年別アーカイブ:2021年

復興庁の二つの顔

2021年7月26日   岡本全勝

吉原直樹編著『東日本大震災と〈自立・支援〉の生活記録』(2020年、六花書房)に、菅野拓・大阪市立大学准教授執筆の「復興庁の二つの顔ー計画行政と再帰的ガバナンス」が載っています。

表題のように、復興庁の組織と運営を、二つの部分に分けて分析しています。
・・・結論から言えば、復興庁は復興特区制度を中心とした比較的フォーマルな政治過程を経て決定された「計画行政(一定の公の目標を設定し、その目標を達成するための手段を総合的に提示した計画に基づいて行われる行政)」を用いて復興関連の事業管理を行うという、主として行政向けの顔と、ソフト事業や当初から計画されていたわけではない事案の対処などを中心として、多様なアクターと情報をやり取りしながら観測結果に基づいて臨機応変に施策を調整・立案する「再帰的ガバナンス」を行う、主として多様なアクター向けの顔の両面を持つ組織として存在している・・・」(10ページ)

ご指摘の通りです。そこにも指摘されているように、理由は次のようなものです。
被災者生活支援本部と復興庁が行わなければならなかった仕事は、被災者支援と復興です。手法としては、既にある制度を利用する、ない場合は既存制度を改変する、やってくれそうな組織を探す、新しい制度をつくるでした。
1 既にある制度を使う場合や既存制度を改変する場合は、所管省庁や自治体にお願いすればよい、予算手当や法令改正をすればすみます。従来型行政です。
2 他方で、行政がやったことのない分野(被災者の孤立支援、避難所の生活環境改善、産業再開支援、コミュニティ再建支援)は、引き受けてくれる省庁があればお願いし、そうでないことは復興庁が直営しました。
直営と言っても、現場で課題を拾ってくる、その解決策を考えるのは、国の公務員より民間から来てくれた職員が主体になりました。産業再開支援は企業から来てくれた人たち、被災者支援関係は非営利団体から来てくれた人たちです。
各省から人を集めたのですが、とても足らないので民間からも来てもらいました。その人たちを配属するに当たって、自ずからそれらの分野になったのです。
初めてのことですから、手探りで進めました。関係者の理解があり、予算や法令を柔軟に対応できたので、これだけの仕事ができました。
さらに、企画はこの民間出身公務員が担いましたが、実施は市町村役場もできず、非営利団体などに担ってもらいました。
3 こうして、既存型政策は国家公務員が従来型行政手法で行い、新しい分野と手法の政策は民間出身公務員が現場の人たち(企業や非営利団体、住民)の意見を聞きながら作っていったのです。民間人が政府に入って、政策を立案し実行する、新しい形を作ることができたと思います。

国際法と国際関係の相互作用2

2021年7月26日   岡本全勝

国際法と国際関係の相互作用」の続き、7月20日の朝日新聞オピニオン欄、小和田恒・元国際司法裁判所長へのインタビュー「国際法の理想の長い旅」から。

――ところで米中対立など混沌たる世界情勢を「歴史の幕間劇」と評されました。その意味は。
「この講座で歴史をどう扱うかは両大学の判断ですが、私見を言えば、ウェストファリア会議以降に欧州が中心だった『国際社会』は2度の大戦を経て大きく変わりました。グローバル化です。植民地から独立した新興国がメンバーの多くを占め、温暖化対策やコロナ禍のように国境を越えて人間の安全に関わる問題への取り組みが必要な『地球社会』へ変貌した。社会が構成員の福祉と安寧のために存在する以上、国際社会が協調によって秩序を築く流れはとどまることはないと思います」

――しかし冷戦がありました。
「その冷戦を、私はシェークスピアの芝居の幕間劇のように考えます。確かに米ソが戦争をすれば互いに滅ぶという恐怖から均衡が保たれるという、19世紀と同様の『力の均衡』の世界が一時的に出現しました。しかしその間も歴史劇の主題であるグローバル化は着々と進んでいたのです」
「冷戦終結とはグローバル化にソ連の社会体制が対応できなかった『敗北』でした。幕間劇が終わればグローバル化という主題が表舞台に出て、新興国も加わる『第2のウェストファリア体制』と言うべき協調の時代へ向かうはずでした。それが誤解され、米国を中心とする資本主義の『勝利』という考え方が生まれました」

――幕間劇に収拾がつかないまま、今日に至っていると。
「野放しの自由放任主義に統治原理としての正統性が与えられ、協調で国際秩序を築く努力は滞りました。格差拡大への不満から社会の分断が進み、米国では自国第一のトランプ現象が、英国でも欧州連合(EU)からの離脱が起きた。他のEU諸国でも移民や難民の受け入れに国民が反発するナショナリズムが強まりました」
「ソ連の後身ロシアではプーチン長期政権でのクリミア併合に見られるような領土回復主義、中国では前世紀までの植民地支配の屈辱を晴らす復讐主義と、国際秩序を軽視する国民感情が生まれました。ウェストファリア体制前の欧州さながらに、各国が目先の偏狭な利益の追求に走っています」

シナリオ分析とビジョンの区別

2021年7月25日   岡本全勝

7月19日の日経新聞経済教室、杉山昌広・東京大学准教授の「温暖化対策、頑健さで評価を」から。

・・・現在、審議会や論壇で長期気候政策の具体的な方策が議論されている。その際、エネルギーシナリオがよく使われる。シナリオは詳細が省かれて紹介されることが多く、誤解を生みやすい。本稿では脱炭素の道筋について解説したい。

なぜシナリオが必要か。30年後の未来には不確実性が大きいからだ。不確実だから対策は不要ということにはならない。気候変動は世界的な課題であり、脱炭素の方向性は揺るがない。
ここでいう不確実性は、脱炭素の道筋に関するものだ。イノベーション(技術革新)や社会の変化の不確実性を個別にみていくと、不確実性は膨大になる。シナリオを分析することで、不確実な未来の中でも現在の頑健(ロバスト)な対策を見いだすことができる。
シナリオは予測でなく、不確実性を考える概念装置だ。過去の研究を振り返ると、専門家ですらシナリオ分析で多くの誤りをしてきた。再生可能エネルギーの導入を過大評価したシナリオがある一方、最近まで国際エネルギー機関(IEA)は太陽光・風力を系統的に過小評価してきた・・・

・・・最後にシナリオ分析とビジョンの区別が必須だ。特定のエネルギー源を強調する主張はよく聞かれるが、脱炭素を目標に設定したシナリオ分析ではそうした結論は出てこない。電源・エネルギー構成は不確実性が高いからだ。むしろ多くの論者が語るのはビジョンではないか。民主主義国家でビジョンが語られるのは望ましいし、そうした議論をシナリオ分析も補助すべきだが、科学の権威を装った議論は避けるべきだ。
脱炭素は大きな挑戦であり、そのシナリオも絵空事にみえるかもしれない。ウォームハートでビジョンを掲げつつ、クールヘッドでシナリオ分析をみていく必要がある・・・

国際法と国際関係の相互作用

2021年7月25日   岡本全勝

7月20日の朝日新聞オピニオン欄、小和田恒・元国際司法裁判所長へのインタビュー「国際法の理想の長い旅」から。
東京大学とオランダのライデン大学が秋に共同で始める「小和田恒記念講座」について。
――講座の狙いは何でしょう。
「第一に、法の支配に基づく国際秩序への挑戦が冷戦終結から今世紀にかけ台頭した背景と、その克服です。私が終生の実践と研究の対象とする『国際法と国際関係の相互作用』から探ります」
「17世紀の欧州で宗教戦争を和解に導くウェストファリア講和が実現し、主権尊重と内政不干渉を中核に主権国家が併存する近代国際秩序の枠組みが確定しました。ここから発展した近代国際法学には、ユートピアを目指す規範主義的指向が強く、国際紛争の平和的解決を掲げた1899年のハーグ平和会議で頂点に達します」
「これに対し2度の大戦とナチス台頭への幻滅から生まれたのが国際関係学で、ジャングルの掟が世界を支配するという認識に立つ現状肯定的指向が主流です。国際法学が目指す理想と、国際関係学が取り組む現実のギャップを埋める努力がなく、国際社会観を乖離させてきたのではないか。近代以降の歴史の流れを巨視的に見て『国際法と国際関係の相互作用』を的確に捉えることが、世界に安定をもたらす道と考えます」

――「国際秩序への挑戦」と言えば、いま世界は米中対立やコロナ禍で混沌としています。
「歴史は繰り返すと言われますが、私は国際秩序はらせん状に進化すると考えます。今はその進化の途中の『幕間(まくあい)劇』であり、講座ではこの紆余曲折を乗り越える歴史的課題に接近を試みます。国際法と国際関係のギャップを埋めるため、宗教や文化、感情といった人間集団に影響する様々な要因を学際的に探ることも必要です」
この項続く

本を増やさない2

2021年7月24日   岡本全勝

本を増やさない」の続き、その後の経過報告です。
キョーコさんが崩してくれた本の山から発掘された本の中に、読みたい本がたくさん出てきます。それを、順次読んでいます。これで満足しておれば、新しい本を買わずにすむのですが(前もって笑い)。

1 本屋に行かない決心は、守れません。書評欄や広告で、面白そうな本が載っていると、見たくなります。
2 ある本を読んでいて、関係する本が紹介されていると、読みたくなります。アマゾンで、簡単に取り寄せられます。これも、くせ者です。かつてなら、古本屋をはしごして探す必要があったのに、すぐに手に入ります。
3 いただき物の本が届きます。交遊が広がり、いろんな方から送ってもらいます。ありがたいことです。すぐに読んで、感想を送らなければならないのですが、全部に目を通すことはできません。いただいたお礼を述べたあと、積ん読になるのもあります。すんまへん。

「本を増やさない」を読んだ肝冷斎から、次のような趣旨のぼやきがありました。
・・・中国古典の続きを探そうと本の山を崩してしまい、大混乱になっています。そのおかげで、同じ本がいくつか見つかりました。しかも先に古本屋で安く買ったのを、新刊を定価通り買ったのがあるのです。ほんとうに情けなくなりますよね・・・

でも、まったく同情せず。
写真も送ってもらったのですが、彼の名誉のために転載しません。もっとも、以前に載せました。この状態よりさらにひどくなっています。