子どもの学習時間減少、背景に学ぶ意味の喪失

2026年9月13日   岡本全勝

8月24日の日経新聞「子どもの学習時間減少 背景に学ぶ意味の喪失、教育に企業の参加を」から。詳しくは原文をお読みください。
なるほどと思います。学校教育は、実社会から距離を置いていました。それは職業選択とともに、政治教育についても同様です。「蒸留した」知識を教えるのではなく、より現実を教えるべきだと思います。金融知識や、病気になったり犯罪を犯した際の知識などもです。

・・・子どもの学習時間が減少を続けていることがベネッセ教育総合研究所と東京大学の共同研究で分かった。背景に何があるのか。同研究所の岡部悟志主任研究員と東大社会科学研究所の藤原翔教授に共同で寄稿してもらった。

日本の子どもたちの学びに異変が起きている。ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所による「子どもの生活と学びに関する親子調査2025」によれば、この11年で学校外の学習時間は約2割減少した。
興味関心を持って学ぶ「勉強が好き」な子どもの割合が減り、「何のために勉強しているのかわからない」といった学ぶ意味や目的を見失っている子どもの割合が増えている。小学4〜6年生ではこの10年でほぼ倍増して4割となり、中学・高校生では半数に迫っている。
同じ子どもを追跡した分析では、学ぶ意味を見失っていた子どもほど後に学習時間を減らし、逆に学習時間が短かった子どもほど、その後学ぶ意味を見失いやすい。因果関係は速断できないが目的意識の喪失と学びからの離脱が絡み合いながら進んでいる。これはスマートフォンなどの情報機器の普及だけでは説明できない。機器の利用時間が同じくらい増えた子どもの間で、学習時間を減らしていたのは学ぶ意味を見失っていた子どもだった。

以上を踏まえれば問題は単に学習時間が減ったことではなく、子どもたちが学ぶ意味を見失い始めていることである。もっといえば社会全体が子どもに「学ぶ意味」や「未来への希望」を十分に示せなくなっている点にある。
背景には子ども自身の問題に加え社会の変化がある。かつては学校で努力し、成果を残せば将来安定した仕事や生活につながるという道筋が広く共有され、「何のために勉強するのか」という疑問に一定の答えが与えられた。しかし大学進学の大衆化や雇用の流動化、生成AI(人工知能)の登場による仕事の変化によって、その見通しは揺らいでいる。子どもは大人を通して社会を見ている。身近な大人が仕事への誇りや将来への希望を語れなければ、子どもが学びの先に未来を描くことも難しい。

一方で注目すべき変化も生まれている。小中学生とは異なり、高校生では学び自体を面白がったり、学びが実生活で役立つと感じたりする傾向が近年強まっている。高校では現在の学習指導要領で「総合的な探究の時間」が設けられ、「実社会や実生活と自己との関わりから」問いを見いだす取り組みが行われてきた。
高校生の学びが定期考査や受験だけを目的にするのではなく、社会課題や自らの将来との関連を深め、地域や企業で働く人々との出会いを通して新たな意味を獲得し始めているのだとすれば、そこには重要な示唆がある。学びが社会や未来とつながり「自分は何のために学ぶのか」を実感できた時、自ら学ぼうとする力が育ち始める。この視点に立てば子どもの教育は学校や家庭のみが抱える問題ではない。

子どもが「社会」を具体的に思い描く時、その中核にあるのは社会と接点のある職業生活であり、そこで働き生活を営む大人たちの姿だろう。それゆえ企業が教育から距離を置けば置くほど、子どもにとって社会は抽象的で遠い存在になり、「学ぶことが未来につながる」という実感も得にくくなる。
企業に期待されるのは知識や技能の伝達ではない。仕事の面白さや葛藤、失敗や挑戦、社会とのつながりを自らの経験を通して伝えることだ。エンジニアや研究者、デザイナー、営業職、起業家など多様な職業に携わる人々と出会うことは、子どもに具体的な未来を示すことになる。
高校での探究学習が成果を上げつつあるとすれば、それは高校生が社会と接点を持つことを通して、学びを現実の課題や将来と結びつけられるようになりつつあることを示しているのかもしれない・・・