年別アーカイブ:2025年

大リーグ、選手の自主性

2025年3月25日   岡本全勝

3月18日の朝日新聞夕刊、大宮慎次朗記者の「選手に大きな裁量 大リーグ、驚きのキャンプ」から。

・・・2月中旬、強い日差しが照りつける米アリゾナ州グレンデールで、大リーグ・ドジャースの春季キャンプを初めて取材した。本場のキャンプ事情に驚かされる毎日だった・・・

・・・開幕に向けた準備の進め方も日米で異なる。
日本の春季キャンプは2月1日、沖縄や宮崎で12球団が一斉にスタートを切る。体力づくりを含めた基礎練習に約2週間を充ててからオープン戦を迎える。
一方、大リーグのキャンプインは30球団でばらばら。今年のドジャースは全体集合の5日後にはオープン戦の初戦に臨んだ。
全体練習の時間は短い。ある日の投手組は午前9時過ぎにクラブハウスに集まった。ミーティングやストレッチを終え、実際に体を動かすのはブルペン投球や守備練習の1時間ほど。調整方法は選手に任されており、正午にはほとんどの選手の姿が見えなくなった。
昼食をまたいで練習を続けるチームが珍しくない日本とは対照的。メジャー初のキャンプだった佐々木が「初めての経験ばかり。慣れないことがすごく多い」と困惑するのも無理はなかった。

日米のさまざまな違いが目に付いた取材の中でも、不変の真理を感じた瞬間があった。
今季外野手から遊撃手に転向するムーキー・ベッツは、野手組の集合日前から精力的に内野ノックを受けていた。2季ぶりの投手復帰をめざす大谷は1週間ほど早く現地入りし、調整を重ねていた。
2人はともにリーグの最優秀選手(MVP)の受賞経験者だ。何が必要かを考え、主体的に動く。成功に欠かせない姿勢を見た・・・

内閣官房が持つ法律

2025年3月24日   岡本全勝

私が省庁改革本部に勤務した時(1998年~2001年)、国家行政組織を勉強しました。内閣の事務は各省庁が分担すること(分担管理原則)といった原則や、各省庁の内部組織や職員といった実情です。知らないことが多かったですが、知られていないことも多かったです。
その一つが、内閣官房でした。各省庁についてはそれなりに書かれたものがあり、仕事も見えましたが、内閣官房がどのようなものか、また首相官邸がどうなっているのかは、書かれたものはなかったです。

その時知ったことの一つに、原則として内閣官房は実施事務を持たず、各府省に担わせることでした。私が内閣府官房審議官の時に内閣官房審議官の併任を受け、再チャレンジ政策を担当しました。その際も、よく似た名前の辞令を内閣官房と内閣府からもらいました。首相の指示を受け、内閣官房で再チャレンジ政策を考えるのですが、実施事務は内閣府が行いました。なので、内閣官房は作用法を持っていなかったのです。

省庁改革で、総理の法案提出権を明確にしたこともあり、内閣官房が法律を持つケースは増えてきました。内閣官房のホームページを見ると、所管法律が載っていますが、結構な数になっています。
問題は、他の府省と異なり、さまざまな分野の政策を抱えているので、政策体系を作ることができません。この全体像をわかる人はいないでしょう。何らかの対策を打たないと、さらに膨張して、わかりにくくなると思います。

尾身茂さん、専門家への非難

2025年3月24日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」、尾身茂さんの第6回(3月6日)「前のめり」から。今回も、貴重な記録です。

・・・私たち専門家の役割はあくまで感染状況の分析と採るべき対策についての提言で、対策の最終決定は政府の役割である。
しかし、私自身、首相の記者会見への同席を要請されるなど、情報発信において前面に出ざるを得ない状況が続いた。「専門家がなんでも決めている」という印象を与えてしまったようだ。
緊急事態宣言は海外におけるロックダウン(都市封鎖)とは違い罰則など法的拘束力はなかった。人々の間で未知のウイルスへの不安感が共有され、人と人との接触が大幅に減り、感染拡大による医療逼迫も短期間で収まった。
半面、経済活動や社会生活への負の影響もみられた。私の元には殺害を予告する脅迫状が届くようになった。
「ルビコン川」を渡った時点で何らかの批判を受けることを覚悟はしていたが、まさか命を脅かされるとまでは思いもしなかった・・・

・・・新型コロナの流行はしばらく続く。しかも長期戦になるだろう。5月25日の緊急事態宣言の解除を機に私たちは「前のめり」という指摘を踏まえ、第1波の対策の何がうまくいき、どこが問題だったかを検証する必要性を感じた。
「卒業論文」と称した検証の原案の冒頭には「我が国では危機管理体制が十分でない」との一文を盛り込んだ。するとこの文言が政府批判と受け止められたようだ。専門家会議として発信したかったが、厚生労働省や内閣官房から了解は得られなかった。

6月24日午後、専門家会議構成員一同という形で公表した。厚労省の記者会見室を使うことはできず、日本記者クラブでの会見となった。文言も「我が国では危機管理を重要視する文化が醸成されてこなかった」に変えた。
会見も終盤にさしかかったころ、記者から突如、こんな質問が飛んできた。「たった今、西村(康稔)担当相が記者会見で専門家会議を廃止すると発言しました。ご存じですか」
私はとっさに「知らなかった」と答えた。同じ日の同じ時間帯に会見を開き発表するとは正直、驚いた。
2つの会見がたまたま重なったか、否か。私にはわからない。3月以降、大臣とは毎日のように顔を合わせてきた。人柄からして意図的にそうしたとは思えなかった・・・

復興庁時代、記念の絵1

2025年3月23日   岡本全勝

先日、資料を整理していて(発掘された書類)、「あったー」と叫んでしまいました。探してた絵が、いくつか出てきたのです。復興庁時代に、職員が描いてくれた絵です。被災者生活支援本部事務局時代の絵は、「被災者生活支援本部、勤務姿の記念」に残してありました。その他にも、面白い絵があったのです。(写真もあります、「被災者生活支援本部事務局の様子」「復興対策本部事務局の様子」)

まずは、執務室の扉に貼ってあった絵です。職員が入りやすいように、いつも扉を開け放していたのですが、話題によっては扉を閉めることもありました。その際に、入りたい職員に向けての「標識」を扉に貼ってくれたのです。最初のは、今はだめだから後にしてくださいという標識です。次は、どんどん入ってきてくださいという標識です。「閉めてあっても、急ぎなら入ってきて良いよ」という標識でした。それぞれ右下に「肝」の印があります。

 

尾身茂さん、科学的厳密性と政治

2025年3月23日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」、尾身茂さんの第5回(3月5日)「緊急事態宣言」から。

・・・「第1波」が収束する見通しは一向にたたない。2020年3月末から、クラスター対策を率いてきた押谷仁さん、西浦博さん、脇田隆字さん、そして私は毎日のように新型コロナ対策を担う西村康稔経済財政・再生相と大臣室で約1時間、緊急事態宣言発出に向けて話し合いをしてきた。
本再生産数というウイルスがもつ感染力から西浦さんが試算したところ、現状のままだと1日の感染者数が5000人を超え、さらに増加するという。欧米に近い外出制限をしなければ、もはやオーバーシュート(爆発的な患者の増加)は避けられないとのことだった。
一方で人と人との接触を8割減らせば、約4週間で感染は落ち着き、再びクラスター対策が有効になるとの結果も導いていた。

4月6日午後、私は西村氏とともに首相官邸を訪れ、安倍晋三首相と面会した。世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長時代に一度、フィリピンのマニラにある日本大使館でお会いしたことがあったが、首相としては初めてであった。
「明日、緊急事態宣言を出さざるを得ません」と私は切り出した。続けて「人と人との接触を8割減らさなければ、短期間での収束は難しいと思います」と述べた。
すると首相は「8割は厳しい。何とかなりませんかね」と即座に返してきた。政治家の直感として「8割削減」だと経済活動や国民生活への影響が大きすぎると判断したのだろう。

その夜、首相の意向を西浦さんに伝えた。私自身、数理モデルを基にした西浦さんの提言は画期的であると考えていた。が同時に、人と人との接触をできるだけ避けることが急務であって、8割という数字に厳密にこだわる必要はないと考えていた。
7日午前、7都府県に対し緊急事態宣言を発出するために政府が専門家に諮る「基本的対処方針等諮問委員会」が開かれた。会長の私は「最低7割、極力8割の接触機会削減」を落としどころとして提案、了承してもらった・・・

・・・国内初となった緊急事態宣言は、発出する以上にどう解除するかが困難を極めた・・・
・・・そもそも5月4日に開かれた会議で「ある程度定量的な解除基準の目安」をなるべく早く示すことが合意されていた。目安がなければ決定が恣意的になる。しかし、疫学専門家は厳密なエビデンスがない、無理だと主張。最後はこの分野の責任者、鈴木基さんにクラスター対策が再開可能な感染レベルをなんとか数値化してもらった。
パンデミック(世界的大流行)初期において得られるデータは限られる。厳密な科学的根拠に基づき提案するのがベストだが、完璧さを求めては時間がまってくれない。
「ここは学会ではない。政府に助言するための組織だ。限られたエビデンスの中で意見や判断を述べるのが専門家の役割ではないか」。私は何度となくこの点を強調せざるを得なかった・・・