つながっていない電話に話す「風の電話」

3月11日の朝日新聞オピニオン欄、佐々木格さんへのインタビュー「心の復興と共に」から。
・・・東日本大震災から11年が経った。甚大な被害を受けた岩手県大槌町の鯨山(くじらやま)のふもとにある、電話線のつながっていない「風の電話」。今も様々な喪失感を抱いて、受話器を握る人が全国から訪れる。自宅の庭園にこの電話を置いたガーデンデザイナーの佐々木格さんに、「心の復興」とそこから広がるまなざしについて聞いた・・・

――「風の電話」を庭に置いたのは、震災の前でした。
「電話ボックスの中には、『あなたは誰と話しますか』で始まる筆書きの詩を掲げています。これは、電話を置くきっかけとなった、いとこが書きました。震災の2年前の10月、彼は末期がんの床にありました。私は以前、親類の女性が息子を交通事故死で失い、失意で心の病になって亡くなったことを思い出しました。いとこと家族がつながり続けるすべが何かないかと、この電話を思いつきました」

――いとこと残される家族をつなぐための電話だったのですね。
「そういうきっかけですが、彼の遺族のためだけを考えたわけではなかったのです。何らかの理由で誰かに会えなくなって、喪失感を抱えている人が思いを伝える場所になればいいな、と思ってつくり始めました。『風の電話』と名付けたのは、風を『見えるもの』『聞こえるもの』『つながるもの』の象徴として考えたからです。英語で精神や霊魂を意味する『スピリット』は、風や空気を表すヘブライ語に由来しているそうですね」
「春になれば、周囲の植栽などを整えて仕上げようとしていた2011年3月11日、震災が起きました」

――ここ大槌町でも、多くの方が亡くなりました。
「風の電話は4月に完成した後、新聞に取り上げられたのをきっかけに、震災犠牲者の家族や友人らが次々と訪れるようになりました。亡くなった人につながる。天国につながる。そんなことはあり得ないんだと、みんなわかっていてやって来るんです。けれど、かけ終わると『気持ちが伝わったようだ』『電話の向こうで聞いていると感じ取れた』とおっしゃいます」
「妻を亡くしたある男性は、3回目に訪れてやっと、受話器に向かって思いを語ることができたそうです。電話ボックスの中で、大声で泣きながら話していました。あの中は守られた空間なので、感情を爆発させることができます。その後も男性は何度か訪れました。今は前を向いて、故郷の復興のために力を尽くしています」

――風の電話には、思いを引き出す力があるのですね。
「電話をかければ神がかり的なことが起きるわけでもないし、ここには医者も心理療法士もいません。いとこの書には『風の電話は心でします』とあります。ここを訪れた人は、自ら内面を出して、何に悲しんでいるのか、怒っているのかを話すことで、心と向き合っている。そして自分を納得させるため、前に踏み出そうとしているのでしょう。心理学者のユングによると人の心には欠けたものを補おうとする働きがあるそうですが、電話ボックスに身を置いて受話器を取ることで、自分自身の心が持っている治癒力を呼び覚ますのかもしれません」
「被災して、家族や大切な人を亡くした心の傷を抱える人はたくさんいます。苦しみや悲しみはずっと残り続けるかもしれません。それでも電話ボックスに置いてあるノートには、その悲痛な思いより、『あなたの分まで生きる』というような記述が目につくようになりました。自分の方へ意識を向けかえているような言葉が、年々増えているように感じます」

――この11年間で、風の電話の受話器を取った人はのべ4万5千人にのぼります。