月別アーカイブ:2025年7月

日本の行政の国際化

2025年7月16日   岡本全勝

砂原庸介教授「行政学の国際化」」の続きです。それに触発されて、次のようなことを考えました。

連載している「公共を創る」は、昭和末から令和までの間に、官僚が高い評価から落ちる過程を、一官僚の目から考えているものです。一言で言うと、「追いつき形の行政が大成功だった。ところが、目的を達成して、次の目標を見つけていない」ということです。
そこでは、歴史的(時間の経過、社会の変化)に説明していますが、国際的な視点は十分には書けていません。私にそれだけの知見がないからです。
先進国は、お手本がない状態で、社会の課題を解決してきました。日本の行政は、その「態度」や「仕組み」を輸入しなかったのです。そして、先進国と「同じ土俵」に乗りませんでした。

それは、日本の行政学にも当てはまるでしょう。先進国の行政や行政理論を輸入したのですが、国際的な行政学(学界)には参加しなかったようです。輸入が主な仕事だったので、輸出をしませんでした。昨年秋に、日本の行政を英語で紹介する『Public Administration in Japan 』が発刊されましたが、1983年以来のことだそうです。
また、輸入に偏ったことで、日本の行政と行政機構の批判的分析もおろそかになったようです。砂原教授の「ブラック霞ヶ関」問題も、行政学者による取り上げは少ないようです。

国際協力機構(JICA)の依頼で、発展途上国政府幹部に日本の発展を話す機会が増えてきました。「なんで私が?」と思いましたが、適当な学者も、官僚も、書物もありません。ここでも指摘できるのは、日本の行政は先進国を見ていて、後発国を見ていなかったのです。日本の発展を教えることで、もっと後発国に貢献できたと思うのですが。
「日本の行政と官僚は世界一」なんてことを自慢していて、官僚も学者も「夜郎自大」に陥っていたのですね。

円高恐怖症の歴史

2025年7月16日   岡本全勝

6月28日の日経新聞に、「戦後80年 バブルと円」「「円高恐怖症」乗り越える」が載っていました。ついている図表とともに、わかりやすい解説になっています。原文をお読みください。

・・・日本経済の道のりは繰り返される「円高恐怖症」への対応に追われ続けた歴史でもある。円安を「国是」とする輸出立国の呪縛から逃れられないまま、今に至る。戦後80年、次の危機の芽が見え隠れしてきた。

1949年4月25日。ここが本当の「戦後の始まり」かもしれない。品目ごとに異なっていた円の公定レートが1ドル=360円で統一された日だ。
以来、360円の固定レートは50年の朝鮮戦争の特需を経て高度成長を強力に支えたが、その後の苦難の源流ともなった。
終止符を打ったのが71年8月のニクソン・ショックだ。ベトナム戦争で疲弊した米国が一方的にドルと金の交換停止を通告し、急激な円高圧力がかかった。
ここで日本は円高恐怖症を発症する。日銀百年史によれば、「国民各層のほとんどが円切り上げアレルギーとでも称すべき状況」に陥った。同年12月のスミソニアン合意で固定レートを308円に切り上げたが、円高の奔流は止まらない。日本は73年2月、やむなく変動相場制へ移行する。
円高パニックは高インフレの種をばらまいた。政府も日銀も財政拡張と金融緩和に走り、そして狂乱物価へ。73年の第1次石油危機はきっかけにすぎない。
第2次石油危機に際し、日銀は教訓を生かして積極的な利上げに動く。労使は「賃上げよりも雇用維持」に転じ、企業は省エネ経営で競争力を高めた。だが危機を克服する日本経済の強さが新たな危機につながる。米国は経済停滞と物価高が併存するスタグフレーションが長引き、対外収支の不均衡が蓄積していった。

2度目の円高恐怖症は85年のプラザ合意後だ。米国は高金利政策のあおりのドル高の重荷や対外収支の悪化に耐えきれず、日米欧はドル高是正で足並みをそろえた。合意前、日銀は経済大国の自負から日本の課題を「わが国自身が最も恩恵を受けている自由貿易体制の崩壊を防ぐことにある」(85年5月の調査月報)と記したが、その余裕はすぐに崩れる。
円高不況に入り、日銀は86〜87年に5度にわたって金融緩和に動く。日米欧は87年のルーブル合意でドル安阻止に転じるも、円高パニックは消えなかった。
当時の宮沢喜一蔵相は「私の頭の中は急速な円高を何とか食い止めたいということでいっぱいだった」(私の履歴書、2006年)と明かした。日銀総裁だった澄田智氏も1984〜89年の任期を「為替に始まり、為替に終わった」(2000年のインタビュー)と振り返った。
狂乱物価の再来阻止を誓う日銀だが長期の金融緩和は代わりに狂乱株価と狂乱地価を生んだ。バブルだ。
西ドイツや英国が金融引き締めに動くなか、日本の利上げは1989年までずれ込む。

バブル崩壊と金融不安の末、ゼロインフレが定着し、円高も加速していく。日銀はゼロ金利政策や量的緩和など非伝統的な政策で試行錯誤する。財政も構造改革の試みは何度も挫折し、景気対策を重ねるうちに政府債務が膨張した。
円高のピークはリーマン危機後、東日本大震災が起きた2011年だ。円相場は10月末、1ドル=75円32銭と戦後最高値を記録した。日銀無策の大合唱は「最終兵器」を生み出す。
デフレ脱却を公約した第2次安倍晋三政権下で日銀総裁に指名された黒田東彦氏による「異次元緩和」だ。これまでの常識を覆す大規模緩和で、国債発行残高の半分を買い取った。当初目標とした2年で2%の物価上昇は果たせず、異次元緩和の解除にこぎつけたのは海外発のインフレ圧力が強まり、10年間に及ぶ黒田時代が終わったあとの24年のことだった・・・

霞が関、国会対応業務時間

2025年7月15日   岡本全勝

7月1日に、内閣人事局が、国会対応業務に関する調査結果を公表しました。詳しくは原文を見ていただくとして。
「最終の答弁作成着手可能時刻の平均」は18時32分、「全ての答弁作成が完了した時刻の平均は25時48分です。昨年までと、大きくは改善されていません。
質問が出そろうまで、多くの官僚は待機を余儀なくされます。そして、多くの官僚は質問が当たらず(空振りになり)、無駄な時間を過ごすのです。この調査結果は平均ですから、中にはもっと遅いものもあったはずです。

早期に退職する若手官僚や職場の現状に不満を持つ官僚の不満は次の三つでした。連載「公共を創る」第157回。
・ 生活と両立しない長時間労働がいつまで続くのか
・ 従事している仕事が国家・国民の役に立っているのか
・ この仕事で世間に通用する技能が身に付くのか

このような状況が変わらないと、官僚を目指す若者は少なく、採用されても早期に退職するでしょう。国権の最高機関において、このような事態が生じているのです。
国会議員たちは、どのように考えているのでしょうか。まずは、質問通告の遅かった議員名と質問概要を、公表することができませんかね。それに不満な議員は、理由を説明すれば良いでしょう。議員個人に責任がないなら、仕組みを変えてください。

新聞社の選挙報道

2025年7月15日   岡本全勝

6月30日の日経新聞に「有権者へ必要な情報を積極的に 選挙報道で本社指針」が載りました。
・・・日本経済新聞社は7月の参院選を前に、選挙報道に関する指針をつくりました。SNSの影響の大きさを踏まえ、より積極的に有権者が必要とする情報を発信すると確認しました。正確かつ公正な報道は民主主義の基盤です。選挙期間中か否かを問わず、届けるべき情報をお伝えします。
2024年にはSNSの影響が色濃く出た選挙が相次ぎました。兵庫県知事選や名古屋市長選、東京都知事選です。いずれも報道のあり方を考え直す契機になりました。
SNSが選挙に及ぼす力には長所と短所があります。個人が手軽に意見を表明し、世論を喚起できる点は間違いなく長所でしょう。一方で真偽が不明な情報が拡散し、それを判断材料に選挙結果が左右される場合は、民主主義が脅かされます。
後者の短所が表面化したのが兵庫県知事選でした。選挙後も県政の混乱は続き、報道機関には「十分な判断材料を提供しなかったのでは」との声が寄せられました。

私たちは事実を取材して確認し、伝えることが本分です。選挙の報道でも変わりません。それが不十分ならどうすべきかを指針で示しました。
3つのポイントがあります。まず、選挙期間中でも原則として通常の報道の判断基準に照らして方針を決めます。公職選挙法148条や過去の判例、日本新聞協会編集委員会の見解でも、選挙期間中の報道の自由は保障されています。その点を再確認し、積極的に大事な情報を届ける姿勢を明確にしました。
次に、報道の公正は「量」ではなく「質」で担保します。行数や文量、記事の大きさで政党や候補者の情報をそろえることは本質的な対応とはいえません。候補者の不祥事や問題発言も、有権者の判断に関わるなら丁寧に伝えます。
もう一つは、選挙の公正を害する行為は厳しく批判的に報じます。法に抵触する疑いがあったり、公序良俗に反したりする活動は、選挙期間中でも問題点を指摘して記事にします。真偽不明の情報が大きな影響を与えるなら、事実関係を検証する「ファクトチェック」などを実施して報道します。
一方でSNS空間では過激な発信で関心を集めて収益を得るような動きがあります。報道がそうした活動を助長しないかどうかも慎重に検討します。読者が求める報道機関の責務を果たせるよう、取り組んでいきます・・・

7月9日の朝日新聞には「選挙中も積極的に報道します 新聞各社、相次ぎ新指針発表」が載っていました。
・・・新聞各社の選挙の報じ方が変わりつつある。参院選前に相次いで選挙報道の指針を設けて「過度に公平性を重視せず、積極的に報じる」などと宣言。ファクトチェック体制を拡充する社もある。選挙中に候補者による選挙妨害事件が起きたり、SNS上で真偽ない交ぜの情報が錯綜したりした際に、「選挙の公正」を重視した結果、報道が十分ではなかった反省が背景にある。
全国紙では朝日、毎日、日経が5月以降選挙報道の指針を発表し、複数の地方紙も6月以降続いた。

朝日新聞は昨年12月に「選挙取材・報道に関するガイドライン」を作った。SNSが選挙結果に大きな影響を与えるようになったことや、昨年の兵庫県知事選に際して、読者からの「有権者に必要な情報が届いていない」との声を受けた。
このガイドラインを元に今年6月、新たにつくった「選挙報道の基本方針」では、選挙期間中も、選挙報道は基本的に自由だという原則を再確認。その上で、公平性に一定の配慮をしつつ、政党や候補者が誤情報を発信したり、問題行動をしたりした場合は積極的に報じるとした。
SNSで拡散した誤情報や真偽不明情報については、誤っているかや根拠がないかどうかなどを裏付け取材した上で報じるとした。こうした報道を強化するため、ファクトチェックに取り組む編集部も発足させた。
また、記者が誹謗中傷を受けた場合は法的措置を含めた相応の対応をとるとした・・・

砂原庸介教授「行政学の国際化」

2025年7月14日   岡本全勝

季刊『行政管理研究』2025年6月号に、砂原庸介・神戸大学教授の「日本の行政は他国の行政に学べるか―あるいは行政学の国際化」が載っています。私が常々思っていたことが、鮮明に書かれていました。霞ヶ関の官僚や行政学者には、ぜひ読んでもらいたい論考です。
少し紹介します。私の関心からなので、本論と外れているところもあるので、ご了承ください。

・・・翻って、現在の日本官僚制を見ると、喫緊の問題の象徴は「ブラック霞が関」という言葉であろう。政治主導のもとで官僚制は自律性を失い、政治的な調整に奔走して疲弊する状況である。批判されてきた権威性は薄れ、よく言えば民主的なコントロールが強まる一方で、グローバル化が進んで複雑さを増す社会状況に対応するための専門性が十分でないと考えられる。世界中で進んでいるデジタル化、とりわけ大量のデータを利用したAIの意思決定への活用、といった点でも、残念ながら後れを取っていると評価される。

誤解を恐れずに強い言葉を用いるなら、現状の日本官僚制の位置づけは戦後直後に近いところがあると考えるべきなのかもしれない。時代の変化の応じた組織の見直しや、個人のモチベーション・スキルの管理は行われず、デジタル技術を用いた効率化も十分とは言えない。公共サービスの水準が高いとすれば、個々の職員の過度な業務負担に依存しており、それが「ブラック」であるとして職業としての魅力が失われている。他国の良いやり方を見習いながら、組織の能力を上げて、効率的な行政を実施するための改革への要請が強まっていると考えられる・・・

・・・言うまでもなく、この問題は日本の行政学(者)にとっても他人事ではない。日本の行政が独自路線を歩むのと同じく、日本の行政学の研究蓄積も、世界的な行政学の文脈からは切り離されている。近年でこそ、日本で教育を受けてきた行政学研究者が英文トップジャーナルで論文を刊行することも出てきたが、国際的な存在感という点では、以前からアメリカ行政学の強い影響下にある韓国が有するそれとは比べるべくもない。他国の行政(学)の蓄積が、日本の行政学の中にも十分に受容されていないのだ。
それぞれの国に、それぞれ独自の行政や行政学があることには大きな意義がある。しかし、日本でも特権的なエリートが高い責任感を持って国家を運営するというスタイルは維持できず、いまや行政への民主的なコントロールは強すぎるくらいである。その中で、行政の改善を図っていくためには、多くの人を納得させるような、客観的なデータに基づいた根拠が求められる。そのような改善の経験を他国と共有し、自国の行政から得られた知見を他国に発信することは、行政の責任に含まれると言っても良いのではないだろうか。

行政学(者)もその責任を分有していることは否めないだろう。行政の活動を測定するためのデータをどのように収集するか、といったところから行政への関わることなしには遂行が難しい研究も少なくない。国際的な議論の文脈に接続しながら、日本官僚制の組織をどのように改善していくか――象徴的には「ブラック霞が関」にどう取り組むか――は、行政だけの課題だけでなく、行政学にも問われている課題なのである・・・