連載「公共を創る」第265回

2026年7月16日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第265回「これまでの議論ー成熟社会での不安」が発行されました。
前回から、現在の社会の不安と課題を説明しています。日本は豊かで便利な、そして自由で平等な社会を実現したのですが、それで幸せな社会が実現したのではありませんでした。
自由は責任も連れてきました。幾つもの選択肢の中から選ぶことができるということは、何を選ぶかを自分で決めなければならないということです。「親が決めたから」という言い訳はできません。そして、競争に参加する必要があります。そこでは努力をしなければなりません。競争での敗北は自己責任です。人生の選択と言った大きなものだけでなく、今日何を着ていくかというような、日々の暮らしにもそれはあります。

自由は孤独も連れてきました。近代の目標の一つは、身分、家、ムラ、宗教などの伝統的束縛から人を解放することでした。ところが、それらの拘束から解放されると、人はバラバラな個人となります。帰属する集団、頼るべきところがなくなり、孤立することになったのです。
平成時代に一人暮らしが増え、「おひとりさま」という言葉が生まれました。それは、煩わしさが減る反面、助けてくれる人が少なくなるということでもあります。

豊かさを達成した日本は、新しい不安に覆われているように見えるだけでなく、そもそも元気がないという問題を抱えています。それは、平成以降の長期停滞の原因であり、結果であるのかも知れません。 昭和後期には、憧れを求めて、国民は努力しました。その意識と努力が、昭和の発展を支えました。成長を達成すると、憧れがなくなり、それに代わる憧れが見つかりません。憧れていたものを手に入れたこと、さらには手に入れたものがこんなものだったかと気付いたことで、達成の喜びも次の目標に向かう活力も低下してしまったのでしょう。

近代社会を発展させた三つの仕組み(科学技術、市場経済、民主主義)と、進歩という思想が輝きを失い、批判の対象になりました。