教育の政治的中立性

2026年8月14日   岡本全勝

7月31日の朝日新聞オピニオン欄は、「「政治的中立」に潜む政治性」でした。
・・・沖縄・辺野古沖で平和学習中の生徒らが死亡した事故をめぐり、文部科学省が異例の「違法」認定を下した。「政治的中立」に反するとの判断だが、見落とされていることはないか・・・

手塚洋輔・大阪公立大学教授の「行政と現場、見解交わして」から。
・・・政治的中立は使い方や時期によっても異なり、たえず変化し、多義的です。
政権与党の考える中立、野党にとっての中立、教育現場にとっての中立と、それぞれの中身は違っていて、何が違反なのかは行政と教育現場の対話によって探り、「相場観」を作りあげるしかありません。
しかし、文部科学省の違法認定は、どう中立を判断するのかという枠組みを確立させないままであり、行政組織として拙速でした。自民党やメディアからの非難の高まりを回避するための判断だったようにみえます。学校側への聞き取りはしたものの、正式な見解が出る前に判断をし、対話を軽視してしまった。教員は、自ら省みる能力と責任を持つ専門家集団であり、その「自律性」をまずは重視すべきです。

もしも今回のことが辺野古でなかったら、政治的中立の問題ではなく、安全管理が中心に問われていたかもしれません。もしも当事者の学校法人が大学を運営していなければ、文科省ではなく、都道府県の私学担当部署に判断が委ねられていたと思います。森友学園で園児に教育勅語を暗唱させていたことなど、過去には政治的中立が問題視される事案がありましたが、文科省が是非を示すことはありませんでした。今回の判断は、様々な条件が重なった結果でもありました。

学校側の対応にも問題があったと思います。弁護士だけで第三者委員会を構成しましたが、民間企業の不祥事の対応ならば、それでいいのでしょうが、ここで問われているのは平和学習という正解が一つではない問いです。弁護士だけでなく、他校の教員や教育の専門家を入れるべきでした。
行政も学校も、教育の専門性に関する検証を放棄したことが問題で、今後の参考になりません。これは文科省と一学校法人だけの問題ではなく、広く教育に関わるからです・・・

教育基本法
(政治教育)
第十四条 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。
2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。