのですか。
「ワイマール期ドイツは、労働者、保守層、カトリックなどに分断され、支持政党も読む新聞も違っていました。主流のメディアがなかったので、同じ出来事への評価がばらばらに分かれてしまう。今でいえばエコーチェンバーのようなところがあって、自分たちが見たいものしか見ない。陰謀論も流行しました」
「現在も、米国が典型ですが、リベラルや保守といったセクターごとに、メディアも政党も固定されてしまっています。対話がなくなっているという状況が、戦間期と似ているように思います」
「分断したからといって、ただちに対立につながるわけではありません。社会が分極化して価値観が多元化すること自体は、多様な利害が反映されるという点で、民主主義にとって健全なことかもしれない。ただ、そのためには、相手の立場を尊重することが必要です。意見の違う相手はたたきつぶすという態度は有害で、その典型がファシズムです。そういう政治を許してはならないというのが戦間期の教訓でしょう」

――なぜ、分断がファシズムに行き着いたのでしょうか。
「最大の原因は不安です。ナチス躍進のきっかけは、世界恐慌で失業が激増したことです。ただ、ナチスの得票率を見ると、むしろ失業者が少ない地域で高かった。ナチスを支持したのは、実際に失業した労働者よりも中産階級でした。明日は我が身かもしれないという中間層の不安を、ナチスは巧みに利用したのです」
「不安をかき立てられた人が急進右派に走るのは、現代も同じです。『ドイツのための選択肢』という排外主義的な右派ポピュリズム政党がありますが、支持者は移民が多い旧西独の都市部よりも、移民が少ない旧東独地域に多い。移民が少ない地域のほうが、外国人が増えたら今の生活が崩れるのではないかという不安が強いのです。不確実な未来への不安が大きくなると、極右への支持につながってしまう」

――「不安の暴走」を防ぐには、何が重要ですか。
「権力者とメディアの責任は大きいでしょう。分断と同様に、不安もただちに対立につながるわけではありません。権力者が自由民主主義のルールを順守し、対立をあおるゲームに乗らないことが重要です。メディアも、行き過ぎた言論に対しては抑制的になるべきです。社会が分極化すると、メディアや政治家も極端な方向に走りがちですが、それをいかに自制できるかが課題です」

国際と国内の分断

2023年1月16日   岡本全勝

1月4日の朝日新聞オピニオン欄、板橋拓己・東大教授の「2度目の大戦を招いた「戦間期」と今の類似点 何に再び失敗したのか」から。

――現在の国際情勢は、二つの世界大戦の間の「戦間期」に似ているともいわれます。
「今のロシアを、戦間期ドイツのワイマール共和国と重ねる見方は多いですね。巨大な国家が解体した後に帝国意識が残存したという点、いったん経済的に破綻(はたん)しかかったという点で共通しています。ワイマールは1920年代にハイパーインフレと大恐慌を経験し、ナチスが台頭した。ロシアも90年代に経済的に大きく混乱し、その後プーチン氏が強大な権力を握りました」
「もちろん戦間期と現代で、全体状況は大きく違います。その中で、あえて現在と似ている点を探すとすれば、大きな戦争後の『秩序構築』に失敗したことと、社会が極度に分断されていることです」

――「秩序構築の失敗」とは。
「欧州諸国が血みどろの戦いを繰り広げた第1次世界大戦は、世界に大きな傷痕を残しました。その戦後の秩序構築が、戦間期の20年間の課題でした。冷戦終結後の30年間も、大きな『戦争』の後の秩序構築という側面がある点では似ています」
「しかし、戦間期の秩序構築は失敗でした。第1次大戦後に成立したベルサイユ体制やワシントン体制は、勝者側の論理で作られた国際秩序でした。やがて、ドイツ、イタリア、日本のような現状打破を目指す国の挑戦を受けることになった」

――冷戦終結の後はどうだったのでしょうか。
「米国の歴史家サロッティは、冷戦後の欧州の秩序は『プレハブ構造』だと指摘しています。NATO(北大西洋条約機構)などの西側の秩序は、冷戦のためにつくられたものです。冷戦終結後、根本的につくり替えてもよかったはずですが、実際にできたのは西側の秩序を建て増したプレハブでした。基本的な構造は変わらないまま、NATOとEUが東に拡大していった」
「旧社会主義国の人々を、冷戦に負けたという屈辱感なしにどうやって国際社会に包摂するか。90年代に模索は重ねられましたが、うまくいかなかった。その反動としてプーチン氏のような人が出てきた。冷戦後の秩序構築の失敗の結果として、今回のロシア・ウクライナ戦争を捉えることもできるかもしれません」
この項続く。

「男らしさ」が招く生きづらさ

2023年1月15日   岡本全勝

12月30日の日経新聞経済教室「生きづらさを考える」、奥田祥子・近畿大学教授の「「らしさ」の呪縛 解き放て」から。

・・・人生で直面する様々な困難や苦悩が、「生きづらさ」という言葉で語られる機会が増えた。筆者は生きづらさは個人に起因する問題ではなく、社会構造を問うべき課題として捉えている。だが、情報がメディアを介して広まる過程で生きづらさの要因が単純化され、問題の所在が曖昧になるケースが散見される。
例えば、ジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラム発表)に関する報道は、女性をひとくくりにして平等の恩恵を享受できていない"被害者″のレッテルを貼り、「生きづらさ」の象徴としての女性像を流布している面が否めない。
一方、経済協力開発機構(OECD)の「幸福度白書」など複数の国際調査で、日本は男性の幸福度が女性よりも低いことが明らかになっているが、詳しく報じられることはない。男性の生きづらさは日本では社会問題とは認識されず、政策議論の俎上に載ることもない・・・

・・・まず、生きづらさの根底にあるのは、男は「出世競争に勝ち、社会的評価を得なければならない」「一家の大黒柱として妻子の経済的・精神的支柱であるべきだ」「弱音を吐いてはいけない」など、旧来の「男らしさ」のジェンダー(性)規範である。
笹川平和財団が2019年に公表した「新しい男性の役割に関する調査報告書」によると、日本の男性の53.7%が「仕事では競争に勝ちたい」、60.8%が「男は妻子を養うべきである」と答えた。ほかにも「他人に弱音を吐くことがある」が「当てはまらない」が60%を占め、固定的な「男らしさ」を志している男性が多いことが浮き彫りとなっている・・・

・・・生きづらさを抱えた中年男性が職場で引き起こす問題のひとつが、部下や同僚へのハラスメント行為だ。多くが無自覚のうちに、パワハラやセクハラに及んでいる。背後には、自身の価値観や行動規範に基づいて物事の是非を決めつけるなどのアンコンシャス・バイアスが根深く潜んでいる。
インタビュー調査では「部下のためを思った助言だった」「過去に自分が上司から受けた指導を受け継いだだけ」などの発言が目立ち、事実認定され、懲戒処分を受けた後でも、ハラスメント行為を自認できない男性も多かった。
画一的で排他主義的な組織で成り立っていた「男社会」を観念的に支えたのが、「男らしさ」規範だ。多様性受容やジェンダー平等を世界が希求する今、男社会は機能し得なくなっている。にもかかわらず、古い価値観に固執する土壌にハラスメントは起きやすい。

中年男性の生きづらさのもうひとつの負の影響が、プレゼンティーイズム問題である。プレゼンティーイズムとは、心身の不調を抱えて働き、職務遂行能力が低下している状態を指す。生産性低下を招く、企業活動において深刻な問題だ。
職場のパワーゲームに敗れるなど、自身が目指す「男」像を実現できないつらさからストレス過多となり、心身に不調をきたす。それでも弱音を吐かず、働き続けなければならないという心理的負荷を伴った労働により、職務遂行能力が低下するという悪循環に陥っている。武藤孝司・独協医科大学名誉教授は20年に発表した論文で、疾患の種類にかかわらず欠勤よりもプレゼンティーイズムのほうが生産性損失が大きい、という米国の研究結果を紹介している・・・

参考「男性的働き方が障壁」(1月7日)

豊かでない日本を生きる知恵

2023年1月14日   岡本全勝

12月21日の朝日新聞、小説家・青山文平の「豊かでない日本を生きる智慧 1995年のニューヨークと2022年の東京」から。

・・・私が初めてニューヨークの地に立ったのは1995年の冬でした。いまとなっては信じがたいのですが、当時のアメリカ経済は最悪で、一人当たりGDPは日本の65%。1ドルはなんと80円を割る超円高。街は荒れ、私もティファニーの真ん前で、悪名高いボトルマンに剃刀をちらつかされてゆすられました。セントラルパークは観光客が足を踏み入れる場所ではなかったし、一丁目と八丁目は絶対に行ってはダメという意味で、“いちかばちか”などと言われた。

それから、27年。日米の経済力は完全に逆転し、最新のレートで計れば一人当たりGDPはアメリカのわずか半分。為替は一時は1ドル150円を超え、いまも予断を許さぬ状況がつづいています。こうした数字だけを見れば、2022年の東京が1995年のニューヨークになったっておかしくはありません。
でも、銀座和光の前で恐喝に遭うことはまずないだろうし、日比谷公園でくつろぐことだってできる。相変わらず、東京に足を踏み入れてはいけない街区などありません。円安による物価高とはいえ、まだ治安の悪化を招くほどには追い詰められていないからとも言えるのでしょうが、江戸時代の中後期を舞台にした小説を書いている私は、そこに日本人の文化が現われているような気もしています・・・

・・・中期よりあとの江戸は、地方から出てきた流動民が人口の多くを占める百万都市でした。自給自足ならば食うことだけはできたであろう百姓が、カネで暮らす世の中になって借財がかさみ、田畑を離れざるをえなくなっていったのです。当然、江戸での暮らしも楽であろうはずがなく、張り巡らされた運河に、水死体を目にするのは珍しくなかったようです。食うや食わずで、明日は大川に身を投げているかもしれない連中が、土間を入れても四畳の裏店に身を寄せ合って、今日はへらへらと笑っている。そんな、いつ弾けても不思議はない社会だったのです。
けれど、江戸二百六十余年の時の重なりのなかで、実際に打ちこわしが起きたのは、幕末の混乱期と享保や天明の大飢饉のときくらいしかありません。それも極めて秩序立って行われて、抑制が働いていたようです。これは江戸だけのことではなく、中期以降は各地で百姓一揆が多発するのですが、一揆勢が手にする得物は鍬(くわ)や鉈(なた)などの農具で、刀剣のたぐいは持とうとしなかった。あくまで、百姓としてやむなく立ち上がったことを、武器でも示そうとしたのです。

負荷がかかっても我慢がきいて、あるいは、するりと逃す術(すべ)を身につけていて、簡単には弾けない……それは日本人の文化と言ってよいだろうし、そして、その文化は、これからますます大事にしなければならなくなる気がします。2022年は、長い日本経済の停滞が、もはや停滞などではなく常態であることを、いやが上にも突きつけられた年でした。豊かな日本を取り戻すのは至難でしょう。でも、私たちには、豊かではない日本を生きる智慧だってあることは、覚えておきたいと思います・・・