6月10日の読売新聞に「ケアラー支援のあり方は」が載っていました。ところで近年できた「ケアラー」という名称、もう少しわかりやすい日本語、その人たちの苦労を表す表現はありませんかね。
・・・高齢者や障害者、病気、ひきこもり状態の家族らを日常的に世話している人(ケアラー)たちへの支援を求める声が高まっている。少子高齢化の進展で家族を取り巻く環境が変わり、孤立したり、困窮したりするケースがあるためだ。求められる支援のあり方について、専門家3人に聞いた・・・
田村憲久・自民党ケアラー議員連盟会長の発言
・・・この数十年間で人口構成や社会構造が激しく変化した。今後も変化が続くことが予想されているにもかかわらず、日本独特の家族観や社会的な価値観を背景に「介護は家族がするものだ」という考え方が残っている。
高齢者の介護だけではない。障害のある人や心身に不調を抱えている人の家族が、「ほかに世話をする人がいないから」と、働きたくても働くことができずに世話に専念しているケースがある。子どもや若者がケアを担っていることも少なくない。
家族がケアをしなくていいと言っているわけでは決してない。私たちは今、家族だけでケアを完結することができない時代を生きている。そうした認識を社会に広げて、ケアラーの皆さんが健康を損ねることなく、自分らしい生活を送れるように、環境を整えていきたいという思いがある。
私が会長を務めている自民党ケアラー議員連盟は、全国の当事者たちの声を聞く窓口だ。その声を「見える化」して、国の政策に反映させる役割がある。24年に改正された「子ども・若者育成支援推進法」では、国や自治体にヤングケアラー支援を努力義務として求めている。適切な支援につなぐため、議連では、学校で状況を把握するための調査を定期的に行うように国に働きかけた。
今後は、大人のケアラーについても実態を把握するための調査を行い、課題を「見える化」する必要があるだろう・・・
・・・高齢者や障害者を介護する人、ヤングケアラーなどへの支援は、各省庁で徐々に整えられてきている。しかし、まだまだ不十分だ。内閣府にケアラー支援の所管を一元化することも一案だろう。ケアラーを支える法律を作ったり、政府として「骨太の方針」にケアラー支援の強化を盛り込んだりすることも考えられる・・・