連載「公共を創る」第264回

2026年7月9日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第264回「これまでの議論ー成熟社会での行政の難しさ」が発行されました。

ここまで、昭和の変化に続いて、平成の変化を経済、行政、地域、暮らしの四つの場面で振り返ってきました。昭和の変化が、物が増え便利になるという「豊かになる革命」だったとすると、平成の変化は、長期停滞とともに、「社会の不安の顕在化」と「生き方の革命」「改革の時代」でした。
社会の不安とは、一人暮らしが増え、自殺者、不登校、引きこもり、心の不調、家庭内暴力、孤独死などが顕在化したことです。生き方の革命は、男女平等の実質化と働き方改革です。改革の時代とは、省庁改革や地方分権改革、規制改革などに取り組んだことです。

人類は誕生以来、三つの大きな「敵」と闘ってきました。飢餓と貧困、病と死、戦争と暴力です。我が国は、これらの敵に勝ちました。そのような生存に関わる「敵」のほかに、人類には、社会における理不尽な制約がありました。支配者への隷属、身分や経済の不平等などです。これらについても、歴史上初めて隷属や束縛から解放され、自由と平等を実現したと言えるでしょう。社会保障制度や、各種の行政サービスも充実しました。そして治安もよく、街も清潔です。人類が始まって以来、どの時代のどの地域でも手に入らなかったような幸せな暮らしを、世界に先駆けて日本は手に入れたと言えます。

ところがその後、社会の不安が広がっています。その原因は景気変動といったものではなく、日本社会が大きな転換期にあるからだというのが私の主張です。行政の前提となっている社会の実態が大きく変化しているのに、国民の意識や社会の仕組みが、さらに行政側の対応が十分に追い付いていないのです。
貧しい時代では新しい物を手に入れることが喜びでした。ところが、欲しい物を手に入れると、物を手に入れることの喜びは漸減していきます。豊かさを達成すると、それ以上物が増えても、満足できなくなるのです。
国民の満足も単純ではありません。国民は物の豊かさより、精神的豊かさや生活の質を重視するようになります。労働時間や家事の時間が減り、自由に使える時間が増えました。その時間を使って、何をするのか。それを本人が考え、選ばなければなりません。それらの喜びは、選ぶだけでは達成されません。選んだものについて、各人が努力しなければ喜びをもたらさないのです。