7月23日の時事ドットコムニュースが「高市首相のX、行政文書に当たらず 政府」を伝えていました。
・・・木原稔官房長官は23日の記者会見で、高市早苗首相のX(旧ツイッター)への投稿について、公文書管理法上の「行政文書」に当たらないとの認識を示した。「個人のアカウントによる投稿だ。内閣官房が運用しているわけではないので行政文書ではない」と述べた。
同法は行政文書を公文書と位置付け、整理や保存のルールを定めている。首相は「国民の情報収集手段としての重要性が高まっている」としてXを多用・・・
他方で、官房長官は「広報官のアカウントについては、彼は内閣官房の職員であり、その広報官が運用するものは、公文書、公のものである」と説明しているようです。
職員の発言は行政文書であり(保存され)、首相の発言は行政文書ではない(保存しない)という扱いでよいのでしょうか。行政文書の範囲をどのように決めるのかという問題ですが、何のために行政文書と位置づけるのでしょうか。「上司より部下の文書の方が重要」ではないですよね。
政治家が、自らの考えを発信することはよいことです。政府に入っている政治家、特に総理の考えは、国民が知りたいものです。総理も、それを承知で発信しておられるでしょう。「歴史に名を残す」「歴史の審判を受ける」ためにも、行政文書として保存すべきだと思うのですが。将来、伝記や自伝を書かれる際にも、重要な資料となるでしょう。