年別アーカイブ:2022年

自治体研修のあり方2

2022年10月12日   岡本全勝

自治体研修のあり方」の続きです。
「人材育成の重要性」を首長さんも幹部も発言されますが、多くの自治体でそれが実行されているようには思えません。問題は、予算削減による研修機会の削減と、適切な研修がなされていないことです。

前者については、企業以上に自治体の力は、職員の能力とやる気に左右されます。そして国に言われたことをしていれば良い時代が終わり、これまで以上に職員養成が重要なのです。
この20年間に研修予算をどれだけ増やしたか減らしたか、各自治体で調べてみてください。多くの自治体で、財政課は経費削減をしていると思います。その効果は直ちには現れないのですが、長期的に効いてきます。

後者については、専門分野の知識の研修はそれなりの内容が行われているようですが、人材育成や管理職研修は、教材も教師も不十分なようです。
本屋に並んでいるリーダーシップの教科書は、一般の公務員にほとんど役に立ちません。幹部などの経験談では、十分ではありません。成功した人の自慢話でなく、悩んでいる職員やうまくいかない職員への手当が必要なのです。
私が「明るい公務員講座」3部作を書いたのは、「公務員の教科書」がないので、それをつくろうとしたのです。「管理職の必須知識講座」も、そのような意図です。
国家公務員においても、十分ではありません「国家公務員のためのマネジメントテキスト」。市町村アカデミーも力を入れますが、内閣人事局と総務省公務員部に頑張ってもらわなければなりません。

中国の新幹線車両を埋める日本の油圧ショベル

2022年10月12日   岡本全勝

9月27日の朝日新聞夕刊「新幹線と日中半世紀5」は、「「大躍進」そしてあの事故」でした。
日本の技術移転を受けて発展した中国の新幹線。2011年7月に大事故を起こします。それも問題でしたが、その後始末がびっくりでした。事故を起こした先頭車両を、近くの畑に埋めてしまったのです。覚えておられる方も多いでしょう。

ここで紹介するのは、その際の写真です。車両を埋める作業をしている油圧ショベルが6台ほど写っています。手前から、日立、小松、住友、神戸製鋼の文字が読めます。当時は、中国で使われる重機が日本製だったのですね。まだ10年前の話です。

自治体研修のあり方

2022年10月11日   岡本全勝

専門誌『地方行政』の10月3日号に、高嶋直人・人事院公務研修所客員教授が「自治体研修はいかに在るべきか 現状の課題分析と基本認識」を書いておられます。自治体の人事、研修関係者には、ぜひ読んでいただきたいです。

企業と役所のマネジメントは異なる。ところが、自治体では職員研修を民間研修会社に委託する場合が多い、また自治体の研修所でも外部講師を使う場合が多い。それでは、成果が出ていないのではないかと、指摘しておられます。
公務員の経験も知識もない人からマネジメントを学ぶという、不思議なことが行われている。「野球のコーチにサッカー出身者がいない」と、たとえておられます。外国の公務員研修では、教える人も公務員が多いとのことです。日本には公務員出身の教育者が少ないとも、指摘しておられます(少ない例外として、私の名前を挙げていただきました)。

民間に学ぶべきことは多いが、まずは公務員に必要なことを学んだ上で、民間から学ぶべきだ。
定員削減によって、研修も外部委託された。しかし、それは研修実施のノウハウを奪い、研修担当者が入札担当者に変化してしまった。研修担当は職員育成の重要な役割もあるのに、自らの機会を削減している(これは、ほかの企画業務にも当てはまります)。
このような研修の外部委託による弊害を、いくつも指摘しておられます。ご指摘の通りです。
この項続く

情報は爆発しても、人が咀嚼できる量には限りがある

2022年10月11日   岡本全勝

9月24日の朝日新聞「はじまりを歩く」は、「日本初のホームページ」でした。今や誰もが利用する、しかも毎日何度も使うホームページですが、日本初は1992年だそうです。まだ30年なのですね。
私がこのホームページをつくったのが、20年前です。いろいろな組織のホームページを閲覧するだけでなく、素人でも簡単につくることができます。
記事に、次のような話が載っています。

膨大な情報の海から、どうすれば必要なものを効率よく見つけられるかも難題だ。05〜10年度に文部科学省の「情報爆発プロジェクト」という研究事業があった。世界中でやりとりされる情報の爆発的な増大にどう対応するかを多面的に研究した。
まとめ役だった喜連川優(きつれがわまさる)さん(67)はいま、東京都千代田区にある国立情報学研究所の所長を務める。
情報爆発に私たちはどう向き合えばいいのか。そう尋ねると、「それが分かれば苦労はありませんよ」と笑いながら、こう話してくれた。
「どれだけ情報が増えても、一人の人間が咀嚼できる量には限りがある。私たちは、より優れた検索の仕組みを開発しようとしています。情報の供給者も、話題のトピックについて様々な視点を整理し、分かりやすく伝えるキュレーション(情報の収集・整理)の役割がますます重要になるのではないでしょうか」

殿様は目黒でサンマを食べたか2

2022年10月10日   岡本全勝

殿様は目黒でサンマを食べたか」を読んだ読者から、次のような文献を教えてもらいました。
福島信一・元水産庁東北区水産研究所海洋部長による「東北海区サンマ漁業創始100年」(東北水研ニュース69号、平成17年1月~平成17年6月)です。江戸時代に、千葉県沖でサンマ漁がされていたようです。詳しくは原文を読んでいただくとして、関係ある部分を引用します。

わが国のサンマ漁業が,延宝年間(約330年前)に熊野灘に起こった事は,水産高校の教科書などにも見られる。河村瑞軒が西廻り,東廻り航路を開いた年代である。この頃,三陸では唐桑村鮪立(しびたて)の漁業者が,紀州の漁師から鰹釣漁を習い,普及に努めたので,漁獲量も桁違いに急増した。しかしサンマ漁業は,元禄年間(約310年前)に安房国に伝わり,伊豆地方にも普及したが,明治時代の末までは,千葉県以西の本州南岸各地先で営まれていた。カツオ釣漁のように,東北海区へ伝わらなかった主な要因は,当時の漁具・漁法と,サンマの回遊特性によるのである。

1912年(大正1)農商務省水産局発行の,日本水産捕採誌全によると,秋刀魚は東海にて多く漁獲し,関東ではサンマ,関西ではサイラと称し,安房・志摩・紀伊国が盛漁地である。安房国の秋刀魚漁は,東海岸の七浦・千倉浦に盛で,漁期は陰暦9月中旬~11月末で,近海各地から廻船入漁し,頗る活況を呈した。

1890年に府県制・郡制が公布されたが,その数年前に,県の史員がとりまとめた「陸前国宮城郡地誌」は,35頁・32項目にわたる力作である。その物産の頁には,水産物24種が記されている。鯛・鮃・鰹・鮪・鰯などの生産量が,1駄・2駄・・・の単位で,魚種別に記されているが,秋刀魚の記載は何処にも見当たらない。この資料から,当時の三陸漁場に於いては,秋刀魚は漁獲されていなかった事が判る。

このため漁場は,外洋性のサンマが黒潮により陸岸近く来遊する,千葉県以西の本州南岸の岬や島しょの東側に限られていた。

このように,1916年の岩手県漁業者のサンマ流網漁業の開始・大成功は以南各県漁業者の三陸沖への出漁を促し,企業体数・漁獲量ともに急増した。この年以降は,東北海区漁場の漁獲が,江戸時代から営まれてきた,千葉県以西のごく沿岸の漁獲を大きく凌駕した。福島県の漁業者が,サンマ流網漁業を起こして以来,10年が経過し,東北海区がサンマ主漁場となったのである。