キリ番の4444444が近づいてきました。
その番号をご覧になった方は、画像とともにお知らせください。
かつては、拙著を贈呈していたのですが、最近は本を出していないので、どうしましょうかね。
「4000000番の場合」
年別アーカイブ:2025年
技能を身につける4
「技能を身につける3」の続きです。
若手官僚や社員が悩む「これで技能が身につくのか」について書いています。
ところで、このような悩みとはほぼ無縁の職種があります。医者、看護師、介護士、保育士、弁護士、公認会計士などの専門職です。美容師、庭師、大工などの専門職もあります。
彼ら彼女らは、大学時代に、あるいは見習いとして経験を積み、その職に必要な技能を身につけます。また、理科系を卒業した人たちは、機械、電子、科学、生物と、学んだことを生かせる関係ある職を選ぶことも多いでしょう。
他方で、ここで議論している人たちは、就職してから技能を身につけることで悩んでいます。たぶん多くは、文化系の学科を卒業して「教養」は身につけていても、職場で活かせる技能を身につけていないのでしょう。ここに、大学教育と会社が求める人材とのずれが顕在化します。
かつての日本の労働慣行は、大学でどのような専門知識を身につけたかを問わずに採用し、職場で鍛えるというものでした。大卒が一部のエリートだった時代は、それで良かったのでしょう。しかし、大学進学率が5割を超えると、この仕組みは不効率になりました。
教養も重要ですが、事務の職場では、複式簿記の知識、挨拶や事務文書の書き方の方が役に立つでしょう。
「どのような技能が必要かは転職する先によって異なる」と書きましたが、それは就職する際にも言えます。これまでの日本の職場慣行は、新卒は職業能力については白地で採用され、会社で訓練を受け、会社の都合で配属されるというものでした。それは。会社に職業人生を全て任せるということです。
会社に任せられなくなった、転職が可能となった時代には、適合しなくなりました。自分の職業人生を、会社に委ねるのか、自ら切り開くのか。その違いでもあります。
千枚の服を捨てたら
2月18日の読売新聞に「1000枚の服 手放して気づいた! 心地よさ=自分のスタイル」が載っていました。原文をお読みください。
・・・ファッション誌編集者の昼田祥子さん(44)は、3年かけて1000着の服を手放した。過程をつづった著書「1000枚の服を捨てたら、人生がすごい勢いで動き出した話」(講談社)は、日々の装いに悩む女性から支持を集める。流行を伝え、消費意欲を促す側の人が、なぜ、どのようにして服を手放したのか?
昼田さんは、20年超の経験を持つベテラン編集者だ。30代半ばまで「同じ服を週2回着るなんてあり得ないと思っていた」。3~4畳のウォークインクローゼットに収まらない服が、隣室のラックにも並んでいたという。
手放し始めたきっかけは、興味本位で使ってみたフリマアプリだ。ブランドの高価な限定品より、使いかけのマニキュアが売れた。「これまで編集者として訴えてきたことが通じないことに、価値観が一気に崩れた」と振り返る。
その後3年かけて1000着近くあった服を50着まで減らした。当初、編集者はおしゃれであるべきだとの思いから整理が進まなかったが、そのうち、服を買い続けてきたのは、自分を大きく見せたいという自信のなさの表れだったと気づいた。「そんなの必要? 何を着ても私は私」
では、どのように手放していったのか。
まず、装うことに対する自分の思いに誠実に向き合った。気づいたのが、「毎朝、コーディネートを考えることに苦痛を感じていた」という事実。気負わず安心できる、心地よい服を身に着けていたい。そんな本心に従って、毎日シャツとパンツで過ごすことにした。おしゃれでも不便なポケットのないパンツや汚れが目立ちやすいブラウス、肌がチクチクするセーターなどを思い切って整理した。
すると、身支度の時間は大幅に短縮されたのに、「スタイルがあるね」と言われるように。「スタイルは作り込むものではない。その人らしさが表れているか、記憶に残るかということ」と話す。
「他人の視点」は不要だ。「大事なのは、どう見られたいかではなく、どうありたいか」と言う・・・
国民の義務
国民の義務を果たしました。所得税の確定申告です。給料のほかに講演料や原稿料があるので、若いときから確定申告が必要でした。
インターネットの画面で入力できるようになって、便利になりました。かつては、一件ずつ、支払者の住所と名前、支払金額、源泉徴収額、必要経費(交通費も入っている場合があるので)を、用紙に書きだす必要がありました。今は、画面に入力します。
その前に、溜まった支払い調書を、整理する必要があります。出版社や主催者から調書が届くたびに、半封筒に入れておきます。それを引っ張り出して整理しましす。これに時間がかかります。
基礎数値を入力すると、画面上ですべて計算してくれます。よって、卓上計算機が不要になりました。他方で、かつては税率表を見て「これだけの税率が適用されるのだ」と理解していたのですが、適用される税率も知らないうちに税額が出てきます。税負担の「感覚」「手作り感」が薄くなったような気がします。もっとも、追加で納める税金の重さは実感します。
コンサルタントの有用性とは
2月7日の朝日新聞オピニオン欄は「コンサル頼み?」でした。
・・・今や人気就職先にもなったコンサルティング業界。企業経営を助けるプロというイメージの一方、玉石混交ぶりや「コンサル頼み」の弊害も指摘される。あなたの会社は、大丈夫?・・・
堀紘一さんの「成長には、目的と覚悟必要」から。
・・・コンサルタントがエリート大学生の人気職種だと聞き、隔世の感を抱きます。日本企業は自前主義で、経営の根幹に関わることを外に相談するなどという発想は希薄でした。
今やコンサル業界は百花繚乱です。かつては経営戦略を立案する戦略系が中心でしたが、2000年代後半以降は、ITシステムの開発・運用も支援する総合系、会計系の会社が規模を追い始め、多くの社員を抱えるようになります。
コンサルタントは一流の経営大学院を卒業した精鋭が就き、それでも7年後には2割以下しか生き残れない厳しい世界でした。企業も、社運をかけてコンサルを雇っていた。
今は全体的にビジネスモデルが戦略策定型から業務請負型へとシフトし、競争激化で価格破壊も起き、企業も気軽にコンサルを使う時代になりました。裾野が広がったことで、残念ながら質の低下は否めません。
やたらコストカットや人員削減を求める、理論を振り回す、教え諭すのがコンサルだと勘違いしている――こうした能力不足のコンサルによって、かえって会社が方向性を見失い、組織がガタガタになる事態が起きています。
これには企業側の問題もある。ある経営者に「あなたに頼むと、我が社にどんなメリットがあるの?」と聞かれて脱力したことがあります。コンサルに頼むからには、明確な目的がなければならない。そこが不明なのに安易に頼むのは失敗の元です。もちろんコンサルは万能ではありません。でも本来の価値と力を持つコンサルティングを受ければ、会社は大きく成長する可能性がある。それは経費ではなく投資です。
私の経験では、企業が自ら認識している問題が「真の問題」だったことはほとんどありません。営業力が弱い、と相談を受けて調べてみると、採用や人事に大きな問題が潜んでいる、といった具合に。
そして日本では、変革に最も有効だが痛みも伴うA案、効果は少ないが受け入れやすいC案、その折衷のB案を示すと、9割近くの企業が無難なC案を選びます。これでは、コンサルを頼む意味はない。使う方にも覚悟がいるのです・・・