年別アーカイブ:2021年

失敗を許さない社会、失敗から学ばない社会

2021年8月1日   岡本全勝

7月25日の読売新聞言論欄、喜連川優・国立情報学研究所所長の「ITと日本社会 データの時代 失敗する勇気」から。
・・・背景には、日本の社会が抱える様々な問題があると思います・・・
・・・もう一つの大きな問題は、失敗を許さず、失敗から学ぼうともしない風潮が目立つ点です。
ITは新しくて変化が速い世界です。私たちIT屋は少々の失敗は当たり前と考えます。それを恐れていては前に進めません。ところが日本の社会では、ささいな失敗も批判にさらされがちです。
また、未開の分野に挑んで失敗することは、他の国より早く知恵が得られることを意味します。失敗のデータはすごい価値があるのです。しかし、失敗は隠されることが多い。だから貴重な経験知を次に生かすことができません。
米国でIT分野の起業家などが好んで使う標語があります。
Fail fast、cheap、smartという言葉です。
直訳すれば「速く、安く、賢く失敗せよ」。「速く」はどうせ最初は失敗するのだから、とにかく試みる、「安く」は失敗は傷が浅いうちに、「賢く」は失敗から上手に学ぶ、という意味でしょう。

では、どうしたらいいのか。
私は「やんちゃ」と「ぬくもり」がカギを握ると思います。
ここで言う「やんちゃ」とは、誰もやっていない、 尖ったことを考え、周囲は気にせず、失敗も恐れず、勇気を持って行動に移してしまうような人のことです。
私は東大で二番手になるな、それどころかナンバーワンも目指すな、と教えられました。挑むべきなのはオンリーワン、つまり誰も手をつけていない分野だと。そんな先生に恵まれ、やんちゃな研究生活を送ることができました。
グーグルの創業者もやんちゃな若者でした。中国の起業家はやんちゃどころではない。日本だと「規則ができるまで待とう」となるが、「規則がないならやってしまえ」となる。良い悪いは別として、それが活力を生んでいます。
良い意味でのやんちゃを評価する社会や仕組みは今後の日本にとって欠かせません。私は情報処理学会の会長を務めた2013~14年、理事に「やんちゃ若手枠」を設けました。これも若い発想や活力を引き出したかったからです・・・

苦境時の政策支援は企業にはもろ刃の剣

2021年7月31日   岡本全勝

7月21日の日経新聞経済教室、青島矢一・一橋大学教授の「コロナ後の日本企業 組織超え経営資源を結べ」から。
・・・しかし、こうした状況があるから「コロナさえ収まれば、経済は飛躍するだろう」などと楽観視することはできない。むしろコロナが収まり、政策的支援が細くなったときの経済状況が不安である。振り返ると、リーマン・ショック後にはエコポイントなどの強力な政策支援があったが、テレビ事業など日本のエレクトロニクス産業の凋落が顕著となったことを思い出す。東日本大震災後には固定価格買い取り制度など大胆な再生エネルギー普及政策がとられたが、この分野での日本企業の国際競争力は高まるどころか、むしろ低下した。
苦境期における政策支援は企業にとってもろ刃の剣である。それは、産業の崩壊を防ぎ、次の成長に向けた一時的な余裕を提供してくれる。しかしその一時的な余裕によって企業が自らの実力を見誤ると、後に大きな火傷を負いかねない。こうした時こそ企業は本来の目的に立ち返って、自らを冷静に見つめ、次の飛躍に向けた準備をしなければならない・・・

・・・バブル期にみられた無節操な多角化は問題だが、企業が自己を革新するには、時に従来の強みを捨て去り、新たな領域に踏み込むイノベーションも必要となる。それを否定されると、企業は自らの運命を特定産業の盛衰に委ねざるをえなくなる。こうした状況にあらがうには、事業ポートフォリオの刷新を行い、全社戦略の背後にある構想や将来シナリオを、投資家を含めて内外の人々に説得的に語れるかが鍵となる。経営者の腕の見せどころだ。

革新を起こす人材不足も大企業内でイノベーションを興しにくい理由の一つかもしれない。起業などの革新活動は一般に連鎖する傾向にある。革新を起こす人が身近にいると、主観的に感じるリスクが低下して、自分もできそうだという自己効力感が高まるからである。しかし長いデフレの中で企業が採用を絞った結果、部下のいない社員が若いうちに自分の責任で新しい仕事を成し遂げる機会が減ってしまった。そうした先輩の背中を見て育つ後輩たちにとって、イノベーションのリスクは高く感じられるはずだ・・・

連載「公共を創る」第88回

2021年7月30日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第88回「社会の課題の変化―格差と孤立問題解消に向けた新しい手法」が、発行されました。

連載第71回から、「社会の課題の変化」を説明しています。成熟社会となった日本では、発展途上時代とは違った社会のリスクが生まれました。第80回から前回まで、それらを格差と孤立の二つの視点で説明してきました。今回から、これらの不安に対し、私たちがどのように対応すればよいかを考えます。
新しい形態のリスクには、これまでの手法では支援が届かないなど効果が少なく、手法を変える必要があります。そしてそれは、手法の工夫にとどまらず、行政の在り方も根本的に変える必要があると、私は考えています。
もっとも、日本にとってこれらはこれまでにない問題ですが、その多くは先進諸国に共通した問題です。彼らもまた、試行錯誤しながら取り組んでいます。
あわせて、私がこのような問題に関心を持った経緯をお話します。

国立競技場、黄昏の時代の象徴

2021年7月30日   岡本全勝

7月23日の朝日新聞文化欄、「建築批評家、五十嵐太郎・東北大教授に聞く」「国立競技場、黄昏の時代の象徴」から。

・・・東京は、ニューヨークや上海など活気ある他のグローバルシティーに比べ、もうあまりイケていないと思う。なのに、日本や東京はまずいのではないか、と気づいていない点がまずい。そういう意味では、まだ絶望が足りないと感じます。
2度目の東京五輪に2度目の大阪万博。そして2度目の札幌五輪も目指されている。過去の成功モデルばかりで心配になります。
建築の分野でいえば、五輪というのは普段できないようなプロジェクトの背中を押す意味がある。1964年の五輪でいえば、丹下健三設計の国立代々木競技場だけでなく、芦原義信の駒沢体育館や山田守の日本武道館ができました。武道館はシンボリックで、今も愛される建築です。

今回は、有明体操競技場(江東区)や東京アクアティクスセンター(同)などができましたが、五輪だからこそできたという特別感がない。国立競技場も含めて木が多用されています。木を使えば日本的だと言われますが、木を建築に使う国は世界中にあって、日本だけではない。64年の五輪のころは、日本の伝統をどう現代建築で表現するかという本質的な「伝統論争」があったんですが、それに比べて議論のレベルが低い・・・

・・・厳しすぎるかもしれませんが、時代が経ったとき、競技場は日本の転換点、衰退の始まりを示すものと思われるかもしれません。
丹下の国立代々木競技場は日本の高度成長の象徴でした。今度の競技場は黄昏の時代の象徴になってしまったと感じています・・・

21世紀最初の20年、2

2021年7月29日   岡本全勝

「21世紀最初の20年」の続きです。
21世紀になってから、20年以上が経ちます。現在の日本を分析するには、バブル崩壊の1991年を起点にするのが良いと思いますが、今回は21世紀の20年を対象としましょう。国際問題は別の機会として、日本国内の変化を見てみましょう。

経済では、低成長が続いています。経済規模は、世界第2位から第3位へ。一人あたり所得は、トップクラスから20位以下へと転落。G7では、この間ずっと7位。非正規雇用は4割近くに。対策は打たれつつありますが、格差縮小はまだ目に見えて進んでいません。
政治では、省庁改革、小泉内閣、政権交代、民主党政権、安倍内閣、非自民政党の分裂がありました。この間の特徴は、政治主導の強化でしょうか。
消費税を5%から10%に引き上げましたが、財政赤字はさらに膨れあがっています。
人口は減少に転じました。少子高齢化は、相変わらず進んでいます。結婚しない若者が増え、一人暮らしも増加。自殺者は一時減少しましたが、増加に転じています。
女性の社会参加が増えました。非営利団体の活躍増加も挙げておきましょう。

インターネットが普及し、多くの人がスマートフォンを持つようになりました。反面、テレビを見る人や新聞を読む人が減りました。商品をネットで購入し、宅配で届けられることが増えました。
出来事としては、2011年の東日本大震災、その後続く大災害。2020年に日本にも広まった新型コロナウイルス感染症。
あなたとあなたの家族、そしてあなたの地域では、どのような変化がありましたか。
さて、次の20年はどのような姿になるでしょうか。私たちは、どのような国と社会をつくるのでしょうか。

明治維新では、黒船来航1853年から20年後は1873年、維新がなり、廃藩置県まで進んでいます。戊辰戦争1868年から明治憲法1889年まで満21年です。戦後改革では、1945年から20年後は1965年。東京オリンピックが1964年、ドイツを抜いて世界第2位の経済大国になるのが1968年です。