「みんな違ってみんないい」のか?

「みんなちがって、みんないい」という言葉をよく聞きます。戦前の詩人、金子みすゞさんの詩にある言葉で、小学校の教科書にも載っているようです。
社会ではこれでは困ることを、「こども食堂3」で紹介しました。湯浅誠著『つながり続けるこども食堂』(2021年、中央公論新社)に次のような指摘があります。
「みんなちがって、みんないい」はよいことか。家族旅行に行くときに希望を聞いたら、父はハワイ、母は温泉、姉はディズニーランド、私はどこも行きたくない。では、みんなバラバラに行くのがよいのか。困りますよね。

山口裕之著『「みんな違ってみんないい」のか?――相対主義と普遍主義の問題 』(2022年、ちくまプリマ―新書)は、この問題を哲学の系譜で説明したものです。人や文化によって価値観が異なり、それぞれの価値観には優劣がつけられない」という考え方が相対主義であり、「客観的で正しい答がある」というのが普遍主義です。道徳と事実の二つにおいてそれらを議論します。
「正しさは人それぞれ」「みんな違ってみんないい」という主張は、共同生活で何か一つを選ばなければならない場合に、権力者の意向で結論を決めることを正当化することにつながります。「客観的に正しい答がある」という主張は科学や専門家の意見を尊重することですが、科学者の間でも一つに定まらないことがあります。科学もまた、科学者たちが「より正しそうな答え」を探し出すものです。

山口さんの答えは、共同作業によって正しさが作られていくというものです。社会における正しさは、各人が決めてよいものでもなく、権威ある人が決めてよいものでもなく、みんなで議論して「正しさ」を作っていくものです。