9月7日の朝日新聞「長期政権からの宿題」、濱口桂一郎さんの「同一労働同一賃金」から。
――パートや有期契約、派遣といった非正社員は雇われて働く人のうち約4割。安倍政権は「1億総活躍プラン」の一環として、非正社員の待遇改善をめざして「同一労働同一賃金」を打ち出しました。当時の政権の姿勢をどう見ましたか。
一般的に労働組合団体からの支持を受けない自民党政権にもかかわらず、正社員と非正社員の格差問題を解決するというメッセージを社会に出した。これは残業時間の規制や最低賃金の引き上げなどとも相まって、政治的にとても大きな意味がありました。しかし、その結果は、大山鳴動したものの、ネズミが2匹、3匹出てきたような印象です。
――どういうことですか。
欧米諸国で言われている同一労働同一賃金の考え方に照らすと、その実現には、長年続いてきた日本の賃金の決まり方を根本からひっくり返す必要がある。ただ、実際にはそうはなりませんでした。
――欧米諸国での賃金と何が違うのでしょう。
賃金を値札に例えてみます。ある仕事で求められる内容(職務)をイスと考えたとき、欧米の場合はイスの値札がベースです。イスに座る人の経験や能力は、あくまでも加味されるものにすぎません。
日本では、主に正社員の場合、値札は人に貼ってあります。年功制や、部署の配置転換による経験によって賃金が決まるためです。これが基本で、大変なイスに座ったときの職務手当は、加味されるものです。
――ベースが違うわけですね。では、日本の非正社員はどうでしょうか。
日本の非正社員は多くの場合、年功制や配転のない制度のもとで働くため、値札はイスについています。ただ、欧米のように様々な値札のイスが用意されているわけではなく、専門職以外の多くは「その他のイス」としてくくられてしまっていて、その水準は最低賃金+αにとどまります。
――その状況下では、欧米のような同一労働同一賃金の実現は難しいということでしょうか。
賃金がイスの値札なら、同一の労働で同一の賃金かどうかを比べやすい。しかし日本のように、正社員と非正社員で賃金の決まり方が異なり、さらに月給と時給という違いもあると、比較は難しい。
つまり同一労働同一賃金を実現するには、論理的には、正社員も含めて賃金の基本をイスの値札にするか、非正社員にも年功制や配置転換を適用するかという話になります。しかし現実には、マジョリティーである正社員や企業には受け入れられにくい話です。