2月18日の日経新聞経済教室、神田秀樹・東京大学名誉教授の「企業統治指針、改訂で産業構造の転換を後押し」から。
・・・日本ではバブル崩壊後に企業が設備投資の抑制や負債圧縮の姿勢を強めた。日銀の資金循環統計によれば民間企業部門は1998年から資金余剰に転じて今日に至っている。金融セクターが成長資金を出そうとしても、貸出先のビジネスがないという状況である。
日本で主にお金を使っているのは低金利下で積極的な財政出動を続ける政府部門であり、家計の預貯金が政府の赤字を埋めてきた。本来であれば企業の投資が景気をけん引し、賃上げによる家計の消費拡大が企業のさらなる投資を支えるという好循環が望ましいが、そうはなっていない。
日本の経済と金融は「悪い均衡状態」に陥っている。経済がジリ貧なのに危機感に乏しいのが最大の問題である。バブル期の不良債権処理ばかりにまい進し、新産業の創出を怠ってきたことのツケが、いま生じているのである。こうした悪い均衡から脱出するには、まずは新たな産業を生み出す必要がある。
米国ではIT大手の「GAFAM」が経済成長をけん引した。日本の強みがものづくりだとすれば、そうした分野でもっとイノベーションを起こす必要がある。日本は今こそ生産性を高める技術開発などにより、新しい産業構造へと転換しなければならない。
そのためには、強いリーダーシップを発揮する経営者が日本にもっと生まれてほしい。2025年4月末に経済産業省が公表した「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」は、こうした産業構造の転換を目指して各企業の取締役会の機能強化を提言するものである。筆者は研究会の座長として策定に関わった。
この原則では、企業の「稼ぐ力」強化に向けて経営陣が自社の競争優位性を伴った価値創造ストーリーを構築し、実現のために事業ポートフォリオの組み替えや成長投資に取り組むなど、適切なリスクテイクを行うよう取締役会が後押しすることを提言している。
また、経営陣が短期的な成果にとらわれて中長期的な成長を犠牲にしていないか確認することや、取締役会がマイクロマネジメントに陥らないよう留意することなども求めている。
米国では経営者がリスクテイクに走り、取締役会はそれをけん制するという役割を果たす。日本では経営者が適切なリスクを取らないので、取締役会が経営者のリスクテイクを後押ししようというのが提言の狙いである。
日本では長年「貯蓄から投資」への転換の必要性が叫ばれ続けてきた。近年の少額投資非課税制度(NISA)導入や株式市場の活況により変化の兆しがみられるものの、依然として個人金融資産2200兆円の約半分が預貯金である。
少子高齢化に伴う急速な人口減少や巨額の政府債務といった構造的な問題にも、本格的な対応ができていない。むしろ状況は悪化し、危機的な状況にある。
日本が30年間続いたデフレ経済から脱しようとしている今こそ、産業構造の転換を実現するため、企業は大きく変化しなければならない。今回の企業統治指針の改訂も、それを後押しするような内容になることを期待している・・・