「頑張り報われぬ」剥奪感

2026年7月20日   岡本全勝

6月24日の朝日新聞オピニオン欄、木村忠正・立教大学社会学部教授へのインタビュー「生活者2.0 「頑張り報われぬ」剥奪感抱く多数派 ネットの罠が拍車」から。

・・・ 有権者は、どんな価値観や心理から政治家に一票を投じているのか。総選挙後に大規模なウェブ調査をした立教大学の木村忠正さんは、「まじめに頑張っても報われない」という多数派の思いがいま、政治を動かしていると分析する。投票行動を左右する有権者の心理から、日本社会の地殻変動が浮かび上がる・・・

―今年2月の衆院選の直後に実施したという調査で、何が浮かび上がりましたか。
「衆院選の翌日・翌々日に、全国の18~69歳を対象にウェブ調査をし、2千以上の回答を得ました。注目したのは、有権者が投票先を決めるとき、何が影響しているのか、です」
「興味深かったのは、年齢や性別といった属性よりも、『その人がどんな価値観を持ち、どう情報を扱い、どう社会から影響を受けるか』という道徳心理や情報行動が、投票行動に強くかかわっていたことでした」

―具体的に、どんな心理や価値観が影響していましたか。
「最も印象深かったのが、日本社会を覆う『相対的剥奪(はくだつ)感』の強さでした。どの政党を支持するかを問わず、『まじめに頑張る普通の人が報われない』という不満が一様に高かった」
「そして注目すべきは、この剥奪感の出口、つまり不満を向ける先が、政治的な立場によって異なっている点です。右派は矛先を少数者やマスコミに向ける一方、左派は『社会の不平等』や『再分配をしない体制』への抗議というかたちをとっています」

―そもそも、なぜ多くの人が「自分は報われていない」と感じているのでしょうか。
「その背景には、資本主義の歴史的な転換点があると考えています。第2次世界大戦後から1980年代頃まで続いた『黄金の例外期』の終焉です」

―黄金の例外期とは?
「主要先進国で、福祉資本主義が例外的に機能していた時期のことです。戦争による富の集積のリセット、教育水準の向上、多くの人を雇用する製造業中心の高度成長という条件がそろい、日本を含む各国で分厚い中間層が形成された。この頃はアメリカでも、中位4割が全体の6割の富を持っていました」
「この中間層の経済的安定を基盤に、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌といったマスメディアが国民国家の情報空間を形成しました。メディアが民主主義の基盤となり得たのは、この黄金の例外期のおかげです」
「しかし現在、富は一部の層に極端に偏在し、先進産業国における資産をみると上位10%が7割を得ている。経済学者のトマ・ピケティは、現在の富の集中は歴史的例外ではなく、資本主義の常態だと指摘します。分厚い中間層が成立していた時代こそが例外だったのです」

―この「中流の終わり」は、先の衆院選でどんな影響をもたらしたと考えますか。
「中道改革連合が惨敗したことが、その表れです。中道がスローガンとした『生活者ファースト』という言葉は、かつては均質な普通の日本人という実体を伴っていました。暗黙の前提として一億総中流の安定した生活があった時代には、生活者という概念が意味を持っていた」
「中道支持が比較的多かった60代以上は、製造業中心の産業構造、終身雇用、安定した社会保障といったシステムの恩恵を肌身で知る人々です。しかし、90年代以降に成人した就職氷河期世代やデジタルネイティブにとっては、『普通の日本人』と言われても、リアリティーのない神話のような世界でしょう。この現実を直視せずに『昭和の夢』を語っても、響かない」