経営の専門家をつくる

10月16日の日経新聞経済教室、松田千恵子・東京都立大学教授「日本企業は経営のプロを生み出せるか」から。

・・・「適任者がいない」――。経営の重要なポジションの話になるほど、こうした悩みを聞くことが増える。人的資本経営が注目され、従業員のリスキリング(学び直し)の必要性が叫ばれるが、日本企業における最も深刻な人材問題のひとつは経営者の側にある。
その結果、大胆なリスクテイクを伴う未来への投資が進まず、経済成長もままならない現実が生まれているのではないか。少なくとも、コーポレートガバナンス(企業統治)の観点から見た場合、日本企業が解決すべき人材問題は「高度経営人材の不足」に尽きるようにみえる。

この悩みは、指名委員会の活動において端的に表れる。そもそも指名委員会自体が実効性不足だ。独立取締役に権力の源泉たる人事権を全て奪われるといった誤解もまん延している。
経営者の選解任や後継者計画はもちろん、その資質や選抜、育成などの議論は人事部任せにはできない。それにもかかわらず、内向きの論理に固執し、真摯な議論の場が形成されないことで、「高度経営人材の不足」という問題は深刻となってきた。
この風潮には変化の兆しもみられる。指名委員会の実態を調査した筆者の共同研究によれば、トップ企業群では外部の視点も採り入れ、時間をかけて経営人材について議論するようになっている。議論の内容も、最高経営責任者(CEO)のみならず、取締役やCxO、執行役員やさらには本部長まで広範囲に及ぶこともあり、長期的な視点で経営体制を検討している。こうした議論の場はこれからの経営には不可欠である。
ただし、まだ課題もある。外部人材も含めて検討しようという動きはみられるものの、現在の経営人材プールのほとんどは、相変わらず内部登用者が占めていることだ・・・

・・・我が国企業における人的資本投資の割合は低いといわれる。最近では選抜型の経営幹部研修や役員向けコーチングなども増えてきたが、取り組みは緒に就いたばかりである。
経営の基本を学ぶ経営学修士号(MBA)など高等教育も活用されてこなかった。時価総額上位100社のCEOにおける大学院修了(修士・博士)の割合は米国が67%であるのに対し、日本では15.3%に過ぎない(文部科学省の資料)。経営はアートとクラフトとサイエンスから成るといわれるが、体系的な知識に基づく「サイエンス」の視点で学ばれることはほぼ無いということだ。
実際、日本企業が経営人材育成施策として高等教育を挙げる割合はわずか5%で、最も多く挙げられるのは「修羅場体験」(53%)だ(図表に示した調査)。これも重要だが、この言葉自体が、やや思考停止用語に近くなってはいまいか。成熟経済下での大企業では本当に修羅場といえる機会自体が少なく、その程度や範囲も限られがちだ。これまでの卓越した経営者における修羅場体験の成果は、個人の努力と終身雇用を前提とした人事異動による「偶然」に委ねられていた。引き続きその幸運だけに依存するのは難しかろう・・・
この項続く。