コロナ禍にみる政治と専門家との関係

2026年5月22日   岡本全勝

5月17日の朝日新聞「コロナ5類から3年 いま考えるべきこと」「ワクチン開発や専門知、生かせる国へ」。
・・・新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の経験を踏まえ、いま何を考えるべきなのか。「創薬」と「政治と専門知」について、聞きました・・・

牧原出教授の発言「どれが最適解、決めるのは政治」から。
・・・コロナ禍は、政治と専門家の関係がどうあるべきか、という大きな課題を残しました。
感染拡大と医療逼迫が深刻化するなかで、東京五輪の開催の是非などをめぐり、政権と専門家の意見の対立が表面化する場面もありました。専門家が「前のめりだ」と指摘されることもありました。首相の記者会見では、同席した専門家が説明する場面が多かったため、専門家がコロナ対策を決めているかのように国民には映りました。
専門家は科学的な知見にもとづいて意見を述べる。それを採用するかどうかは政治が決める。採用しない場合は、その理由も含めて政治の側が説明する――。本来はこれが政治と専門家の関係のあり方でしょう。

感染対策と社会経済活動とどちらを重視するか。コロナ禍の後半では、医療・公衆衛生などの自然科学と、経済などの社会科学の専門家の間で意見を一つにまとめることが難しくなりました。
私自身は、別々に議論してそれぞれの「最適解」を出すやり方もあったと考えています。意見の違いを国民からも見えるようにし、最後は政治がどちらをとるか決める、というかたちです。

一方で、異なった分野の専門家と日常的に交流を深め、互いの考え方を理解することは重要だと思います。
いつ何が起きるのか、予測不能な時代です。パンデミックと大震災が同時に起きる「複合災害」も念頭に置かねばなりません。そのときに政治は、専門家のもつ「専門知(専門的知見)」を読み解く力が求められます。ポピュリズム(大衆迎合主義)では乗り切れないことは明らかで、こうした課題は、現在の高市政権にも向けられていると、私は考えます・・・